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11月
2.
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土曜の夕方、千晶がバイトを終え慎一郎のマンションの部屋の前まで来ると、ドアにスリッパが挟んであるのに気付いた。話し声もわずかに聞こえてくる。
はてさてこのスリッパは誰の為か、少し首を傾げて考える。このドアはオートロック、閉まると自動で鍵がかかる。そして遠隔では解除できないタイプ。千晶の他にもまだ来るのか。
連絡を見落としたかと確認しても、バイト中に買い出し不要と届いたきり。買い出し云々は千晶が時々適当に食料を持ち込んで簡単な食事をつくることがあったからだ。
スリッパはそのままにして室内へ。
千晶が壁際からこっそり…どこかの家政婦よろしく覘けば、華やかな雰囲気の男女が談笑していた。無理なら帰っても構わないということなのか、千晶自身にその判断は委ねられているようだ。
(うーん、いつも来てる人たちとは違うタイプだなぁ)
まだ数度しか、しかも終わりのほうに会っただけのゲストと比較するのは性急過ぎるだろうか。なんとなく一見なごやかに見えて一部からは値踏み感がひしひしと感じられて素敵。そんな印象を受けた千晶は踵を返…さないで普通に入っていく。
なにせお腹が空いている。買い出し不要、つまり食料はあるということだ。外食なら外で待ち合わせたはず、これから家まで我慢するより少しは腹に入れてから帰りたい。
動機が犬猫並みでゲームならトラップで瞬殺されているところ。
「にぎやかだね」
「ああ、学祭の蔓がズルズルとね」
家主を探して声を掛ければ、他人事のような返事が返ってきた。それを聞く千晶もどこか他人事だ。
慎一郎が本来進む予定だった私大の徒歩圏にこのマンションは建っている。今はその学園祭真っ最中でメンバー他諸々が引き釣られてきたということらしい。
「お手伝い要員ってことで」リビングを一瞥して家主に告げる。
「もう戦線離脱?」
「戦闘には情報収集と武装が必要不可欠だよ」
「腹ごしらえね。キッチンの全部食べちゃっていいから」
「人をディスポーザーみたいに」
「もったいない、ちゃんと肥料にしてよコンポストちゃん」
「流れ着く先は同じでしょ」
女性たちはずいぶんと着飾っていて疎い千晶にもわかるようなブランド感が漂っている。それが新作かどうかまでは知らないけれど。
装いだけなら同じような女性が千晶の学内にもいる、それでも普段接している女性達とは違う空気がある。
一方の男性たちは量販店系カジュアルから誂えまでかなり層に厚みがあるようだ。
いつもの地味な服装に、バイト用に纏めた髪のままネイルもしてない自分に引け目を感じたりはしないけれど、ゲスト側に立つのは場違いだろう、タブリエエプロンを結べはお手伝いさんに早変わり、この場での違和感は無くなった。
「こちら片付けますね」
キッチンでは少し離れてお酒をつくっている人が一人。千晶は手付かずのままの手土産を処理していく。手を出しやすいよう取り分け切り分け、フルーツをネット動画を参考に見様見真似でカットしていく。もちろん味見をしながら。いや、味見のために切っている。
「グラス足りる? 器用なもんだね」
時折家主もやってきて手伝――つまみ食いをする。
「道具がいいからだよ、それと動画サイト様様だね」
今ならこうやって食べ方が簡単に調べられるのに、と子供の頃に丸ごとココナッツ(完熟ヤシの実)を貰って苦戦した話をしながら切っていると、
「藤堂、部屋借りちゃったよ」
「ちょっと」
「向こうから誘ってきたんだよ、今なら――…ってああ、後は嫌なんだっけ?」
「俺は――くよ」
爛れた会話が耳に入ってきた。
「語るに落ちるってこのことねぇ。リネンサービスはやってないから」
家主のチラっと伺う視線に、千晶は聞こえなかったフリをするやさしさは見せない。
「Speech is silver, silence is golden」(沈黙は金か)
「Nothing gold can stay」(そのようね)
クズ兄弟に挟まれた千晶は男に幻想を抱く間もなく過ごしてきた。男女のことは合意があればいい位の貞操観念なのを家主はまだ知らない。
「じゃ、これ持って行って」
「はい、はい」
両手を上げて苦笑する慎一郎に、いくつかのプレートに盛られたフルーツを手で示す。家主はまた一口つまみながらキッチンを後にする。
(ああ、エビが美味しい。ソースはアボカドとマヨと? 何だろ。素材のレベルが違うんだろうなぁ)味見しながら美味しいものは家で再現すべく脳内にメモしておく。
「今日はNo1で代用――で、ゆっくり注ぐと」
「きれーい」
カクテルのレシピは右から左に流す。きっと役に立つ日はこない。
情報収集などと嘯いたが実はどうでもいい、美味しいものを食べてぐっすり寝られれば千晶は十分なのだが。
はてさてこのスリッパは誰の為か、少し首を傾げて考える。このドアはオートロック、閉まると自動で鍵がかかる。そして遠隔では解除できないタイプ。千晶の他にもまだ来るのか。
連絡を見落としたかと確認しても、バイト中に買い出し不要と届いたきり。買い出し云々は千晶が時々適当に食料を持ち込んで簡単な食事をつくることがあったからだ。
スリッパはそのままにして室内へ。
千晶が壁際からこっそり…どこかの家政婦よろしく覘けば、華やかな雰囲気の男女が談笑していた。無理なら帰っても構わないということなのか、千晶自身にその判断は委ねられているようだ。
(うーん、いつも来てる人たちとは違うタイプだなぁ)
まだ数度しか、しかも終わりのほうに会っただけのゲストと比較するのは性急過ぎるだろうか。なんとなく一見なごやかに見えて一部からは値踏み感がひしひしと感じられて素敵。そんな印象を受けた千晶は踵を返…さないで普通に入っていく。
なにせお腹が空いている。買い出し不要、つまり食料はあるということだ。外食なら外で待ち合わせたはず、これから家まで我慢するより少しは腹に入れてから帰りたい。
動機が犬猫並みでゲームならトラップで瞬殺されているところ。
「にぎやかだね」
「ああ、学祭の蔓がズルズルとね」
家主を探して声を掛ければ、他人事のような返事が返ってきた。それを聞く千晶もどこか他人事だ。
慎一郎が本来進む予定だった私大の徒歩圏にこのマンションは建っている。今はその学園祭真っ最中でメンバー他諸々が引き釣られてきたということらしい。
「お手伝い要員ってことで」リビングを一瞥して家主に告げる。
「もう戦線離脱?」
「戦闘には情報収集と武装が必要不可欠だよ」
「腹ごしらえね。キッチンの全部食べちゃっていいから」
「人をディスポーザーみたいに」
「もったいない、ちゃんと肥料にしてよコンポストちゃん」
「流れ着く先は同じでしょ」
女性たちはずいぶんと着飾っていて疎い千晶にもわかるようなブランド感が漂っている。それが新作かどうかまでは知らないけれど。
装いだけなら同じような女性が千晶の学内にもいる、それでも普段接している女性達とは違う空気がある。
一方の男性たちは量販店系カジュアルから誂えまでかなり層に厚みがあるようだ。
いつもの地味な服装に、バイト用に纏めた髪のままネイルもしてない自分に引け目を感じたりはしないけれど、ゲスト側に立つのは場違いだろう、タブリエエプロンを結べはお手伝いさんに早変わり、この場での違和感は無くなった。
「こちら片付けますね」
キッチンでは少し離れてお酒をつくっている人が一人。千晶は手付かずのままの手土産を処理していく。手を出しやすいよう取り分け切り分け、フルーツをネット動画を参考に見様見真似でカットしていく。もちろん味見をしながら。いや、味見のために切っている。
「グラス足りる? 器用なもんだね」
時折家主もやってきて手伝――つまみ食いをする。
「道具がいいからだよ、それと動画サイト様様だね」
今ならこうやって食べ方が簡単に調べられるのに、と子供の頃に丸ごとココナッツ(完熟ヤシの実)を貰って苦戦した話をしながら切っていると、
「藤堂、部屋借りちゃったよ」
「ちょっと」
「向こうから誘ってきたんだよ、今なら――…ってああ、後は嫌なんだっけ?」
「俺は――くよ」
爛れた会話が耳に入ってきた。
「語るに落ちるってこのことねぇ。リネンサービスはやってないから」
家主のチラっと伺う視線に、千晶は聞こえなかったフリをするやさしさは見せない。
「Speech is silver, silence is golden」(沈黙は金か)
「Nothing gold can stay」(そのようね)
クズ兄弟に挟まれた千晶は男に幻想を抱く間もなく過ごしてきた。男女のことは合意があればいい位の貞操観念なのを家主はまだ知らない。
「じゃ、これ持って行って」
「はい、はい」
両手を上げて苦笑する慎一郎に、いくつかのプレートに盛られたフルーツを手で示す。家主はまた一口つまみながらキッチンを後にする。
(ああ、エビが美味しい。ソースはアボカドとマヨと? 何だろ。素材のレベルが違うんだろうなぁ)味見しながら美味しいものは家で再現すべく脳内にメモしておく。
「今日はNo1で代用――で、ゆっくり注ぐと」
「きれーい」
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