Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

6.

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 食事も終わりかけ、デザートの杏仁豆腐に手がかかると、慎一郎は積んである本について訊いてみた。マンガや雑誌から専門書まで、雑然とした室内も二度目には目になじみ落ち着きすら感じる。

「色々勉強してるんだね」
「和風ゼミ室? 猫付き」
「良く言い過ぎ」
 
 個人の部屋はあるけれど食事から団らん、そして勉強まで皆ここでやるのが習慣化し、くつろぎ過ぎた空間になってしまっている。いまだに二階にエアコンは一台しか設置されていない。夏はここと隣の部屋で雑魚寝なんだ、とまた千晶は明け透けに語る。
 本は部屋から持ち出さなければ好きに読んでいい。専門書も興味次第で読み、資格試験の類は誰かが取ると誰かが釣られるように始める。でも三人全員がやることは無いのだと弟が答える。

「へぇ、ナツ君は今それ?」
「保険ですよ、兄貴はもう合格してるし、二人いればお互いサポートし合えるでしょ」
 三人でうまくバランスを取りながらも、個々人で独立もしている。ただ、国内向けがメインのようだ、千晶だけでなく弟も達観した風でどこか儚い。

「あえてきくよ、ナツ君の意思なの?」
 兄の思惑に乗る弟ではないだろう。現実的な将来設計のある弟にわざわざ訊いたのは何故か。慎一郎自身もよくわかっていなかった。

 弟はそんな心理を見透かしたように薄く微笑んで言った。

「俺が足場を固めたい第一の理由は普通に暮らす為ですよ」
 何をやって食べるかはさして問題ではない、そう聞こえた。「サポートは、ほら、上二人は見てて飽きないでしょ」と小声で語った。そこは言葉通りだろう。

「そのフツーが難しいよね。でも来るべき食料難に備えて田畑は欲しいなー、水源近くで、井戸も掘って、温泉も欲しいな、鶏に、ヤギにー」
「アキ、晴耕雨読は最後だよ、大体若いねーちゃんが」
「番犬にピットブル飼うもん、身体の動くうちに週末だけさー」
「そこはキャトルドッグでしょ」(※マッドマックス2の犬)
 相手にしないでいいから、子供のころの夢が駄菓子屋の店番と銭湯の番台だよ、七海が千晶のぐうたらさをバラす。安定志向とは違う弟と、ズレた姉。相変わらず考えがあるのか無いのか、それでも千晶なりの未来に生きる姿が見られる。
 
「普通か、確かに一番難しいね」
 標準から外れた容姿、能力。人が羨むもの持つ者が普通でいることを周囲は許さない。ただ、普通にというなら、海外のほうが今より埋もれて過ごせるだろう。

「ナツ君は国外も考えてみたら、もったいないよ」
「機会があれば。でも藤堂さんが一番わかってるでしょ、俺らに足りないもの。外へ出て生き延びることは出来ても成功はしない。
 誰もあの昼行燈を反面教師にしないんだもの」

「それこそ普通の男にはマネできない、君たちが一番わかってるよね」

 あの昼行燈と言われたのは七海達の父のことだ。
 弟は薄く笑っただけだが、誰よりも父を誇りに思っているようだった。

「なっちゃんはいざってなったら化けそう、うちで一番本気だしてないのはなっちゃんだもん」
「それはアキだろ、適応能力が一番高いのがアキなんだよ、アホだけど」
 
「どっちもどっちだよ」

 慎一郎が薄く微笑むと、七海もまた薄く笑い、千晶は不満げに頬を膨らませる。

「シンは? 荷物が無ければ何になりたかった?」
「…パイロットかな」

 残酷な問いにも聞こえるが、気にした様子もなく答えた。ジャンボでもヘリでもなく戦闘機。

「航空祭観に行ったよ、すごいよねー。あれ、パイロットって小柄じゃなかった?」
「アキ、言い方。エース級でなければ十分可能でしょ」

「…君たちが試験をパスした前提で話してくれるのは優しさなのか?」
 
 体型よりまず適正をクリアできるかもわからない。年齢制限もあり狭き門だから試験に落ちれば諦めも付く。一度も受けていないのはなぜか。

「えー、プライベートでセスナって言っていいの」
「仕事の話でしょ、グラマンで農薬散布だね」
「今はもう無人飛行じゃないの?」 

 三者は三者とも、それぞれに好きなことは譲れないから職業にはしない、と見ていてた。だから『夢は夢でいい』と慎一郎のわずかに残った葛藤を微笑んだ。
 
「君たちは何かと酷いね、じゃぁ管制官がいいかな」
「にゃっ」
 ひよはずっと慎一郎の膝に乗ったままだ。
「そう、ひよは応援してくれるの」

「カンセーカンって?」
「飛行機に指示出す人、検索しなよ」
「へー、公務員じゃん」
「そこかよ」

 そんな夢物語と冗談のあと、七海の就職活動や仕事や経済その他に話は続いて行った。七海は兄や姉に出来ない話も慎一郎には話せるらしい、千晶はじゃまをしないよう、そっと片づけに立って、明日の下ごしらえも始めた。

 
***


 その後久しぶりに帰った兄は、いつものおもちゃと新しいおもちゃ、を見つけると喜んでいじくり廻した。

「何このダルメシアン、まーた拾ってきたのか」
「連いてきたんだよ」
「餌やったら同じことだろ、はは、よく来たな。千晶は猫か、異種――」
  ――低俗すぎするので割愛――
 あられもないやり取りに慎一郎ダルメシアンは千晶が逞し過ぎる理由の一端を理解する。

「それより七海くん、へそくりいくら持ってんの? お兄様の研究に投資しないか」そして兄まで無人島が欲しいと世捨て人のようなことを言い出して弟を困らせる。千晶が「奥多摩でいいでしょ。離島は水がー、通販がー、塩害がー、」と斜めに現実的なことを言って窘めるが、敵の味方は敵。
「女はこれだから、ロマンが無いね。なぁトドちゃん」
「どっちって言ったら陸の孤島より青い海ですね、ねぇひよちゃん」
 ひよまでふふんって顔をして声に出さない「にゃ」で答えた。

「…週末奥多摩猫の家(仮称)は男子禁制にゃうね。男共に敷居は跨がせない、ね」
「奥多摩ってクマにイノシシにサルにシカにどーすんだよ、道も渋滞――」
「落とし穴にライフルも…」
 姉が黒猫(♀)にブツブツと話しかける絵図に弟は溜息をつき、とりあえず兄に風呂に入るよう促す。兄は犬も洗ってやろうと、もう帰るという慎一郎を風呂に引き摺って行き消えた、そのあとを大猫が追う。

「カズもだいぶ疲れてんね」
「なっちゃんも、もう一回入ってきなよ、湯冷めしたんじゃない?」
「俺は自分がかわいいからね、アキが…なんでもない」
 不用意な一言に、姉弟ともに何も想像したくない、そんな顔で首を振った。兄のせいでこの家の来客は極端に少ない。

 千晶が兄の分ふたつ目の杏仁豆腐を食べるか迷って止めて20分後、やけにさっぱりした顔で彼らが風呂から上がってきた。機嫌の良すぎる二人に姉弟は胡乱うろんな視線を送る。

「…私は今日はもうお風呂いいや、変なダシが出てそう。明日シャワーにする」
「アキ、何があったか聞いてみてよ」
「私も自分がかわいいから、あっ」

 慎一郎は勝手にお気に入りのタオルを使われた千晶が全力で兄を締め上げる姿を笑い、薬草酒を甘露甘露と飲み干して酢豚のピーマンを避ける兄に苦笑し、弟には無言で頷き合い、帰っていった。

「今度はいつ…もう当分、もう来ないのかな」
「でもスッキリした顔してたよね、病みつきになったりして」

 何があったかはひよだけが知っている。
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