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偶然
2.
しおりを挟む電車内は空席はなかったが、人に触れずにいられる程度には空いていた。二人はつり革をつかみ、窓の外を眺める。
ロングシートに座る乗客も、立っている乗客も、皆小さな画面を見続ける。
無表情に、だが、景色が見えなくても視線を窓から離さない慎一郎と、それを面白そうに眺める千晶。まるでおのぼりさんか、都市計画のアラ探しでもしているかのような真剣な視線を千晶がからかうように笑う。
「日本も久しぶりでね。あれから免許とビザの手続きで二度帰国した。こっち方面は…大学以来だ」
「ご感想は?」
「特に、変化し続けるのがこの街だからね」
回遊魚みたいだね、と千晶はまた笑った。窓にその横顔が映る。慎一郎は移り変わる景色と変わらない横顔を見つめ続ける。止まったら死ぬのか、荒廃した地を涼しい顔で眺めそうな顔に問うのは止めた。
「アキは学生生活どう?」
「ん、まぁまぁ。先輩方も親切だし、同期も――班単位で行動することが多いんだけどつかず離れずな距離感で。変な人も多いけど慣れればね。思ってたよりお金もかからなくて」
千晶は教室や班でのちょっとした出来事を加えた人員構成を語る。千晶が皆の緩衝役なのだろうと想像できるが彼女自身は教室には女性が、班には既婚者がいてとても助かっているという。まずまず順調、勉強そのものはつまらないらしいが、基礎はとはそういうもの。
「ところで、ご両親のサプライズ旅行はどうだったの?」
「……ん?」
千晶が不思議そうに首をかしげてみせる。外には夜の雲を下から照らすライトが動く。まるでUFOみたいに。
卒業式の日、長男の晴れ姿を見に来た両親を子供達は無理矢理海外旅行へ送り出していた。個性的過ぎる家族――特に兄のことは忘れるように暗示をかけられたが、逆効果だ。
「忘れろって言われると記憶は強化されるよね」
「時差ぼけで白昼夢でもみたんじゃないの」
「へぇ、夢か」
やはり千晶のなかではなかったことになっていた。彼らには驚かされたが、隠すようなことでもないだろう。
「……無事に帰ってきたよ、オーロラは二晩見られたって」
「幸運だったね、よかったよかった」
あの時の写真を検索する慎一郎の手元を横目に睨み千晶が口を尖らせ砂でも吐き出すように答えると、忘れたフリをする優しさのない男は自分のことのように喜んだ。
「言葉もなんとかなったみたいだし、意外と喜んじゃっててつまんないの」
「……ん?」
残念そうに答えた真意がわからず、慎一郎は千晶の顔を見る。照れもはにかみもせず、無表情に近い。言葉通りつまらないの意味らしい。
「遅れた銀婚式だったんだよね?」
「まー、そうなんだけどね。こう、がっかり成分が足りなかったみたい。ちゃっかりパスポート更新してるし」
困惑しつつも感動していた両親に比べて、子供達は妙に冷めた、どことなく含みのある笑顔だった。あれは照れていたのではなかったのか。
家庭の事情は外からはわからないものだ。千晶が家族仲は悪くない――いいほうだと言った通り、ごく自然で落ちついた距離の家族だった、両親も若くはみえたが、子供ら同様精神年齢も経験値も高いだろう奥深さを感じた。それだけに、あの年代にしても若すぎる時期に親になったのがどうにもちぐはぐだ。
「ご両親は学生結婚なの?」
「ううん、二人とも進学せずに働いて、ああ、同じ高校でね、クラスは別だったらしいんだけど、…そのへんは濁されて、まぁなれそめなんて子供には言いにくいんでしょ。とにかく20歳になってすぐ結婚したんだって、あ、宇宙人を拾ったからじゃなくてね……30周年は50歳か」
「すごいな、…って何を企んでるの」
当時の四大進学率が高くないにしても子供らの能力から察するに学力は十分あったろう、デキ婚でもないとなると、しかしそれとサプライズは――と、千晶の口角が不敵に上がるのを慎一郎は見逃さなかった。
相変わらず、くだらないことだけは計画的だ。千晶がなぜやられたらやり返す子供に成長したのか、深く考えすぎた慎一郎には単純な想像力が働いていなかった。
「ふふ、もうすぐ着くよ」
再び取り留めもない話を続け――千晶の家の最寄り駅へ着いた。座れなくても苦にならない時間。それでもホームの数と市外局番が都心とは違う。
「ここか、始めて降りるよ」
「周辺には学校しかないから降りる用はないよね、意外と日常生活に困らないよ」
駅ビルに、商店街に、病院もある一方で、繁華街や大きな集客施設が無いぶん治安もよい。手土産を気にした慎一郎を後目に千晶はさっさと駅の駐輪場へ。
高校の通学用に買ってもらったという荷台も付いた紅色の自転車は、7年目とは思えない位に綺麗だ。 少し登り坂の道を押して歩く。
「荷物が無ければ二人乗りができたのにな」
「それこそ中高校生でしょ、道路交通規則――」
「藤堂くんが制服で自転車を漕ぐ姿が想像できない、ぼっちゃまは黒塗りで送迎じゃないの」
「偏見に満ち溢れた坊ちゃん像だね、送迎は小学校の時だけだよ」
「庶民のたくましい想像力って言ってよ、ああ、パシリに漕がせて後ろで立ち乗りか」
中学からは自宅から最寄り駅まで車、そこから先はちゃんと電車と徒歩で通ったのだ。
高校は駅から少し距離があった。歩いていると誰かしら乗るかと声を掛けてくれたので、遠慮なく乗ったが、強制はしていない。
「…自転車には乗れるから」
「はいはい聞いてますよ、乗れないひと結構いるよね」
何度か車で近くまで送っていったのに駅から向かう道は初めてだ。慎一郎はとても不思議な感覚に陥った。
歩くこと十数分。
「ここだよ」
千晶が自転車を停める。確かに表札もある、道幅は広くないがゆとりある家々より更に広めな二階建ての家に慎一郎は首を傾げる。真壁の木造住宅、庭もきちんと手入れがされている。やはり聞いていたほど経済的に厳しい家には思えない。
育ちに余裕がある家の子女、多数の人は千晶の印象をそう評価する。悪く思われるよりいいが、身に余る期待も付き合いに困るとぼやいていた。
(ん、なんだこれは?)
玄関前のアプローチに不気味なオブジェ、更に、ガレージには年式の古い軽トラックがチラっと覗いている。周囲は純然たる住宅街で田畑もない。通り掛かった家々に停まっていたのはミドルクラスの普通車ばかり。商売をしているようにも見えないこの家には不似合いだ。
「アキ、車の免許って取ったの?」
「うん? 一応ね。学年が上がると時間が無くなるっていうから。買い物は便利だね」
「……そうだね」
アレに乗ってるのか? 駐車スペースはもう1台、か2台分はある。買い物に乗っていく車は別にあると思いたい。軽トラの用途を尋ねるのはやめた。ダム湖に捨てられるのも冗談でもないのかもしれない。
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