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8月
7.
しおりを挟むクォーターサイズのプールは軽く泳ぐにはちょうどいい。重力から解放される浮遊感と圧力。
23往復してから普通のドーナッツ浮き輪に乗って千晶がぼーっと浮いていると、大きなフロートが投げ入れられた。
いかにもSNS映えしそうなパールホワイトのシェル型フロート――に両手を伸ばして片足を組んで凭れる青年。
「マー…何だろ、似合うよ」
何だろう、この違和感のないのが違和感とでもいう絵面。ボンボンも脱いだらただの人ってのがセオリーなのに、ぱっと見欠点のない肉体を持つこの青年は不遜さが増していて千晶は微妙にイラっとしてしまう。だいたい千晶の好みはもう少し控え目に筋肉のついた中性的なほうなのに。
「おいでよ」
自信満々な様子に千晶は近寄って手を貸してもらう振りをして水に引き込んだ。このところやられっぱなしだったから。
「やったな」
「ふふっ」
水中で軽く攻防があって、もちろん千晶が負けた。慎一郎はやっぱりというか当然というか普通に泳げてつまらない。この男の苦手なことってなんだろう。相手もそう思っているのはまだ知らない。
慎一郎も軽く一往復、そして千晶の背後から抱き着く。
「あーやっぱ貸し切りにすればよかった」
「やだへんなこと考えてる? カメラあるよね」
「まさか、不衛生なとこじゃしないよ。見られる趣味は無いし。ただ水の中って不思議な気分がするだろう」
「原始記憶? 系統発生的な」
「そうかもね、そしてここにアキがいて、温かい」
「上から被さってくるのは優位に立ちたいってマウンティングじゃないの?」
「そういわれてるけど俺はドロドロに溶けて包みたい」
(やっぱりめんどくさいタイプだなぁ)
「溶けたのは天日干しで元に戻るの?」
「型に入れて頼むよ」
「型ねぇ」
「そう、よく覚えておいて」
慎一郎は振り返るように顔を向けた千晶に唇を重ねた。すると、そっと口蓋を確かめるように舌が入ってきた。
*
Tシャツ姿の千晶がソファーで一息入れているとショートパンツの男がドライヤーを持って前に座り込んできた。時々手が掛かる男だ、千晶は纏めただけで自然乾燥という女子力皆無さ。
こうやって無言で背中を向けている姿は、ブラッシングを待つ飼い猫と同じ。
雑に慎一郎の黒くてやわらかな髪を乾かして、頭皮をマッサージしていると、お土産は何がいいか訊いてきた。ボストン名物って何だろう? 大学グッズと食べ物しか思い浮かばない、ここで聞くと催促みたいだからやめておく。
「お土産? ユニフォームとかはいらないです」
「いらないからはやく帰って来てね(はーと)って言うところだよね」
「あー、元気でね」
真顔の冗談を適当に流すと、今度は「はい」とルームキーが差し出された。
「留守の間好きに使っていいから」
「いやいやいや」
「空気も入れ替えて欲しいし」
「空調完備だよねここ、それに定期的にお掃除が入ってるよね」
「プール入り放題だよ」
下層階のジムのプールはルームキーだけで利用できるという。入居者とその同伴者のみが利用できる施設で、変なのはいないからと念を押されるが、一人でとなると躊躇する。
「そんなエサに釣られるカッパじゃないですー」
「あ、キュウリ? キュウリがいいの?」
まったく、どうしてそんなに鍵を渡したがるのか。一人でいて誰かと鉢合わせをしないとも限らない。パパやママが来ている様子はないけれど。
「無事カエルだけでいいから」
「カエルね」
元気で帰って来てくれたらそれだけでいいから、そう言うと慎一郎はドライヤーを手に取り千晶の髪を乾かし始めた。
――くすぐったくて気持ちいい。猫の気持ちが少しわかった。
*
それからの千晶は残りの夏休みをほぼバイトに費やし、時々友達とショッピングや、イベントへ出掛けた。やっぱり買い物とカラオケは女同士に限るとか、女の友情は現金なもの。でもそれが楽しい。
1日だけ高校時代の同級生達と川遊びへ出かけた。 レンタカーを借り山の綺麗な清流へ。
千晶の通った高校はちょっと変わっていた。近くに優等生タイプの公立進学高と私立の進学校があったからだろう、かなり自由闊達な集まり、悪く言えばふざけた雰囲気の校風だった。
そこでなんとなく勉強や遊びにまとまった67人。こういった集団は普通一組のカップルから派生するものだが、彼らは違った。男子はもっと女の子らしい子が、女子はもっと出来る男性を――と恋愛対象外でも仲良くなれたのは彼らの性格と、交流を深める時間があったからだ。3年次にクラス替えがないので、行事に受験にと過ごした丸2年は互いを知るにはとても濃密な日々だった。
「え、智も教習所行ってんの」
「おうよ、もう仮免だよ、女のセンセが――」
沢を合歩き、適当に持ち寄った軽食をつつき、やっぱり泳ぎ。
男女混合の恋愛が絡まない関係だと皆変わっていないように思え、お互いの戸惑いや喜びの近況報告にちょっした思い出話にとは尽きない。
「え、ボンボン?」
「千晶、大丈夫か。道は踏み外すなよ」
話の流れで千晶は曖昧な関係を白状させられていた。
「そこは向こうも学生だし、行ったきり連絡もないからこのまま終わるのかも」
「ってか国立ったって金持ちばっかりだよな、もー「逆玉いっちゃえー?」
「話を聞いてる分にはまともそうだけどね、態度変わる男多いもん」
「だからこそだろう、次のハードルが上が「あー、一人暮らしだってちょっと掃除してやったらさ、もうさも当然のように」
「あるある、家政婦じゃないっての」
「部屋は女のほうがヤバいだろ…人の世話焼く前に自分の部屋片づけろよ」
「味覚もさ…、料理…あれ食べもんじゃななかった…俺カレー食べて寝込んだの始めて…」
「なにそれ」
ちょっとしたことで笑い合い、ぼやき合い、千晶は半年ぶりに肩の力が抜けるのを感じていた。
両親が帰宅して家ではのんびり過ごせたし、兄は千晶の顔色をみて焼肉に連れて行ってくれた。ありがたさに触れた夏休みだった。
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