Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

5.

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「ただいま、おねーちゃん帰って来ましたよ」
 寒の戻りの夜は少し肌寒い、丸いベッドで二匹が寄り添って寝ている。千晶が声を掛けると猫は薄目を開けて、閉じた。
 次いで後ろから「こんばんは、ひよ、ブラン」の声がかかるとに猫は目を開き「にゃっ」と返事をした。
「…ひよ、おねーちゃんには返事無しなのー?」
 千晶が不満げに背後の男を見やると、その顔は勝ち誇ったように口角をあげた。
「人徳? ああ猫徳だよね」

 そんな低レベルなやり取りを先に帰宅していた弟の七海が冷めた目で迎える。
「いらっしゃい、で? まさか自転車に二人乗りはしてないだろうね、いい大人が」
 確信に満ちた言い方はどこから見ていたのか。どっちが漕ぐかで揉めて押して帰ってきた、なんて言えない二人は笑顔でスルー。

 今日は偶然東京駅の酒屋で逢ったのだ。GPS追尾のアプリなど細工されていないはず。千晶はバイト先のお使いで書類を届けに行った帰り、慎一郎は客先からの帰りで直帰、「ひよちゃん元気?」「ナツ君は呑むの?」と言ってそのまま付いてきた。
 彼の滞在先のホテルは銀座、つまり東京駅から南へ数百メートル、高遠さんちとは逆方向だ。

「酒屋で会ってね、猫パワーがエンプティなんだってさ」
「こんばんは、これ好きだってきいたから」

 手土産に差し出した薬草酒を見た弟の怪訝な顔に、慎一郎は自らの失敗を理解した。千晶は一言も好きだとは言っていなかった。どれが好きかな、と聞いたら彼女が棚から取って渡してきたのだ。思い込みはトラブルの元である。

 いただきまーす、さっさと自分の分の酒を取り出した姉をチラッと横目で見てから弟は「気付けにいいよね」と礼を言って受け取った。

「なっちゃん夕飯は? 手伝う?」
「酢豚だよ、アキは網戸張り替えて。藤堂さん、うちの酢豚はパインアップルが入るけれどいい?」
「好きだよ、ナツ君も料理するんだね」
「うちはみんなできるよ、…やるかどうかは別としてね」

 最後の一言に弟の思いの丈が詰まっていた、そして「(揚げて炒めるとか面倒…手間のかかるメニューは)なっちゃんが一番上手だもんね」と持ち上げる千晶はやっぱり姉だ。千晶とあの兄は甘えても褒めても貶しても動かないだろう、君の苦労はよくわかると慎一郎は無言で頷いた。

「猫チャージね、じゃ」部屋を出てすぐ戻ってきた弟は、手にした白地に黒ブチのロンパースを慎一郎へ差し出す。
「七海くん…(またか)」
「藤堂さん、アホになったもの勝ちだから、ね」

 慎一郎相手に有無を言わせないところが姉弟そっくりだ。弟は姉にも三毛柄のパーカーを渡す、これどうしたの、昔もらったというやり取りのあと、千晶が難なく羽織ったのをみて、慎一郎は色々諦めた。

「ひよー、網戸は登っちゃだめだってばー」
「うなーぉ」
「ひよじゃないよ、げっこーがいたの」
「ごめーん、ひよ。ブランは元気だね」

 やはり言葉は通じているようだ。自分に対する千晶の扱いの雑さにしっぽで抗議を示す。
 続きの間の襖の影で着替え、こたつに座りパソコンを開くと、さっと大猫が膝に収まった。

「今日は確認して送るだけ、電話中は静かにね。ひよちゃん」
「にゃにゃっ」
「ん?」
「yo mistaken」
 千晶の変声にあわせ大猫がタッチパッドに前足をかけた。担がれているのか、単なる偶然か。
「えっ…、あっ、ありがとう」

 慎一郎の声に感心と少し甘さが混じる。板の間で網戸を張り替える千晶は、人間のオスはチョロい(意訳)と書いてあった猫語の本を思い出していた。




 今日は一人と四匹――猫三匹と犬一匹――で食卓を囲む、大猫は目の前のさわらのタタキにロックオン、黒猫は酢豚をみてありえないわーって顔をしている。菜の花のお吸い物に、常備菜のきんぴらに筍に浅漬け他と無駄に品数が多い。食材は時間のある時にまとめて作り置いて食べつなぐ、無い時は一汁一菜。おもてなしに弟が張り切ったのではない、と思いたい。
 
(なんだろう、この光景。今度来たらすいとんか、もやしのお好み焼きを出してやろう、それに――)千晶の前にだけ焦茶色の液体おもたせがなみなみと入ったショットグラス(2oz)が置かれた。
 
「グラスあとふたつ足りないよ」
「まとめたから」

 弟と慎一郎が笑顔で頷く。弟よお前もか。皆が見守るなか、千晶は無表情で半分飲んで、少し首を傾げた。
「結構いいよ、ほら」
 グラスを押し付けると一人と一匹は無言で首を振り腰を退く。
「何、まずーいもう一杯って言えばいいの」
「ふっる」
 残り半分もぐっと一息で飲んだ千晶を信じられない、あれ味覚がおかしいでしょと、一人と一匹はひそひそと千晶には分からない言葉でささやき合う。食後に千晶の酒を飲む予定なのは秘密。

「はいはい、いただきますよ」
 
 二人が三人になっても今日も静かな食卓。弟は二人が一緒に居られた理由の一部が分かった気がした。食事に対する姿勢が似ている。育ちも好みも違う、食べる表情も違うのに雰囲気は自然で穏やかだ。

 食事が進むにつれ、ちょいちょいと猫の手が出始めた。慣れている姉弟はともかく、慎一郎も平然と避けながら食べている。順応性がとても高い男。

「ブランも鰆食べたいの? 美味しいのは匂いでわかるんだね、なっちゃんはお買い物上手だね」
「瀬戸内かな、美味しいね。酢豚も火の通りがちょうどいい、あとに残らない爽やかな酸味で美味しいよ」
 
 慎一郎はいつも淡々と食べるが、味がわからないのではない。千晶の態度から弟の扱いを理解した。小鉢の料理は千晶作だろう、素材の味を生かしたほっとする味。弟は素材を引き出す、主菜として食が進む味だ。
 
 軽く頷いただけの弟が立ち上がると千晶と慎一郎は目を合わせた。今日も食材の買い出しは弟、そして弟は家の外で料理をしない、家族以外から褒められてこそばゆいのだ。

「変なものを食べて身体壊したら高くつくでしょ、ひよも食べるし」

 大猫は何でも食べたがるくせに食に繊細で、安かろうだと涙が出たり瞼が脹れたり痒みが出てしまう。安全性と味は比例するらしい、ひよが食べて大丈夫な餌を一緒に食べ続けた黒猫は舌が肥えまくり鼻が利きすぎ、今ではわがまま女王もとい食材判定係。

「いつもありがとね、なっちゃん」
「ひよちゃんもいいおうちに来てよかったね」
「にゃっ」
 
 弟は台所から素焼きの鰆の切れ端を持ってきた。
 猫達が満足そうにかぶりつく、その姿を見守る弟も満足そうで、二人はまた目を合わせた。
 
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