Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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10月

3.

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 翌日は晴天に恵まれ、二人は予定通り久しぶりのドライブへ。

 関越道を下り二時間、高地ではもう山頂から色づき始めていた。一般道を更に上っていく。連休最終日、サンデードライバーもおらず流れはスムーズだ。
 
 杉林に広葉樹林、木々の間に適度に日が差す。光と影と、徐々に緑の合間に黄色や赤色も混じってゆく。
 
 途中で車は脇道に逸れた。

「ちょっと寄って行こう」慎一郎はそれだけ言った。

 坂道を下った先には湖と、その湖畔にホテルが一軒だけ建っていた。
 車を停めると千晶はおおきく伸びをし、微笑んだ。

「いいところだね」

 ひっそりとした白樺の間を、枯れ枝を踏みながら進む。風はないが、ニットワンピースとトレンチコート…は少し寒い、千晶は襟を立てた。

 ポキンと鳴る乾いた音をベースに、千晶は口ずさむ。
 そんな姿を慎一郎は時折確認するように見つめ、ふと、またカメラを向けてそっとその姿を撮った。

 歌声と澄んだ空気とが流れるように梢を抜けていく。

 湖にはボートから釣り糸を垂らした太公望。もう葉をつけることなくともなお水面に白く立ち続ける枯れ木。無風の水面は凪いでここだけ時間に忘れられたようだ。

 途中の道の駅で買った林檎を二人で一つずつ齧る。小ぶりで安価だったので二種類一袋ずつ。まるごとかじりつく。

「美味しい、甘酸っぱくて。そっちは?」
「甘いよ」
「こっちは香りがいいね、甘い」

 赤く甘酸っぱい林檎と、青くて香りが強く甘い林檎。どちらも美味しい。


 それからまた車を走らせ、源泉をみて足湯に浸かり、荒涼とした湿原を眺める。


 慎一郎が千晶と出掛けるようになって気づいたのは、彼女はどこにあっても馴染むことだ。
 街中の雑踏でも人工光の夜景にも、自然豊かな山林でも、こんな荒野でも、ずっとそこにいたかのように見える。はじめての場所でも驕ることも脅えることもない。犬や猫とも鳥ともちがう、例えようのない存在だ。

 そもそもなぜドライブに誘ったのかもわからない。免許――日本では結局取り直した――を取ってしばらくは男同士で乗りに出た。狭い車内に定員一杯ではしゃいで、どこまでも行ける感がたまらなかった。
 それもいつしか一人で出ることが増えていった。同乗者がいるのは少なからず気を使う。自分の意のままに走りたい。

 千晶は黙って景色を眺めるか寝てるかで、慎一郎の運転のペースを乱すことがない。部屋でもそうだが車も勝手にいじったりしないし扱いも乗り降りも丁寧だ。

 不満はなくても免許も持たない、交代要員にもならない千晶と出掛ける気になったのか、いまだに慎一郎はわからない。

 千晶は楽しかった。
 都市から離れた郊外の、さらに奥にも人々の生活があるのをみて生計や家族の営みに想像を巡らせ、絶景をみれば自然の豊かさに感動していた。百聞は一見にしかず、空気も匂いも音もそこでなければ味わえない。知らなくても生きていけるけれど知る喜びを知ってしまった。
 慎一郎はナビや車内の飲食禁止とちょっとしたこだわりがある位で、言わなくても休憩をいれてくれたし、運転は下手でも横暴でもなかった。

 相変わらず慎一郎はガソリン代も受けとらない、「一人増えた位で燃費は変わらないよ」。千晶が出して受け取るのはせいぜい休憩時の軽食代や駐車場代位だ。
 千晶の家計を聞いたあとも年齢を確認したあとも態度は変わらなかった。もし少しでも施すような素振りがあれば関係は破綻していただろう。千晶が行きたいと言い出したことは割り勘に近い金額を受け取った。

 何が正解かは意見が分かれる、ただ二人の歩み寄った結果はこうだっただけ。



 早い帰りの道路も空いていて、慎一郎はワインディングを楽しんでいた。千晶は三半規管は強いのか車酔いはしなかったけれど、横荷重に振られ続け疲れたのか東北道に乗ってすぐにうとうとし始めた。

 今日はよく起きていたほうだ。乗りごごちがよくない車なのに、千晶はすぐに眠ってしまう。

 信号待ちで千晶の横顔と髪にそっと触れる。秋の日は短い。ピアスと同じ薄桃色から紫に変わる空が車窓から減り、コンクリートの壁とビル群にとって代わる頃マンションに着いた。


「荷物が届いてるはずなんだ」

 マンションのコンシェルジュデスクから段ボール箱を受け取った慎一郎が、部屋に着くと千晶に渡して開けてみるよう促した。箱は軽く、大手ドラッグストア通販会社の印字があったのでたいして遠慮も警戒もせず開けた。

「―――……」

 色とりどりの避妊具の小箱を前に固まる千晶。

「通販でしか買えないのもあって、ついでに色々頼んでみた」


 ギギギって軋む音がしそうなくらいこわばりながら注文者へ振り向く。
 ついで? この通販会社は千晶も利用したことがある、こんなに買わなくても送料無料になるはず。

「タクサンアルネ、オトモダチの分もかな? レンタルルームでも始めるの?」
「それなら業務用…っと、何言ってんの、僕たちで使うぶんだよ。今日はいくつ試せるかな」

 色々に変なおもちゃや下着が含まれてなかっただけマシだと千晶は気づかない。

「え? キョウハ? いくつ? 一晩に何回もっての? あれは都市伝説とかネタじゃないの。もしくは一回3分――」
「少し黙ろうか、ぶち壊し「ちょ シャワー、のまえに一休み、ねぇ運転して疲れ――」

 帰り路3時間弱、途中休憩は東北道のSAで一度だけ、運転の疲れも見せない体力はどこから湧いてくるのか。逃げ腰になる千晶の背後からがっしりと抱き着いてくる注文主。

「ほんと無臭だよね。ん、今日はちょっと甘い」
「いぃやぁヘンタイ、とにかくシャワー」

「はいはい」
 抱き着いて首筋に顔を埋めたままパウダールームへ、早速その手にひと箱。

「なんで箱ごともってくんの」
「え、いらないの? ふーん」

「そういう意味じゃない」
「知ってる」


 パッケージは開封された。
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