Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

7.

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 週末に少し出掛けよう、と慎一郎に誘われ待ちあわせた荻窪駅前、千晶の目の前に現れたのは完熟トマト色の2シーターだった。車体上部は非金属のやわらかな素材、もし既に折り畳んであったら、急用を思い出していたはずだ。

(うわぁ、…横浜? デモカーかな)

 車体に次いでナンバープレートに移った千晶の視線に気づくと、「借り物だよ、環八で開けるのはちょっとね」と慎一郎は笑った。
 
(そうじゃない、開けなくていいんだってば……)

 どうしてこの男の周囲は屋根の開く車ばかりなのか、複数所有にしても割合が高すぎると、幾人かの顔と車を思い出していた。

 問題は快晴の日差しと排気ガスだけじゃない、千晶にも羞恥心はある。肩のストールを鼻まで引き上げてから車に乗り込んだ。



 高速と一般道を継いで、以前も二人で通った道は千晶の記憶のまま、新しく全国チェーンの量販店や外食店が増えていた。

「どこも金太郎飴みたいな街並みになっていくな」、慎一郎はぼそっと呟いた。

「あれ?」千晶が目的地を確信すると
「そう」、と慎一郎は肯定し車の屋根を開ける。山間の片側一車線の道路、ここまでくれば空気も綺麗で車の通行量も少ない。

 所々水が入った田んぼが太陽光を反射している。もうすぐ田植えが始まる。

「日本の美しさは田園にあり」千晶がそう呟いた。


 県境の峠道、僅かに感じた硫黄の臭い(※硫化水素うんぬんは省略)が濃くなる。そして、突然現れた背の高さ以上の白い壁。
 氷室のようなひんやりとした空気と、眩しい日差し。
 慎一郎はサングラスを二本取り出すと、一本を千晶に渡す。帽子は無いのかと尋ねると邪道だと返ってきた。めんどくささは健在のようだ。
 
 道を歩く子供が二人に手を振ってくる。千晶が無邪気に手を振り返すと子供はきゃいきゃいとはしゃぐ。あの子たちは大きくなったらどんな車に乗るだろう。そのころには自動運転だろうか。

 壁は高くなったり低くなったり、消えてはまた現れ。千晶は広い視界めいいっぱいに見渡す。若草の青に岩場の灰色、吸い込まれそうな空の青さに背中がぞくりとする。
 草原だけ、岩山だけだったら自分をちっぽけに思えるだろう。ここは己の存在を確認させる何かがある。 


「免許取ったんでしょ、運転してみる?」
「道路所々凍ってたよね……この車新しいでしょ、それに山道は慣れてないよ」

 峠を越え、下りに差しかかると、アクマが車を路肩に停めて囁く。
 日差しは暖かいが雪の壁に挟まれ日陰の道路の一部は凍ったまま。借り物故に万一のことがあっては、そんな千晶の躊躇に、慎一郎は書類を確認させる。車検証には所有者使用者とも弟の名前が。任意保険もフル装備。

「ね、直の車だから、心配いらないよ。奥多摩に暮らすなら峠道に慣れておかないとね。目線はコーナーの先、この車はリヤドライブだから滑ったら――」

 懇切丁寧に口だけで立て直し方まで説明し、助手席に回って千晶を追い出す。

「…ちゃんと許可を得て借りてきたんだよね」
「当然だろう、兄弟でも所有権は成立するんだから」

 権利の行使は認めない、というニュアンスにやれやれだ。

「にしても赤い車かー 直嗣さんは黒い輸入SUVに乗ってそうなのに。内なる情熱を秘めてるタイプなんだねぇ。私が運転したって知ったらこの車より顔を真っ赤にして怒りそう」

 公共交通になんら不便のない地域の大学生が車、という庶民感情は棚上げ。むしろ趣味全開に走りつつも国産車ベースのリーズナブルなチョイスが直嗣らしい。

「はは、大人しい奴ほど自己顕示欲うっぷんがさ、そのくせオートマティックだもの」

 直嗣の車がATなのが慎一郎にはつまらない。免許は兄の車を運転するんだと言って限定無しで取ったのに、買っ(てもらっ)たのはMT設定のある車種のAT車。むしろMTしか売れていない車種。それで兄の車に乗りたいなど笑止千万。そのネイビーブルーの愛車は生家で保管中。
 
「はいはい(また始まったよ、車なんて動けば)いいじゃない、ナビもついてるし。燃費もさ」
「どの車と比較して言ってんの? ねぇ、千晶ちゃん」

 怪我さえしなければぶつけてくれて構わない――そうしたら俺がMTを買って返してやる、兄の横暴を横耳に千晶はシートベルトを締めた。

「免許証持ってきてる?」
「エエイチオウ」
「…みせてくれるんだ?」

 ちょっとつまらなそうな声に、さっさと出して正解のようだ。
 千晶がすんなり見せたのは変なトコだけ常識的な上に、なにより免許証の更新には奇跡の一枚的な写真を持ち込んだから。仕上がりの色合いは濃くなっていたものの十分な出来栄えだった。だがそこは見事にスルーされ。

「AT限定じゃないの? え、二輪も?」

 心なしか弾んで聞こえた声は確実に誤解している。父親の車がMTだったのと、兄に『AT限定とかだっせーのじゃなければ費用を半分出してやる』と言われたからなだけ。ちなみに軽トラも4速MT。二輪は危ないんじゃない心配だなとか父親のようなことを言ってるのはスルー、俺のを乗っててとか言っているのもスルー。

「…車もバイ…モーターサイクルも単なる移動手段ですよ、うちは18歳までサンタさんが来ることになっててね、ナツが最後にお願いしたのがリッターバイク」
「へー」
 
 慎一郎、現実的な女の口から出たサンタさんというファンタジーな単語はスルー。
 高遠家に現れるサンタと子供達の攻防戦、希望とはズレたプレゼントしか寄越さないサンタとその裏を見越して願いを込める子供――サッカーボールが欲しいと願えばバスケットボールが届き、ドールハウスがレ○ブロックとなれば子供達も知恵を絞る。本命を悟られないよう、ちょっと外した希望言ってみても、スマートフォンならスマートフォンでメーカー違いという微妙に要らなくもないプレゼントに子供達は乾いた笑いでサンタに感謝したのだった。
 そうして逆張りの裏の裏をかかれ続け、とうとう弟が18歳最後に開き直った願いは側車付大型二輪。二百万円也。高遠家に出入りするサンタの懐では到底無理な願い。

「で、届いたのは250㏄四分の一でね。まぁ本物が届くとは誰も思ってなかったから、別の意味でびっくりだったの」

 枕元の靴下に入れておいた見積書が消えて、代わりに整備書サービスマニュアルと鍵が二本。しかも不動車というオチ。最後までサンタにはしてやられ、クリスマスプレゼントで叶えられたのは最初に兄が欲しがった兄弟だけで幕を引いたのだ。

「それがGB?」
 色々とカスタマイズされた二輪車はどうみても嫌々乗ってる雰囲気ではなかったと、慎一郎は喰いついてくる。
「そう、彼には少し小さいでしょ、だから私が乗っていいかきいたらOKって、車の免許のついでに取ったの。その時はまだ車もなくて。で、直してるうちにナツもね、とりあえず動きゃいいのに、彼は口うるさ…細か…美意識が強いから、」

 直して(自分の手を汚して)まで乗る気はなかった弟も非力な姉ドシロウトの分解に手を貸すうちに、あれもこれもと口も出すようになり(金も出させたのでそこはよしとする)。結局弟がメインで乗り、あれこれといじくり廻して気が済んだのか、やっぱり次は車と、大型バイクへの関心は薄れていった。そもそも弟は大型二輪免許を持っていない。

「…なるほど、サンタの目論見もくろみ通りか。犬ぞりサプライズ旅行になる訳だね」
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