Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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偶然

1.

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 それは千晶の元へ差出人の無い葉書が届いて2か月後のこと。


 今年届いた葉書はオフィスらしい背景で寛ぐハチワレの白黒猫の写真。
 ω マズルぷりぷりしてる、オスだな)そんな勝手な予想をしながら本棚からクッキー缶を取り出し、去年の葉書の上に重ねた。去年は芝生の上で大きい黒茶色の犬とサバトラのデブ猫が少し離れて同じポーズで寝ている写真、これで缶の中の葉書は3枚になった。


(ああ、キャリーカートって使えない…)
 
 道行く人が軽々と引いている姿を見て買った税抜き880円の折り畳みキャリー。わずかに傾斜のついたインターロッキングの上では上手くバランスが取れないし、タイヤはお値段相当の品質でガラガラとうるさい。
 今日は兄が本を貰ったから大学まで取りに来い(=取りに来なければやらない)といわれて遥々とやってきたその帰り道。貰えた本は高価な専門書で有難いが取りに来いと言った理由がわかる量だった。

 まだ歩きだして数分、これから更に駅まで10分弱、電車で30分、そこからまた――。秋も更け行く季節、日はとうに落ち街路灯も近年はLED化していて寒々しい。更に重量物と家までの距離を思い心の中で溜息をついた。 

 それでも千晶は、よろよろとよろめきたい気分をおくびにも出さずに歩いていた。

 そんな後姿に、
 ――ふわっと、落ち葉のようにひとひらの記憶が舞い落ちて。 


「重そうだね」


 千晶が振り返る間もなく手からカートを取り上げたのは、スーツ姿の男性。
 驚きもせず手を緩めたのは多分、彼だと予感したから。

 次いでやってきた懐かしい香り。

 立ち止まらずカートを手に前を進む、それでも歩調は緩やかでペースを合わせてくれているとわかる。
 一歩遅れた千晶は前を歩く彼を追う。後姿は前と同じ。こんな時は、以前より精悍さが増していたと表現するほうがそれらしく盛り上がるのだろうけれど、彼女の目に彼は変わらずに映った。
 ピザの食べ過ぎでトド化してもいなかったし、可もなく不可もなく。

 それは彼の目に映る彼女も同じだった。良くも悪くも以前のまま、後姿だけで彼女だとわかったように。

「ありがとう」

 隣に並び視線を合わせ、ほんの少しだけ目を細め合う。1センチだけ伸びた彼女が見上げる角度も変わらない、あと数センチ、6フィートは欲しいと言った願いは叶わなかったようだ。
 

 久しぶり、元気、そんな前置きもなく始まる口調に、3年ぶりの時間を忘れそうになる。

(この人とは最初からこうだったな)

 初対面のときも昨日今日も会っていたような気安さだった。それからいくつかの偶然と必然が重なり、短い時間を共有した。

「シンはお仕事? こっちにも事務所とかあるの?」
「酷いな、名刺みてくれたんでしょ、検索もしてないとか」

 春に封筒に名刺が一枚だけ入って届いた。帰国しないのだと理解した。そして返事の代わりに日本らしいものを送った。

「ワタシエイゴワカリマセン」
「おもしろい冗談だね、アキ。それはそうと、差し入れアリガトウ、あずきバーって開けるときドキドキしたよ」
「税関で開けられるかもしれないのに細工はしないよ」

 チョコと抹茶味の羊羹はビーンズゼリーだろう、サイトは右上のプルダウンで日本語に切り替えられると懇切丁寧に説明したのち、東京で数日仕事があって、教授にご機嫌伺いに寄った帰りだと言った。

 年齢の割に仕立ての良すぎるスーツと持ち物。それが許される環境で働いているということ。

「まだここ寄ってるんだ、もう教養は終わってるでしょ?」
「うん、大学は詰め込むばかりだから、自分で考えるのを忘れないように来てるんだ、お茶飲み友達もできたし」
「余裕だね」
「そーでもないんだけどね、今日は別件で本を貰ったから取りに来たの」

 そう言って千晶が本の束に目を移すと、慎一郎はカートを持ち上げ興味深そうに眺める。

「ヴェテリナリ? 犬と猫の循環器…小動物の…人間並みだね」
「人間との比較も面白いよ、シンはどう?」
「ぼちぼち――面白いよ」

 慎一郎も向こうでの暮らしぶりを伝える。街のこと、仕事のこと、時には友人や弟が訪ねてきてくれたことも。

「直嗣は毎回俺の留学先に現れるんだ、一人で前触れもなく」
「(突然なのは兄弟そっくりだな)ん? 最初は小学生?」
「そ、リュックサック背負って泣きそうな顔でやってくるんだ。で、今回はドアマンに不審者扱いされて、どんな格好だったと思う?」
目出し帽バラクラバとか」
「惜しい」

 笑いながら、取り留めもない話をしているうちに駅に着いた。

「ありがと、じゃぁね」

 千晶が礼を言って本を受け取ろうとすると。

「猫を見に行っていい?」

「猫ってうちの?」 
「そう、今も二匹? モップちゃんだっけ」

 想定外の発言に戸惑い、慎一郎の顔を見る。その表情からは言葉以上のものは読み取れない。持ち物は厚めのブリーフケースだけで行く当てがないようには見えない。千晶が東京の西部に猫と家族とで暮らしているのは知っているはずだ。これまでの会話で一人暮らしを始めたとは言ってないし、その事実もない。

 ダメではないけれど――どうして? 

 オトナとは招かれなければ家にお邪魔しないものじゃないの? 海外暮らしでおかしくなった、それとも欧米の距離感では普通のことなのかな。あの家族(含宇宙人)を見てうちに来たがるなんて頭オカシ… ああ記憶から削除されたのか。家に来るよりも、OBや学友と繋がらなくていいのかな? 実家は? 

 ――まぁいいか。

「…うちの猫は好き嫌いが激しいから合うかどうか、隠れちゃうかもしれないよ」
「うん、いいよなんとなくだから」

「猫だけね、中高生じゃあるまいし間違っても不埒なことは考えないでね。不能にして多摩川に捨てるから」
「はいはい」
「はいは一回、切っても今はくっつくから。そっちじゃなくてね」

 自意識過剰かもしれないけれど一応下心には釘をさしておく。

「aye, sir!」

 かかとを鳴らした慇懃無礼な返しに千晶は笑いながら一歩前を歩いてホームへ。本は慎一郎に持たせたまま。
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