Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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偶然

8.花ぞむかしの香に

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 それから春休みも終盤にさしかかった、梅の花の咲く麗らかな日のこと。

「おめでとう、やーー、綺麗ー、ネイルも素敵ー」
「急だったのにありがとう、すごいあがるね」
「…どうも、今日もよろしくね」

 やわらかなAラインのドレスではにかむ同期と、やや眠そうな新郎――一晩中飲み歩かされた――は、いつぞやの伝書鳩な二人である。付き合いは長いが結婚の話が出たのは新年のこと、あれよという間に話は進み、もう大学の傍に新居をかまえた。バレンタインデーに届けを出すというベタベタさの一方で、ドレスを着て写真だけ撮ればいいといった新婦と、友人たちと気兼ねない一席を設けたいといった新郎とで、今日、近しい親族と友人たちとの挨拶代わりの食事会が行われることになった。
 急な話だったから本格的な式披露宴は一人前になってから、というのは建前で、新郎新婦二人の本音は今日を口実に逃げ切りたい、のだ。
 なにはともあれ、恙なく今日の日を迎えられて嬉しい、千晶にとっても初めてのお呼ばれなのだ。
 

 さて、忘れたころに、会いたくなくても会ってしまう相手もいる。受付に立つ千晶は、目の前のゲストにほんの少し首を傾げた。相手も着飾った千晶の横に回りこんで不躾な視線を送り、次いで片眉を上げてみせる。

「テーブルがじゃまだね、その腰から裾のラインがいいのに、ねぇ」 
「誰かさんはお口がじゃまですね、黙ってればイケメンなのに、ねぇ」
「俺に振んないでくださいよ」

 困惑する後輩を横に置いたまま、しれっと新婦側の千晶に会費を出してきた例の男、誠仁との犬猿のやり取りは以下略。

* 

「かんぱーい」
 新郎新婦の挨拶と新郎父の乾杯の音頭を皮切りに、庭園付のフレンチレストランを借り切った食事会は和やかに進んでいく。
「なぁこれどうやって食べんの?」
「いいな、こういうのも。堅苦しくなくてさ」
 急な日取りも何も、若いゲストたちには自然な光景として受け入れられた。主役二人も、ゆったりとにこやかに料理を食べる。ただし、両親のあいさつ回りと親族のスピーチは阻止できなかったようだ。
「直田にしては意外だったな、もっと派手なのやるとばかり」
「ん、よき前例よ。あの二人長かったんだろ情熱は3年…」
「俺んち親父もお袋も見栄っ張りだからなー、めんどくせぇ」
「そうそう、フェニルエチルアミンだっけ、」
「私なんだか場違い…」
「堤さんが一番仲いいじゃないですか。それに、ほらあの辺、合いそうですよ」
「結婚かぁ、いつまで勤務医でいるよ、開業は自信ないし、大学には残りたくない、となると」
「婿一択でしょ、俺んちは――」
 同期の男女6人と先輩2人と、未婚者たちは普段の会話より少し踏み込んで将来像や結婚を突っ込みあう。何も考えてないわけじゃないけれど、不確かな未来に皆どこか遠い目だ。
 

 食後は軽くゲームをし、それから各自交流を図っていく。千晶も紹介し紹介され、一巡り挨拶をしてからひとりテラスへ出た。

「高遠ちゃん、バイトはどう? いい男いる?」
「んー、少数精鋭て感じ仕事はおもしろいよ。男の人は…、背は平均よりあるかな肉付きはイマイチかも」
「へぇ、外に出たら声かけてよ」
 千晶より更に背が高い彼女は、ヒールをはいても釣り合う男が最低条件。新郎サイドは平均身長が多いが、合コンの約束は取り付けた。千晶も強制参加なのはまだ秘密。
「あれこの間の筋肉くんは? いいの?」
「それがパンツ下ろしたら――」

 あられもない会話で笑いあう二人の間に近づく男。内容は聞こえていただろうに、メンタルの強さは相変わらず、誠仁である。

「どーも、佐藤さん、スピーチ良かったよ、笑い過ぎて眩暈がしたよ」
「センセが盛り上げてくださったあとだからですよ」
「あはは、冗談の通じる人達でよかったよね。教授が居たら――」

 千晶の時が楽しみだ、任せてくださいと楽しそうなやり取りを千晶は聞き流し、二人の足元に目をやる。4.5㎝の草履と2.5cm位のソール、見積もれば素の身長差は8㎝ってところか。ふむふむ。
 
「なによ、まじまじと」
「んー二人とも素敵だなって見とれてたの」
「着物姿って場が華やぐよね、あ、ちあきちゃんも悪かないよ」
「高遠ちゃんにも着物を勧めたんですよ、でも」
「私は引き立て役の引き立て役ですからー、珠子さんの時は着られるようにしとくからね」

 佐藤は留学時に祖母に着物を持たせてもらったのをきっかけに、晴れの場では和装を心がけている。今日のお召も千晶を家によんであれこれレクチャーしながらも淡黄の訪問着をチョイス。誠仁も(コンタクトの上に)伊達眼鏡と地味に寄せ、控え目な気遣いが感じられる。千晶はペールグリーンのマーメイドワンピース。

「私はいいの」
「そう言って気が変わるかもしれないでしょ。結婚しないって人ほどコロっとね」
「だねー。ちあきちゃんの着物…か、……。うん、ちあきちゃんは独特なんだよね、何着てもさ、絵にかいた餅だね」
「…喰えないのはお互い様でしょ」
 
 今度は佐藤が二人を眺め、訳知りっぽく微笑む。誠仁が受付でくだを巻いていたお蔭であらぬ誤解が重なり、新郎サイドは千晶に対して妙に腰が低かった。

「仲がいいのねー二人」
「それはもう、朝を一緒に過ごした仲だもの、ねぇ」
「二人きりじゃありませんでしたけどね」
「意外ね、どっち?」
「それは、ね、佐藤さんも今度一緒にどう?」

 誠仁は口だけでなく顔も身振り手振りもうるさい。そこへ誠仁の後輩が両手に花を揶揄しにやってくると、佐藤は彼の手を取り笑いながら去っていった。

「あれ、誤解しちゃったかな、ごめんね?」
「別に? ほんと引っ掻き回すの変わってませんね」
「ふーん、相変わらず動じないねぇ、誤解されたほうが都合がいいのかな? その指輪は?」
「ひ・み・つ」

 誠仁が目ざとく千晶の右手を取って眺める。薬指に輝くのはシンプルなエタニティリング。千晶がにっこり微笑むと、つまらなそうに手を放した。

「ちあきちゃんも続いてるよね。春から白衣か。男を追いかけてきたってのはフェイクなんでしょ。ほんとは何なの?」
「私にも健気けなげな時代があったと思って欲しいですー」

 男で進路を決めるなど信じられないという顔に、千晶はいつものセリフを繰り返した。

「お世話になった人に勧められたんですよ、私でも役に立てるなら頑張ってみようかと」
「ふーん、そいつの性別が男ってだけか。ね、検事補と診療所の三代目とどっちがいい?」
「若いうちは色んな地方にいくのも面白そう、一次診療もいいですねー、三男四男坊とかなら」
「早いもの勝ちだよ、ちあきちゃんじゃ頑張ったって身体壊しておしまいよ。三男四男って、次男…は合わないか。ちあきちゃんは長男向きでしょ」
「ものの例えですよ、別に一人っ子だっていいんですよー」

 冗談なのか本気なのか、別の意味で条件の高さに誠仁はため息をつく。

「時田さ…センセイは? 佐藤さんと並んだ感じは良かったですよ、見た感じだけですけどね。ハブとマングースっぽくて」

 最早怖いもの見たさ。お互いタイプではないのをよく知っている、佐藤はもっと男らしいほうが好みだし、誠仁は中背のむっちりが好み。なにより将来像も正反対なのは誠仁も気づいているようで。

「え…、彼女には尻の毛まで毟り取られそうで怖いんだけど」
「生えてるんだ…、つるつるにしてそうなのに」

 のらりくらり、会えば話す程度の間柄も4年目、さして遠慮のない相手となればやりとりはとめどない。不毛な二人は庭へ出る。

「ちあきちゃんはさぁ……ほーんと、黙ってりゃぁね」
「センセはもう少し見た目が残念だったら」

 まだ肌寒い、誠仁はジャケット脱いでを千晶に掛ける。

「佐藤ちゃんもさ、いい女過ぎるのも大変だよね」
「不条理ですよね。……センセは甘えたなんだから自分より上の女狙っていったらどうですー?」
「故に我信ず……親爺パッパと同じこと言いやがって」
「ご両親は大学の同級生でしたっけ。お姉さんたち…も学生時代の合コン、おじい様も」
 千晶は以前誠仁に言われたものだ『相手をみつけられるのは学生のうち』と。
「ふん、ちあきちゃんあと2年って余裕こいてるかもだけどさぁ、ほんと学生過ぎたら遊びと打算しか寄ってこなくなるからね」
「そのころには諦めもついてんじゃないですかー、これでも昔は普通に結婚してって思ってたんですけどね」
「あーあ、言っちゃったよ。割と面倒見がいいんだから年下のボンも射程にいれたら?」

 医者一家の誠仁は同業者で本命探し、千晶は忙しくなくて、朝晩一緒にごはんを食べられる相手を望んでいる。誠仁は理想の条件が高過ぎて見つからず、千晶は低すぎて釣り合わない。

「センセは医者ってとこだけ妥協したらすぐでしょう」
「医者は譲れない…、結婚するより継続するほうが大事でしょ……会いに行ったんだよ」

 今日はおめでたい席だ。古傷を抉るのはやめておこうとしたら自分から話し始めた。理想的な彼女をちょっとした出来心で失ってしまった、覆水盆に返らず、元彼女は医者の道を折っていたそうだ。

「静こころなく花の散るらむ。あの三色の梅を増やすには白い花の枝部分を使うんですって。赤い花や混じった枝だと三色に咲かないんですって」
「花は折りたし梢は高し。お互い諦めずに頑張ろうよ、ちあきちゃんの時は僕が司会をするからさ」
 
 一瞬眉を顰めた千晶と、至って普通の顔の誠仁。悪い予感しかない。

「センセの時は二次会にも呼んでくれなくていいですから」
「やだなぁ、ちあきちゃんは前・夜・祭スタッグナイトから」(※独身最後のバカ騒ぎ)
「…それって少しは私も人として見られてるってことですか?」
 見下した感と同時に気遣いのできるこの人はどんな葛藤を抱えているのだろう。自分が男だったら、――そう考えて、やめた。どうにもならないことは想像するだけ虚しい。
「さぁね」
 誠仁もまた自らの不条理を振り払うようにとぼけ「今から体力つけておきなよ」と付け足した。

「明日は吹雪になりそう」

 初春の庭園は常緑の深緑に芽吹き前の灰色の幹枝と黄土色の芝。わずかな球根類と源平咲きの梅。花はそのままで美しい。
 吹雪の翌日の、晴天の青に梅に雪、――悪くない。

 
「おめでとう」
「遊びに来てね」
「大学始まったら毎日寄るわ」
「やだな、社交辞令。邪魔しないで」
 ほんわかおっとりした新婦に、一見似合わないキツめの新郎。
(なんだかいいな)そう思ったのは千晶だけではないのだろう。揶揄ったりしながらも、二人に向ける視線は皆優しい。惰性でも打算とも違う、長すぎた春にならなかった二人はこれからもきっと大丈夫。
 
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