37 / 138
10月
2.
しおりを挟む
そして雨天の日曜日、トリコロールのバスケットボール片手ににこやかな男1、ネイビーのステンカラーのショートコート。
感情の読めない男2、変わり織りグレーのスタンドカラージャケット。
男1・2の対面、折り畳みの会議デスク越しに営業用スマイルを引っ込める黒いエプロン姿の千晶。そのまさか、だった。
「…ほんとに来ちゃったよ、ドレスコードを満たしておられない方はご遠慮下さーい」
「帰すなや、衣装はこちらで用意してありますんでどうぞ」
「ありがとね」
前日も今日も雨で来場者はまばら、それでなくてもお客様はご近所さんと見舞客と関係者が大半なのだ。折角の一般客を千晶以外は大歓迎。
「ちあきちゃんこそ、ここはミニスカナース姿でお出迎えでしょ」
「…ぶっといのを刺されたいんですか?」
「やだなぁ、僕はお医者さん役、実験台はこっち」
千晶の男二人を見る目が、人に対するものからゴミに変わる。周りには人が居るのに真昼間から破廉恥なゴミクズ。ちなみに千晶のナース趣味は白ワンピよりエプロン派。どちらも見かけなくなって久しい。
「こちらパンフレットになります。ごゆっくりお楽しみください。ああ、出店は一店一品以上お買い上げくださいね。それからショーは一階カウンター前ロビーでお願いします。お帰りの際はぜひアンケートにご協力お願いいたしまーす」
笑顔で抑揚なく告げ、さっさと行けと手を奥へ示す。
「…ショーって?」
「彼女が慎のことトドだって」
ヘンタイお医者さんごっこ発言をまるっと無視した男2こと慎一郎の問に、男1こと誠仁はここでもしれっと惚ける。
「…そうは言ってませんよ、大丈夫ですか。100から7を引いていってみてください」
100から7って?、誰にきくでもなく慎一郎が問えば認知症の検査だと答えが返ってきた。
「ふっ」
二人の会話を無表情に流していた慎一郎の顔がついに崩れた。
「…どこで会ったかきいたら水族館てとぼけるからさ」
仕方なく正しく答える誠仁。それを聞いた慎一郎が片眉を上げ、千晶を、次いで誠仁に視線を投げる。誠仁は慎一郎に頼らない千晶と、千晶を助けない慎一郎が面白くない。
「へぇ、で俺にアシカのマネをしろっての?」
「聡いねー、どっちが飼育員なのかわかんないですね」
「調教はちあきちゃんでしょ、でもそいつキバが生えてるから気をつけてね」
「それを言うならセイウチでしょ。
思い出したよ。誠仁も俺のこと舌ったらずなフリしてトド君トド君て呼んでたね」
(マー君ね)千晶の目の奥が勝利に光る。誠仁は足をひっぱったツレに向き直り矛先を変える。
「話を逸らせちゃって、アシカのまねなんてできないか、プライドが高いのはさ」
「「やーねー」」
「…息ぴったりだね」
なぜ最後に千晶と誠仁が声を合わせるのか。取り澄ました顔を崩さずに一言返すのが精一杯だった。
千晶がああいえばこう言う男二人が揃うと面倒くささ倍増と感じたように、慎一郎もこの似た者二人が揃うと厄介だと気づいてしまった。
「高遠、暇だし抜けていいよ案内してきなよ」
「私代わるよ、見るとこないけど」
仲のよさそうな三人に同期が要らない気を利かせる。
「ありがと、それがこの人ナースの案内がいいんだってよ、葛西くーん」
千晶ががっしり体育会系角刈り男に声を掛けると、誠仁が慌てて断る。
「やっぱり二人でいいや」
「あぁ、彼は理学のほうだった。え、いい? 二人だけで楽しみたい?」
「んなこと言ってないでしょ、僕らは可愛い女の子が」
「そんなー、可愛いのは言われなくても分かってますよー」
「……」
「じゃぁほらナース服をさ」
「あー、自分で着ちゃう系? この先をまっすぐ行って突き当りの左に、衣装を着て記念撮影できるコーナーがありますからね、(子供向けなんで)サイズが合うといいですね」
着られなくてもナース帽や額帯鏡(頭のアレ)など小物があるから楽しめるだろう。
「…抑制帯もあるかな?」
「ああ、心の相談は三階ですよー秘密厳守ですからお気軽に」
「僕面割れてない?」
「ストッキング貸しましょうか」
「ふっ」まだやるのか、似た者同士の二人が一見にこやかに交わす掛け合いをどっちもどっちだと慎一郎は笑った。「ほら、誠仁が見たいって言ったんでしょ、行くよ」
「仲良くやってるんだね」
「立ち位置が絶妙なんだよねあの子、そこがさー」
「これからどう変わっていくのかな」
「……気になる?」
誠仁の問には答えず、アウェイとぼやく割には周囲と馴染んでいる千晶を振り返り、先日の疑問をぶつける。ざっとした流れはきいていたが、教育内容を突っ込んできいてみると、言葉を濁しつつ誠仁は答えた。
「――立場に奢らないように徹底的に叩かれるよ、偏屈で自尊心の高い奴らばかりだし」
学ぶのではなく訓練だと言われれば、千晶の感じている温度差のようなものが分かった。
「あともう一つ、非医業からって少ないの?」
「何、あの子本当に一般家庭なん?」
「誰って言ってない、男も少ないみたいだけど? 国立でしょ」
「慎の所は別枠としてさ、僕も詳しいことは知らないけれど労基も不可侵な領域だもの、どうせなら内情わかってるほうがやりやすいんでしょ。地方は人材不足で一般や女も採ってるってよ、国試通すのが大変らしいけどね。それでも家庭のサポート無しでは難しいんじゃね、特に女の子は。
まー僕なら仕事は男だけでいいや、フィジカルもメンタルもさ向き不向きってのが――」
「でも、誠仁まだ諦めてないんだろ」
「まーね、自分でも矛盾してると思うよ、逃した魚は大き過ぎたね」
自虐的な言い方に葛藤が滲む、誠仁の母も姉も医師だ。
「あー時田さーん、ごぶさたしてますぅ」
「どーもね」
「よかったら案内しますよ」
少し憂いの陰ったように見えた顔も、黄色い声を軽くあしらう頃にはもう通常運転に戻っていた。
感情の読めない男2、変わり織りグレーのスタンドカラージャケット。
男1・2の対面、折り畳みの会議デスク越しに営業用スマイルを引っ込める黒いエプロン姿の千晶。そのまさか、だった。
「…ほんとに来ちゃったよ、ドレスコードを満たしておられない方はご遠慮下さーい」
「帰すなや、衣装はこちらで用意してありますんでどうぞ」
「ありがとね」
前日も今日も雨で来場者はまばら、それでなくてもお客様はご近所さんと見舞客と関係者が大半なのだ。折角の一般客を千晶以外は大歓迎。
「ちあきちゃんこそ、ここはミニスカナース姿でお出迎えでしょ」
「…ぶっといのを刺されたいんですか?」
「やだなぁ、僕はお医者さん役、実験台はこっち」
千晶の男二人を見る目が、人に対するものからゴミに変わる。周りには人が居るのに真昼間から破廉恥なゴミクズ。ちなみに千晶のナース趣味は白ワンピよりエプロン派。どちらも見かけなくなって久しい。
「こちらパンフレットになります。ごゆっくりお楽しみください。ああ、出店は一店一品以上お買い上げくださいね。それからショーは一階カウンター前ロビーでお願いします。お帰りの際はぜひアンケートにご協力お願いいたしまーす」
笑顔で抑揚なく告げ、さっさと行けと手を奥へ示す。
「…ショーって?」
「彼女が慎のことトドだって」
ヘンタイお医者さんごっこ発言をまるっと無視した男2こと慎一郎の問に、男1こと誠仁はここでもしれっと惚ける。
「…そうは言ってませんよ、大丈夫ですか。100から7を引いていってみてください」
100から7って?、誰にきくでもなく慎一郎が問えば認知症の検査だと答えが返ってきた。
「ふっ」
二人の会話を無表情に流していた慎一郎の顔がついに崩れた。
「…どこで会ったかきいたら水族館てとぼけるからさ」
仕方なく正しく答える誠仁。それを聞いた慎一郎が片眉を上げ、千晶を、次いで誠仁に視線を投げる。誠仁は慎一郎に頼らない千晶と、千晶を助けない慎一郎が面白くない。
「へぇ、で俺にアシカのマネをしろっての?」
「聡いねー、どっちが飼育員なのかわかんないですね」
「調教はちあきちゃんでしょ、でもそいつキバが生えてるから気をつけてね」
「それを言うならセイウチでしょ。
思い出したよ。誠仁も俺のこと舌ったらずなフリしてトド君トド君て呼んでたね」
(マー君ね)千晶の目の奥が勝利に光る。誠仁は足をひっぱったツレに向き直り矛先を変える。
「話を逸らせちゃって、アシカのまねなんてできないか、プライドが高いのはさ」
「「やーねー」」
「…息ぴったりだね」
なぜ最後に千晶と誠仁が声を合わせるのか。取り澄ました顔を崩さずに一言返すのが精一杯だった。
千晶がああいえばこう言う男二人が揃うと面倒くささ倍増と感じたように、慎一郎もこの似た者二人が揃うと厄介だと気づいてしまった。
「高遠、暇だし抜けていいよ案内してきなよ」
「私代わるよ、見るとこないけど」
仲のよさそうな三人に同期が要らない気を利かせる。
「ありがと、それがこの人ナースの案内がいいんだってよ、葛西くーん」
千晶ががっしり体育会系角刈り男に声を掛けると、誠仁が慌てて断る。
「やっぱり二人でいいや」
「あぁ、彼は理学のほうだった。え、いい? 二人だけで楽しみたい?」
「んなこと言ってないでしょ、僕らは可愛い女の子が」
「そんなー、可愛いのは言われなくても分かってますよー」
「……」
「じゃぁほらナース服をさ」
「あー、自分で着ちゃう系? この先をまっすぐ行って突き当りの左に、衣装を着て記念撮影できるコーナーがありますからね、(子供向けなんで)サイズが合うといいですね」
着られなくてもナース帽や額帯鏡(頭のアレ)など小物があるから楽しめるだろう。
「…抑制帯もあるかな?」
「ああ、心の相談は三階ですよー秘密厳守ですからお気軽に」
「僕面割れてない?」
「ストッキング貸しましょうか」
「ふっ」まだやるのか、似た者同士の二人が一見にこやかに交わす掛け合いをどっちもどっちだと慎一郎は笑った。「ほら、誠仁が見たいって言ったんでしょ、行くよ」
「仲良くやってるんだね」
「立ち位置が絶妙なんだよねあの子、そこがさー」
「これからどう変わっていくのかな」
「……気になる?」
誠仁の問には答えず、アウェイとぼやく割には周囲と馴染んでいる千晶を振り返り、先日の疑問をぶつける。ざっとした流れはきいていたが、教育内容を突っ込んできいてみると、言葉を濁しつつ誠仁は答えた。
「――立場に奢らないように徹底的に叩かれるよ、偏屈で自尊心の高い奴らばかりだし」
学ぶのではなく訓練だと言われれば、千晶の感じている温度差のようなものが分かった。
「あともう一つ、非医業からって少ないの?」
「何、あの子本当に一般家庭なん?」
「誰って言ってない、男も少ないみたいだけど? 国立でしょ」
「慎の所は別枠としてさ、僕も詳しいことは知らないけれど労基も不可侵な領域だもの、どうせなら内情わかってるほうがやりやすいんでしょ。地方は人材不足で一般や女も採ってるってよ、国試通すのが大変らしいけどね。それでも家庭のサポート無しでは難しいんじゃね、特に女の子は。
まー僕なら仕事は男だけでいいや、フィジカルもメンタルもさ向き不向きってのが――」
「でも、誠仁まだ諦めてないんだろ」
「まーね、自分でも矛盾してると思うよ、逃した魚は大き過ぎたね」
自虐的な言い方に葛藤が滲む、誠仁の母も姉も医師だ。
「あー時田さーん、ごぶさたしてますぅ」
「どーもね」
「よかったら案内しますよ」
少し憂いの陰ったように見えた顔も、黄色い声を軽くあしらう頃にはもう通常運転に戻っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる