Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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8月

6.

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 別荘に戻ると早めのアフタヌーンティが用意されていた。
 サンドイッチの具はポテトサラダと卵アボカドとローストビーフ、千晶の視線に気づいた慎一郎が一切れ手に取って断面をぐるっと回転させる。

「キュウリとトマトは出てきた覚えがない」
「見たくもないって人がいたのね」
「誰だろうねまったく、大人気ない」

 トマトはともかくキュウリは定番、慎一郎は心あたりがあるのか左の口角を少し上げた。千晶はそれが誰なのか追及するのはやめておいた。

 テラスに面したリビングでアイスティとともに頂く。サンドイッチもまだ暖かいスコーンも絶品だ。デザートはフルーツとゼリーで爽やかな酸味が疲れを癒してくれる。

「お気に召した?」
「ええ、とっても。ありがとう、貴重な体験ができたよ。食事は美味しいし風景も綺麗すぎるけど、おばあちゃんちって感じね。
 シンもいつもより顔色がいいよ。上っ面だけなのが馬に乗ってるときは別人だったし」
「褒めてんの?」
「褒めてるよ。いつも外だと完璧だけど形だけっていうか、それがアレックスとは気持ちが息がぴったりって感じで」

(私が猫に話しかけたのは頭がおかしいみたいな目でみたくせに、馬には話しかけてたし)

 感情の読めない表情なのは変わらず、でも、雰囲気が少し柔らかい。

 千晶は微笑みながら、やってきたバンダナ犬、ベルちゃんにボールを投げてやる――フリに引っかかったのを笑いながら、今度はちゃんと投げた。

「ふーん、誰かさんはその上っ面のエスコートにも男にも慣れた風なのにねぇ」
「――!」

 千晶が恥ずかしそうに横を向くと、犬がボールを加えて戻って来た。今度は慎一郎が思いっきり遠くに投げてやる。

 ベルちゃんのために軽くテニスをしたり(千晶が負けた)、ボードゲームをしたり(千晶が負けた)、本を読んだり。テラスの木陰にゆったりとした風が流れていく。

「静かだねぇ」
「ああ」

 ボールガールベルちゃんも走り回って疲れたのだろう、ぐっすりと眠っている。千晶には吠えなかったがベルは本来番犬だ。長椅子で千晶がうとうとし始めたのをみて、慎一郎も電話を機内モードにして横になった。



「随分と分割されたっぽい家が建ってるのね、どこも同じか」
「ああ、残念だよ」

 夕方二人は犬を連れて海を見に行った。都心まで一時間の別荘地は宅地化がすすむ。千晶の自宅周辺も一軒家が解体されるとその敷地が23区画に分割され売り出されている。

 しばらく護岸沿いの道路を進み、やっと砂辺のある岸へ。
 空は何層にも浮かぶ雲に夕日が反射していて綿あめの様だ。千晶が波打ち際を素足で歩くと、引き波に砂の崩れていくくすぐったさに、つい引き込まれそうになる。

「きれいな海はいいね、この波の音と」
「ああ、このくらい穏やかなのがいい」

 慎一郎は千晶の頬に掛かる髪をひとすくいして耳に掛けた。その耳朶には赤い光が一粒輝いていた。 

「連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」

 波にじゃれるベルちゃんがバンダナの下に隠し持っていた鍵はどこの扉の鍵だろう、訊きそびれてしまった。




 慎一郎の馴染みに触れて嬉しかった、それでも、千晶は自分が特別だなんて勘違いはしない。
 派手すぎず出しゃばりすぎず。ただ、人に紹介して恥ずかしくない程度なだけで、好意や将来があるのとは別なのだ。



 その後慎一郎と夏休み中に時間が合ったのは一度だけ。

 少し泳ぎたいと言ったらマンションのプールなら空いていると誘われ、前回の日の目を見なかった水着セットからビーチボールや水鉄砲のおもちゃを取り除いてきた。

「…色気なさすぎでしょ」

 髪をまとめながら出てきた千晶はショートパンツに5分袖ジップアップ、もちろんヘソは出てない―――。

 てっきり下のジムのプールかと思った。だがその日は上の階のプールへ、たまたま予約が入っておらずフリーで開放されていたのだ。ちょうど入れ替わるように人が出て行き夕食前のこの時間は二人だけになった。

「高校の時のだし」

 授業で着ていた水着で、指定の制服も体操着も無く、体育は男子と合同授業だったと説明すると慎一郎は驚きを隠さない。

「男女合同? フリースクールか何かなの?」
「え? 普通の都立の全日だよ。元々男子校だったから女子が少なくてね、体力差は仕方ないって感じで臨機応変にやってたよ」
 上下ラッシュガードの子もいたし、プール位で大袈裟だと千晶は笑う。そもそもナイトプールやリゾート向けのオシャレ水着は持っていない、千晶のでかけるプールは市営かとしま〇んレベルのごちゃごちゃしたところなので過剰な色気は不要だ。

「中学は嫌だったな、プールはコース半分ずつなだけで仕切りやカーテンがあるのでもないし、あれのほうが問題だよ、水着も指定だし皆嫌がってたもん」
「思春期真っ只中の中学生を…信じられない」

 男子校だった慎一郎は向こう岸に女子が混じったらと想像しただけで眩暈がした。高校もプール設備はあるが、水泳の授業は無かったのだ。留学先だって運動は男女別だった。

「高校でも…ありえない」
「ぼっちゃま連だって女の子達とプールに行ったでしょう」
「それとこれとは別」
「はいはい、別学出身はこれだから。下にも着てるよ」下着替わりにビキニの上下も着ているからと千晶がジッパーを下げてみせようとすると、
「そのままでいいよ」と止めた。
 
 なんだかな、と思う千晶は、そのまま飛び込み潜水からクロールで泳ぎ始めた。

 足をそろえて水を蹴り、浮かび、水を掻く。

 普通に泳げるんだな、と慎一郎は黙って見つめていた。
 色気とは別の美しさ、何も纏わず泳ぐ姿はどんなだろう。
 このまま誰も来なければいい、誰にも見せたくない、その一方で、誰かに見て知って欲しい、そう相反する感情の正体をまだ知らない。

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