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10月
1.
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「現代美術ってよくわからない」
「価値を決めるのは何か。紙幣も印刷された紙だ、製造コストで言えば1円玉は1円以上の費用が――」
「アートの定義って、そもそも注文主の意向に沿った作品を作り上げたのがさ」
「そうだね、それが後年評価され芸術と称され、美の追求へと変わっていった。そして技法が出尽くしてしまった現代においては表現に重きが置かれている。その新たな試みを評価するものがいて――」
「人に見出されないと芸術にはなりえない?」
「ふm、見いだされる前後で対象に変化は起きてはいない。見いだされずとも――(以下略」
今日は千晶の大学帰りに美術館に二件寄った、相変わらずしようもない二人。
「服飾は面白かったな、貫頭衣は素晴らしいよ、あの汎用性こそ機能美の神髄だね」
「…近現代をバッサリ否定しちゃうの」
駅へ向かう道すがら、千晶が百貨店の前で立ち止まる。半袖で歩く人もいるのに、ショーウィンドウの中はもう冬物のコーディネートだ。綺麗な色のラムレザーのコートにカシミアのチェスターコート。
「? 似合いそうだよ着てみたら」
物欲しそうな顔をしてしまったかと千晶は目を伏せる。つい最近、外商というものを知った。隣の男と一緒に店内に入ったら面倒くさそうだ。
「ううん、見るだけでいい。サイズが合わないんだよ、特に冬物は袖丈が足りなくて」
慎一郎はウィンドウを見つめる横顔とそれを照らす煌びやかなショーケースを交互に見やり、それから道行く人と千晶とを見比べて納得する。とびぬけて背が高いのでもないから見過ごしがちだ。
「(貫頭衣云々は)既製服文化への恨みか」
「まーね」
「でもジャストサイズの着てるよね」
「簡単なパターンのは母のお手製だから。長く着られるようにベーシックなのだけね」
あとはインポート系のセールか古着。時々メンズを羽織ってるのは狙ってるのではないとぶーたれる。家やご近所、大学までも兄弟のお下がりで済ますお察しレベル。偶に弟の現役の裾を折って着て怒られているのを慎一郎は知らない。
「メゾンも高級化で生き残るのが精いっぱいだからね、規格外には暮らしにくいか」
「産業が変わってしまったんだもの、まだ日暮里が残っていてくれるだけ有難いよ」
素人が作ってみたいと思い、その材料が手に入る場所がある。お金を出せば縫ってくれるサービスもあるのだ。家族――特に母と弟が着るものにうるさいほうなので、千晶はずいぶん助かっている。
「余裕があってもプレタポルテを毎シーズン買い漁るだけだしね」
「いいの、そういう人たちが回してくれてるから庶民にもおこぼれが届くんだもん」
女は男より平均化されてるもんね、とこれまた街ゆく人々を眺めて千晶が言う。平均が身体のことより他の部分を指しているようで、そこが千晶の本音に聞こえた。
そうして街を歩いていると、慎一郎に声がかかった。このあたりは繁華街でもありビジネス街でもある。
「藤堂君、」
「坂入さん、ご無沙汰しております」
「ああ、ちょうどよかった。今月野の――」
双方の態度と口調で関係性は大体推し量れる、千晶は邪魔をしないよう一歩退く。挨拶だけで済む人から近況報告まで、これは長くなりそうだと踏んだ千晶の勘は合っていたようで。
「――おまたせ、悪い人じゃないんだけど」
「うん、面倒見のいいタイプの人っぽいね。ね、あの窓のライトの下にカメレオンが――」
苦笑気味の慎一郎に千晶は気にしていないと軽く微笑む。彼は苦手な相手でも自分で切り抜けられるから気を配る必要がないのだ。駅に近づくと今度は千晶に声がかかる。
「あ、ちあきー。もう帰り?」
「うん、ゆうは観劇?」
「そ、今日は2列目~、たまらん」
千晶は恍惚とした表情の友人に軽く手を振る。女も男も遠慮なく声を掛けてくるが、千晶も相手も一言二言交わすだけだ。立ち止まりもしない。
「アキの友達はあっさりしてるよね」
「そう? たまたまだよ。
私のほうは仕事がからまないし、大学もまだセンパイって人もいないし。友達は色恋に首を突っ込まないタイプが多いからかな、女同士でいると盛り上がったりするよ」
「ああ、なるほど」
納得したような、つまらなそうな慎一郎の顔を千晶がのぞき込む。ああ、あんまり関心もたれなくてつまんないのかな?
「え? 合コンとか興味ある感じ? ちょっと変装して参加してみる?」
「そうじゃない、何を着させるつもりなの、変装する必要ないでしょ」
千晶の目がいたずらに輝く。どこまで平凡さを装えるだろう、どんなキャラでいこうかと千晶は例をあれこれ、演技指導まで飛び出すと慎一郎は聞こえないふり。
「…もういいから、それより週末さ」
そして、話は変わり、今週末は千晶の大学で学園祭が開催されるのだと、慎一郎は今知った。
当然大学の最寄り駅や商店にもポスターは掲示してある、学校のひしめく地域の中では、眼に留まらなかったのだろう。その程度だ。
「学祭あるなら教えてくれたらいいのに」
「……イメージしてるのとは違うから、タレントも来ないしミスもミスターコンも無いから。バザーと模擬店に体力測定に健康相談に救命教室とか、そんなんだよ。あと公開講座に研究発表だったかな」
「……(カレッジとはいえショボいな)祭りは共同体の確認と絆を強化し――」
「はいはい、学園祭という名の病院見学デーだから、学生が準備するだけの病院ふれあいまつり」
言葉のどこにも楽しみを感じられない言い方だが仕方ない。千晶は受付とバザーの売り子担当だ。慎一郎も週末は実家関係と大学関係と友人とで予定が入っている。
「まぁまぁ、月曜は出掛けようか。日曜は誠仁と約束してるんだ、まさかとは思うけどね」
彼が昼間に誘ってくるのは珍しいんだ、と付け加えると千晶は嫌そうに眉を寄せる。悪い予感しかない。
「もしもそのまさかなら、来るなら長靴とバケツとフラフープを忘れずにってあの人に伝えてね」
なんのことなのかと訝し気に眉を寄せた顔に「慎一郎さんはフォーマルで来てね」と、千晶はにっこり微笑んだ。
「価値を決めるのは何か。紙幣も印刷された紙だ、製造コストで言えば1円玉は1円以上の費用が――」
「アートの定義って、そもそも注文主の意向に沿った作品を作り上げたのがさ」
「そうだね、それが後年評価され芸術と称され、美の追求へと変わっていった。そして技法が出尽くしてしまった現代においては表現に重きが置かれている。その新たな試みを評価するものがいて――」
「人に見出されないと芸術にはなりえない?」
「ふm、見いだされる前後で対象に変化は起きてはいない。見いだされずとも――(以下略」
今日は千晶の大学帰りに美術館に二件寄った、相変わらずしようもない二人。
「服飾は面白かったな、貫頭衣は素晴らしいよ、あの汎用性こそ機能美の神髄だね」
「…近現代をバッサリ否定しちゃうの」
駅へ向かう道すがら、千晶が百貨店の前で立ち止まる。半袖で歩く人もいるのに、ショーウィンドウの中はもう冬物のコーディネートだ。綺麗な色のラムレザーのコートにカシミアのチェスターコート。
「? 似合いそうだよ着てみたら」
物欲しそうな顔をしてしまったかと千晶は目を伏せる。つい最近、外商というものを知った。隣の男と一緒に店内に入ったら面倒くさそうだ。
「ううん、見るだけでいい。サイズが合わないんだよ、特に冬物は袖丈が足りなくて」
慎一郎はウィンドウを見つめる横顔とそれを照らす煌びやかなショーケースを交互に見やり、それから道行く人と千晶とを見比べて納得する。とびぬけて背が高いのでもないから見過ごしがちだ。
「(貫頭衣云々は)既製服文化への恨みか」
「まーね」
「でもジャストサイズの着てるよね」
「簡単なパターンのは母のお手製だから。長く着られるようにベーシックなのだけね」
あとはインポート系のセールか古着。時々メンズを羽織ってるのは狙ってるのではないとぶーたれる。家やご近所、大学までも兄弟のお下がりで済ますお察しレベル。偶に弟の現役の裾を折って着て怒られているのを慎一郎は知らない。
「メゾンも高級化で生き残るのが精いっぱいだからね、規格外には暮らしにくいか」
「産業が変わってしまったんだもの、まだ日暮里が残っていてくれるだけ有難いよ」
素人が作ってみたいと思い、その材料が手に入る場所がある。お金を出せば縫ってくれるサービスもあるのだ。家族――特に母と弟が着るものにうるさいほうなので、千晶はずいぶん助かっている。
「余裕があってもプレタポルテを毎シーズン買い漁るだけだしね」
「いいの、そういう人たちが回してくれてるから庶民にもおこぼれが届くんだもん」
女は男より平均化されてるもんね、とこれまた街ゆく人々を眺めて千晶が言う。平均が身体のことより他の部分を指しているようで、そこが千晶の本音に聞こえた。
そうして街を歩いていると、慎一郎に声がかかった。このあたりは繁華街でもありビジネス街でもある。
「藤堂君、」
「坂入さん、ご無沙汰しております」
「ああ、ちょうどよかった。今月野の――」
双方の態度と口調で関係性は大体推し量れる、千晶は邪魔をしないよう一歩退く。挨拶だけで済む人から近況報告まで、これは長くなりそうだと踏んだ千晶の勘は合っていたようで。
「――おまたせ、悪い人じゃないんだけど」
「うん、面倒見のいいタイプの人っぽいね。ね、あの窓のライトの下にカメレオンが――」
苦笑気味の慎一郎に千晶は気にしていないと軽く微笑む。彼は苦手な相手でも自分で切り抜けられるから気を配る必要がないのだ。駅に近づくと今度は千晶に声がかかる。
「あ、ちあきー。もう帰り?」
「うん、ゆうは観劇?」
「そ、今日は2列目~、たまらん」
千晶は恍惚とした表情の友人に軽く手を振る。女も男も遠慮なく声を掛けてくるが、千晶も相手も一言二言交わすだけだ。立ち止まりもしない。
「アキの友達はあっさりしてるよね」
「そう? たまたまだよ。
私のほうは仕事がからまないし、大学もまだセンパイって人もいないし。友達は色恋に首を突っ込まないタイプが多いからかな、女同士でいると盛り上がったりするよ」
「ああ、なるほど」
納得したような、つまらなそうな慎一郎の顔を千晶がのぞき込む。ああ、あんまり関心もたれなくてつまんないのかな?
「え? 合コンとか興味ある感じ? ちょっと変装して参加してみる?」
「そうじゃない、何を着させるつもりなの、変装する必要ないでしょ」
千晶の目がいたずらに輝く。どこまで平凡さを装えるだろう、どんなキャラでいこうかと千晶は例をあれこれ、演技指導まで飛び出すと慎一郎は聞こえないふり。
「…もういいから、それより週末さ」
そして、話は変わり、今週末は千晶の大学で学園祭が開催されるのだと、慎一郎は今知った。
当然大学の最寄り駅や商店にもポスターは掲示してある、学校のひしめく地域の中では、眼に留まらなかったのだろう。その程度だ。
「学祭あるなら教えてくれたらいいのに」
「……イメージしてるのとは違うから、タレントも来ないしミスもミスターコンも無いから。バザーと模擬店に体力測定に健康相談に救命教室とか、そんなんだよ。あと公開講座に研究発表だったかな」
「……(カレッジとはいえショボいな)祭りは共同体の確認と絆を強化し――」
「はいはい、学園祭という名の病院見学デーだから、学生が準備するだけの病院ふれあいまつり」
言葉のどこにも楽しみを感じられない言い方だが仕方ない。千晶は受付とバザーの売り子担当だ。慎一郎も週末は実家関係と大学関係と友人とで予定が入っている。
「まぁまぁ、月曜は出掛けようか。日曜は誠仁と約束してるんだ、まさかとは思うけどね」
彼が昼間に誘ってくるのは珍しいんだ、と付け加えると千晶は嫌そうに眉を寄せる。悪い予感しかない。
「もしもそのまさかなら、来るなら長靴とバケツとフラフープを忘れずにってあの人に伝えてね」
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