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ありえない馬鹿

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「何で!? お前がいるのよ、お前は!」

「細かいことをは後にして、ちょっと……ごめんね!!!」

 私が現れたことに状況が飲み込めないのか、声を荒らげながら黒い涙を流す黒く煤けた女の子が叫ぶ。四の五の言っている暇はないから、即座にその女の子めがけて死なない程度の水圧で水魔法をぶつける。出会ったところがよく平原だったおかげで、予定通りに女の子を魔物の……前にあった緋想さんの旦那さんの進路から引き剥がすことができた。

 導き手が居なくなった魔物は暴れるかと言ったらそうでもなく、ペルマネンテに向けて何事もなかったように歩みを進めている。こちらにも目を向けず。大きく口を開けた腹をそらせて……4本の腕をデタラメに振り乱してゆっくりだけれど確実に向かって居た。襲ってこないことを確認して即座に少女の元に駆け寄りストックのポーションを掛ける。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!痛い痛いいたいひたいたいよ……」

「嘘、ごめん!ちょっとまって呪いとか……聖水なら具現化できるかも」
 
 並大抵の傷ならすぐさま治るはずのポーションは、少女の身体にかかった瞬間に薄緑だった色が黒色に染まり異臭を放ち始めた、蒸発するように黒い煙を吐いて消えてゆく。見た目と感覚からして呪いの類いかもしれないと頭に浮かぶ。急いで聖水を具現化して掛けるもそれも、水なのに黒く腐り果てて蒸発してしまった。どれだけ魔力を込めたポーションも聖水も具現化しようとしても彼女をのたうち回らせるだけで何にも出来ない。それならばスケイスの元へ運ぼうと、少女に触れようと手を伸ばすと「触れるな! マジで死ぬわよ……お前も」と威嚇するように牙を剥きだした。

 一度手を引っ込める。改めて彼女を観察する、煤けた桃色の髪と目からは止めどなく溢れる黒色の液体と口の中まで墨のように黒くなっている。苦しそうに呻き、息は今にも絶えそうに浅い。放っておけばすぐにでも死んでしまうのが嫌でも分かる。だから……。

「話し聞いてんのか糞ターゲット! 触れたらお前も汚染されて死ぬっつってんだろ」

「耳キンキンするから静かにして、死ぬのはわかってるから行くよ……。デキュナスちゃんだっけ? お仲間さんが待ってるよ」

 汚染された身体を持ち上げると、滲むようにピリピリと肌が痛みで悲鳴をあげる。そのままグラスとの合流地点の方向へ足を進めると「おっさんなんで……」っと呟いたっきり何も言わなくなった。死んでしまったのかと心配したけれど、息はしているし目は開いている。時折振動による痛みで唸るもののまだしばらくは大丈夫そうと判断をして、様子を見ながら進む。

「なんで、来たんだよぉ……」

「お仲間さんが、デキュナスちゃんを助けてくれって早朝にかちこみに来たから」

「あの馬鹿、くたびれ野郎……」

 問いに答えるとぼり出すように、馬鹿と言った後に零れるように泣き声がポロポロと涙と共にこぼれ落ちる。見た目綺麗な平原を警戒しながら安全な所を踏みしめて進む。此処は悪魔族の国の【平和の平原】という見た目は確かに平和そうな平原だが、土の下に大口を明けた食肉植物が埋まっていて侵入した物を食らう悪魔の平原だ。この平原を抜けてすぐの森の中で、グラスが緋想さんをつれて待っていてくれている。

「もうすぐ、森の中に入るからゴメンね。声を控えて」

 森の中は普通に魔物が居るので、刺激しないように優しく言うとすぐに嗚咽が止んだ。意識はあったようで安心をして魔物気配を気にしながら、グラスの魔力の感じられる所へまっすぐ進む。この森は毒蛇の魔物が沢山いるので足下に注意しながら進んでゆくと、森の開けた所にグラスと緋想さんと……ドロウ君の三人が居た。開けた所に足を踏み入れるとふわりとグラスの魔力に身体が包まれる。結界を張って貰っているでもう喋って大丈夫だから、泣いて良いとデキュナスちゃんに言うと「五月蠅い……」とまた泣き始めた。

 自分のことを気にせずに、私を手伝おうと駆け寄るグラスを一旦引き留めて、私と死にそうなデキュナスちゃんを見てアワアワと、ダンディーな顔を情けなく狼狽えさせるドロウ君を見て苦笑いをしながら、迷い無くしっかりとした足取りの緋想さんが、まっすぐこちらを射貫くような瞳で歩いてきた。


「カリスティア、嬢ちゃんをこっちによこしてアンタも座りな。治してやるさ」

「ありがとうございます。よいしょっと」

 デキュナスちゃんを下ろしてから、私も地面へと体育座りをする。緋想さんは私の前で来るとなにやら呪文というよりも、言っている言葉は聞き取れないけれど、前の世界の祝詞のようなものを唱えてくれた。その祝詞を聞いていると、ヒリヒリとした皮膚が段々と痛みが引いてくる。ちらりと地面に寝かしたデキュナスちゃんは、みるみるうちにこびりついた煤が消えてゆく。いつからか黒い涙もちゃんとした透明の透き通る涙に変わっていく所が不思議ですこし見入ってしまった。

「祝詞……」

「アンタ知ってるのかい、いや、失言だったかい悪いね」

「……カリスティア」

 私がなんとなく呟いてしまった祝詞、この世界にある物みたいで緋想さんが驚いたように目を丸くした後に、緋想さんがチラリと後ろを見ると、聞きたいことが山ほどあると言いたげな顔のグラスが私の名前を呼んだ。どうやら知ってちゃおかしいことのなのだとヒシヒシグラスの目線から感じられる。

 少し怪訝な雰囲気にアワアワしてるドロウ君を置いて、段々と沈んで行く雰囲気を引き裂くように呪いの祓われたデキュナスちゃんが、グラスの方を見ている私の服の首元を掴みあげて引き寄せてきた。声もなく今度は私が目を丸くして、グラスは杖を瞬時に構えてデキュナスの頭に照準を合せ、緋想さんは見据えるように引き寄せられている私を見て、ドロウ君は変わらずアワアワして、それぞれの行動の中デキュナスちゃんはそのまま私にだきつくように引き寄せて嗚咽を漏らした。

 私がトントンと背中を叩いて、落ち着かせていると少しずつ嗚咽が小さくなってくる。子供のように可愛く鼻をすすると抱きついた私の身体を離した。離したことでグラスの警戒は少し解けて、取りあえず構えた杖は下げてくれた。

「あの、その」

「ん? ゆっくりでいいからいってごらん?」

 目をわかりやすく泳がせて、もごもごと何かを言おうとしているデキュナスちゃんを焦らせないようにゆっくりと一文字に神経を入れて優しく言った。もごもごとしている中で決心が付いたのか目に涙をためながらこちらをキリッと見た……。

「あ……、あ……、殺そうとした人間助けるなんてありえねぇーよ!!! バーーーカーーー!!!」

 

 ばーか……か……か……ば……、か……。

 結界の中で渾身の馬鹿が響き渡る。
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