Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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偶然

7.

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「え、ヤロー二人でローマの休日ごっこ? うわぁ」
「古過ぎるよ、横乗りなわけないでしょ」
「どっちかっていうとなっちゃんが後ろよね。じゃぁマッドマックス? 似 合 わ な い」
「……どうしてそっちなんだよ」

 スクーターで駅まで送っていったと言っただけでこれだ、二人乗りのシーンが出てくる映画は数あれど、なぜそれが挙がるのだ。姉の言葉から頭に変な絵図が浮かんでしまった弟は頭が痛い。

「姉さん、二人で新宿まで観に行った映画はもう忘れてしまいましたか?」
「覚えてるよー、最高速とか革命とかってあんたらだとシャレにならないじゃない」

 姉は姉で何を想像したのか一人で悦に入ってニタニタと笑っている。
 こんな姉とほんのわずかでも一緒にいられたのが不思議なくらい客人は常識的まともだった。
 変な仮装を受け入れ、猫の命名の由来に呆れ、懐いたひよを膝の上から降ろせない優しさがあった。

「――藤堂さん、猫を見に来たんだっけ」
「そう言ってたよ。だって家に誰がいるとか気にしてなかったし、海外暮らしの感覚じゃ変なことでもないんじゃないの? なっちゃんが帰ってきたからって――」
「あれはさぁ、ひよが乗ってたからでしょ」

 弟の問の意味はわかっているけれど、答えようがない。本人に聞いても「なんとなく」としか返ってこない気がする、彼は物分かりが良すぎるせいで、自身の欲求に鈍いところがある。

 思いあぐねている千晶の横で、弟は姉と彼と猫とのアホみたいなやりとりを思い出して笑った。

「どうかした? 投資話やセミナーに誘われたとか? …壺とか絵とか?」

 人が変わるのに時間は関係ない。変な方向に心配し出した姉に、それはないと否定する。

「仕事のことを少し聞いたよ、あとまぁふつーに世間話」
「そう良かったじゃない、経済一般の話はカズや私じゃ疎いもん」
「名刺もらったけど、良かった?」
「私に気兼ねしてんの? やーねー、アンテナは広く高く張っとくもんよ」
「変な電波飛してこないで、おっさんみたいなダジャレもやめて」

 ネジはずれてるけど私情に左右されないのが姉のいいところだと思う。
 慎一郎の背景に触れることはなかったが、最初から上に立つ者の雰囲気があった。具体的に話してみてその立場が想像以上なのに勘づいたが、驚きはしなかった。ただ、姉とはどうにもならない関係なのだと確信した。


「前さ、アパートにいたころ。野良ちゃんが怪我して来たの覚えてる? 手当して、そのあと一度だけやって来てご飯を食べてったじゃない、あれと同じなんじゃない?」
「あー玄関先にが置いてあったアレ」
「トラちゃんじゃなくて、黒いのいたでしょ。お礼をされるようなことはしてないけどさ、お土産代わりに顔を見せにきたってとこ」

 姉も弟が色々察したことには触れず、ふと思い出したように昔話を始めた。
 弟もまた喜び勇んで猫の餌を買いに行った姉の姿を思い出した。

「また来るのかな?」
「忘れた頃に来るかもよ」

 顔つなぎって性分なんだろうから。ああいう人種って。そんな感想も持ったけれど、弟の口調に願望が含まれていたのを感じると口には出さなかった。

「迷い猫ではなかったね」

 そう呟いた姉の言葉には期待も願望も含まれてはいなかった。


***


 あの怪我をした猫はふてぶてしかった。膿のたまった前足を兄が切開し、化膿止めのごはんを一週間食べにこいといったら毎日欠かさず来て8日目はもう姿がなかった。
 半年くらい経ったある日、窓からひょいと入ってくると、生まれた時からここに居ましたって顔で横になって毛づくろいをはじめ、夕飯までゴロゴロして一家の顔を見て千晶の買ってきた猫缶を平らげて帰っていった。
 
 今思うとあの黒猫は毛艶が良く恰幅も良かった、果たして野良だったのかどうか。恩を感じるどころか手当をさせてやったくらいに思ってたんじゃないだろうか。

 彼も毛並みが良すぎるし家もあるだろうに。昔彼をボルゾイみたいに思ったっけ。猫みたいな犬。ノーリード厳禁の日本ではやってくるのも難しいだろう。


***


 気まぐれな猫のことは、慌ただしい毎日に追いやられていった。


 千晶の通う大学の後期末試験は通常1月に行われる。4年の後期だけ年末に試験が行われ、通ればそのまま休みに入り、新学期が3月下旬から開始される。学期中は実習に毎週のようにテストがあり忙しいが、夏と春の長期休みだけはきちんと休みになる。

 短期で留学する学生に、大学で自主研究をする学生に、思いっきり遊ぶ学生がそれぞれ3割ずつ。残りの1割が労働に勤しむ学生、千晶もその一人だ。
 
 千晶のバイト先は都心のシティホテルの宴会場。もう3年半も勤めている。時給の良さとシフトの入れやすさに加え、マナーや、普段利用しない世界を覘き見たい好奇心から始めた。それも年明けで終了。

 出された物は全部食べましょうな家庭で育った千晶はパーティで料理が残るのを悲しく思っていた。それが次第に、綺麗に食べつくされたのを見ると足りなかったのかとも思うようになった。立場で視点も変化する。めんどくさいルールも長年必要とされてきたことの積み重ねだった。

 給仕だったのは半年ほど、あとは控室の案内やクロークがメインになった。
 
「いらっしゃいませ、お預かり致します」
 応対に追われたピークを過ぎたころ、仏頂面のひょろ長い男の子がコートと紙袋を渡してきた。久しぶりなのに意外と顔を覚えているものだ。
「まだいたのおばさん、留年かよ」
「まだスーツに着られてんの直ちゃん、頭だけじゃなくて身体も鍛えなよ」

 軽口を言い合う相手は慎一郎の弟、直嗣。ここでの応対は年に一二度くらい、以前同様不機嫌なのは、千晶に会ったからではなくて、嫌々社交の場に引き出されているからだ。

「直ちゃんゆうな。おばさんは早く卒業しなよ」
「ここは卒業でーす、弟ちゃんは院行くんでしょ、どこ外部?」
「いいだろどこだって」
 下らないやりとりをしながら、引き換え札を確認して渡す。
「はーい、いってらっしゃーい。お酒は飲んでも呑まれるな」
 
 直嗣は胸をトントンと軽くたたいてから千晶に指を向けた。千晶もgood-luck的なサインを返す。変わらないようでいて、ほんの少しノリの良くなった直嗣を見送る千晶は、どうみても近所の子の成長を喜ぶオバサン視点。


「よ、妹」
「いらっしゃいませ、ご無沙汰しています」
「変わってないねー、って分かってないだろ、オレだよオレ」
 偽パンクからすっかりデキる会社員風に変身した兄の高校の友人に揶揄われたり。

 こうやってバイト先でぽつぽつと見知った顔を目にすることも増えていた。高めのホテルに来られるような大人になっているんだろう、千晶は忙しいだけでどこか置いていかれた寂しさも感じた。

 終わりの日には小さな花束を貰った。バイトの出入りも激しいし社員の出入りも移動も多い、それでも気遣ってもらえたのは嬉しかった。
 お客さまともほぼ一度切りだったけれど気持ちよく過ごしてもらえただろうか。目の保養に、こんな風にありたいと憧れたゲストから学ぶことのほうが多かった。

 次はお客として来る、今のところまだ予定は未定だけれど。



 それから単発のバイトに、高校の仲間と卒業旅行へ出掛けた。大学はそれぞれ別々だけど皆実家暮らし、それでも就職となると会う機会も減っちゃうよね、と初海外の話はとんとん拍子に決まった。
 
「ドイツ語ってわかんないんだけど」
「大丈夫、私もわかんない」
「お前ら…鉄道組は遅れるって、ホテル合流な」 

 空港の到着ロビーでのアホなやりとりの最中、とある後ろ姿に千晶の視線が釣られた。まさか、ね、と、ほんの少し首を傾げてから、友人が示した地図に目を落とした。
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