9 / 138
5月
3.
しおりを挟む
――7時
平日と同じ時間にアラームが鳴る、昨日はソファーで眠ってしまったのか、目覚めた彼には毛布と上掛けが掛けてあった。
…よく寝た。
この頃は翌日にまで残るような飲み方からは遠ざかっていた。それでも今日の目覚めはいい、飲んだ後の重だるさが全く無い。最後に合わせたビールとトマトジュースは悪くない、と考えながら彼は起き上がった。
食器とグラスは洗ってあり、空き瓶もシンクに片づけてあった。水音に気づかないくらい眠っていたのだろうかと、書き置きに目をやり思った。食事の礼と土曜も講義がある旨、それだけ。名前も連絡先も無かった。
そのメモを手に取り光に透かしてみたあと、少し考えたふうにしながら寝具と共に片付けた。
――晴れたな。
***
で、千晶が午前の講義が終わって校外へ出ると、昨日と同じ車が停まっている。ネイビーブルーの流線形のスポーツカー。
(なんでいるのかな、なんかやらかしたかな)
あのあと映画の続きを観た。彼らの飢えは互いに分かり合えず永遠に乾いたままだった。一本目の映画は彼を焚き付けたけれど、二本目はいともたやすく彼を眠りに落とした。真剣に見入っている千晶と毛布の間に包まって。
映画が終わってもぐっすりと寝入っていて、千晶が記憶にある名を呼んでも起きなかった。無防備な寝姿に、このひとも大概警戒心が足りないと自分を棚に上げて思ったのだった。
寝た子を起こすなって諺もあるように、ソファーで寝入ってしまった彼を再び起こして面倒になるより放置を決めた。それでも毛布だけ過ごして風邪でも引かれたら更に面倒だと思い直して――漫画だと起こさないよう寝室までお姫様だっこなシチュエーションだけど、残念ながら体重差は少なく見積もっても20キロ以上あった――布団をかけて置いてきた。
ちょっとすいませんねと言い訳のように呟いて寝室に勝手に入ってたけど何もいじっていないから。掛け布団を運んだだけだから。
あれ? もしかして狸寝入りかどうか確かめるために一本毟ったの気づいてたのかな。一本だけなら、ねぇ。毎日自然に50本は抜けるっていうしさ。
きょとんと戸惑いつつ千晶が立ち止まると、彼は降りてきて助手席のドアを開けた。
「?」
訳がわからず千晶が更に首をかしげると、彼はゆったりと微笑んだ。
「2限終わったら迎えにこいって」
「……読み過ぎです、今日はこれからバイトなんです。ちなみに明日も、来週もね」
だから来るな。言葉の先を読めるならこれも通じるだろう。
「どこで? そこまで送るよ」
「新宿の――、通学路線上だから電車でいいの、それに駅からすぐだし」
「じゃぁ駅まで送るよ」
威圧感もない口調に感情も読めない表情。着席を促され、千晶は手を借りずに身体を滑りこませた。
「昨日はご馳走様でした」
当然社交辞令、というか嫌味半分なのに、彼は鼻歌混じりでエンジンを掛ける。
「いつ帰ったの?」
「日付が変わる前には家に着いたよ」
「あぶないでしょ」
「あなたがそれを言うの? それにお酒のんでたよね」
「慎一郎、シンでいいよ、お昼は食べた?」
言いたいことは通じているのに、会話の方向がおかしい。
「まだ、あ、サンドイッチがあるの、手作りは食べられるひと?」
朝食べ過ごした分と昼の分だ。土曜で電車は座れたけどさすがにボックス席でもないのに食べるのは躊躇した。夕方までは持たない
*
首都高のパーキングエリアでコーヒーを買ってベンチに座る。大学の最寄り駅と確認しなかったからこうなった、千晶は自分の詰めの甘さに過ちは繰り返さないと誓いを立てる。
「キューカンバー…」
「私はさっぱりしてて好きなんだ。あとツナにBLT、男の人には物足りないだろうけど好きなのどうぞ」
「懐かしいな、寄宿学校に5年いたから」
「小さい頃?」
「小1の冬から小6の春まで」
あの日、彼の同級生は彼が生え抜きだと表現していた。小学校から大学まである名門私立。
「……それってこっちの小学校を入学卒業したって名目が建つようにってことなの?」
「そうだろうね」
「えげつないなー」
顔をしかめる千晶に、彼はどうってことない風に笑った。
「おいしいよ」
「それはよかった」
弟が短期留学という名の観光で覚えてきたのがサンドイッチとスコーンだ。
「あれ、最後どうなった?」
「どこまで覚えてる?」
「トロッコに乗って、、、水が流れてるあたり」
最初だけね、寝落ちした二本目の映画のことだ。
「そこからやっとたどり着いた部屋には誰も入らなかった。命がけで行ったのに、誰も何も変わらないまま戻ってきた。でも最後に案内人の娘、ベッドに寝たきりの少女が何かに目覚めたみたい。力を得たというのかな」
千晶は簡単に説明し、個人的な意見を付け加える。
「比喩なのかとても受け取り方の難しい映画だった、でも流れている空気感がとてもよかったな」
「部屋はなんだったんだろう、願いが叶うんだよね」
入った者の<本当に>欲している望みが叶う部屋
「なんだろうね、ほんとは入っても何も起きないただの部屋かもしれないし、入らなかったのに案内人の思いは通じたみたいだし」
「部屋が意志を持ってる?」
「うーん、そう考えると創造主的な概念なのかな、地球外生命体? 入らないでいればどう思おうと無限に想像できる」
「入ったら――」
「うん」千晶はただ頷く。
平日と同じ時間にアラームが鳴る、昨日はソファーで眠ってしまったのか、目覚めた彼には毛布と上掛けが掛けてあった。
…よく寝た。
この頃は翌日にまで残るような飲み方からは遠ざかっていた。それでも今日の目覚めはいい、飲んだ後の重だるさが全く無い。最後に合わせたビールとトマトジュースは悪くない、と考えながら彼は起き上がった。
食器とグラスは洗ってあり、空き瓶もシンクに片づけてあった。水音に気づかないくらい眠っていたのだろうかと、書き置きに目をやり思った。食事の礼と土曜も講義がある旨、それだけ。名前も連絡先も無かった。
そのメモを手に取り光に透かしてみたあと、少し考えたふうにしながら寝具と共に片付けた。
――晴れたな。
***
で、千晶が午前の講義が終わって校外へ出ると、昨日と同じ車が停まっている。ネイビーブルーの流線形のスポーツカー。
(なんでいるのかな、なんかやらかしたかな)
あのあと映画の続きを観た。彼らの飢えは互いに分かり合えず永遠に乾いたままだった。一本目の映画は彼を焚き付けたけれど、二本目はいともたやすく彼を眠りに落とした。真剣に見入っている千晶と毛布の間に包まって。
映画が終わってもぐっすりと寝入っていて、千晶が記憶にある名を呼んでも起きなかった。無防備な寝姿に、このひとも大概警戒心が足りないと自分を棚に上げて思ったのだった。
寝た子を起こすなって諺もあるように、ソファーで寝入ってしまった彼を再び起こして面倒になるより放置を決めた。それでも毛布だけ過ごして風邪でも引かれたら更に面倒だと思い直して――漫画だと起こさないよう寝室までお姫様だっこなシチュエーションだけど、残念ながら体重差は少なく見積もっても20キロ以上あった――布団をかけて置いてきた。
ちょっとすいませんねと言い訳のように呟いて寝室に勝手に入ってたけど何もいじっていないから。掛け布団を運んだだけだから。
あれ? もしかして狸寝入りかどうか確かめるために一本毟ったの気づいてたのかな。一本だけなら、ねぇ。毎日自然に50本は抜けるっていうしさ。
きょとんと戸惑いつつ千晶が立ち止まると、彼は降りてきて助手席のドアを開けた。
「?」
訳がわからず千晶が更に首をかしげると、彼はゆったりと微笑んだ。
「2限終わったら迎えにこいって」
「……読み過ぎです、今日はこれからバイトなんです。ちなみに明日も、来週もね」
だから来るな。言葉の先を読めるならこれも通じるだろう。
「どこで? そこまで送るよ」
「新宿の――、通学路線上だから電車でいいの、それに駅からすぐだし」
「じゃぁ駅まで送るよ」
威圧感もない口調に感情も読めない表情。着席を促され、千晶は手を借りずに身体を滑りこませた。
「昨日はご馳走様でした」
当然社交辞令、というか嫌味半分なのに、彼は鼻歌混じりでエンジンを掛ける。
「いつ帰ったの?」
「日付が変わる前には家に着いたよ」
「あぶないでしょ」
「あなたがそれを言うの? それにお酒のんでたよね」
「慎一郎、シンでいいよ、お昼は食べた?」
言いたいことは通じているのに、会話の方向がおかしい。
「まだ、あ、サンドイッチがあるの、手作りは食べられるひと?」
朝食べ過ごした分と昼の分だ。土曜で電車は座れたけどさすがにボックス席でもないのに食べるのは躊躇した。夕方までは持たない
*
首都高のパーキングエリアでコーヒーを買ってベンチに座る。大学の最寄り駅と確認しなかったからこうなった、千晶は自分の詰めの甘さに過ちは繰り返さないと誓いを立てる。
「キューカンバー…」
「私はさっぱりしてて好きなんだ。あとツナにBLT、男の人には物足りないだろうけど好きなのどうぞ」
「懐かしいな、寄宿学校に5年いたから」
「小さい頃?」
「小1の冬から小6の春まで」
あの日、彼の同級生は彼が生え抜きだと表現していた。小学校から大学まである名門私立。
「……それってこっちの小学校を入学卒業したって名目が建つようにってことなの?」
「そうだろうね」
「えげつないなー」
顔をしかめる千晶に、彼はどうってことない風に笑った。
「おいしいよ」
「それはよかった」
弟が短期留学という名の観光で覚えてきたのがサンドイッチとスコーンだ。
「あれ、最後どうなった?」
「どこまで覚えてる?」
「トロッコに乗って、、、水が流れてるあたり」
最初だけね、寝落ちした二本目の映画のことだ。
「そこからやっとたどり着いた部屋には誰も入らなかった。命がけで行ったのに、誰も何も変わらないまま戻ってきた。でも最後に案内人の娘、ベッドに寝たきりの少女が何かに目覚めたみたい。力を得たというのかな」
千晶は簡単に説明し、個人的な意見を付け加える。
「比喩なのかとても受け取り方の難しい映画だった、でも流れている空気感がとてもよかったな」
「部屋はなんだったんだろう、願いが叶うんだよね」
入った者の<本当に>欲している望みが叶う部屋
「なんだろうね、ほんとは入っても何も起きないただの部屋かもしれないし、入らなかったのに案内人の思いは通じたみたいだし」
「部屋が意志を持ってる?」
「うーん、そう考えると創造主的な概念なのかな、地球外生命体? 入らないでいればどう思おうと無限に想像できる」
「入ったら――」
「うん」千晶はただ頷く。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる