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必然
12.
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千晶から氷点下の視線を向けられたままの慎一郎は、肩をすくめ、おどけてみせる。
「アキに兄弟がいるか知ってるってきいたら、勝手に誤解してね」
「一番言いたかったのは上位互換ってとこでしょ、間違ってはないね。あの人のことだから『え? あの子一人っ子じゃないの? ああ、たまーにしっかりしてるとこあるから歳の離れた、僕に隠してるってことは妹か。 ね? 可愛い?』――って、姉妹なら妹のほうが可愛いって相場が決まってる、高校生? え、もう大学生? 慎ちゃん手をつけてないよね、今からでも医大ねじ込んで、学費は出すから――位の事言って盛り上がったんでしょ。
あなたも、賢くて顔もスタイルも料理もばっちりとか担いだんでしょ」
生き別れの姉弟どころか前世は同一人物だったんじゃないか、まるでその場に居合わせたような口ぶりに、徐々に慎一郎の顔から笑いが消えていく。
「…ご名答。国立の大学生ってだけ、名前は多くない苗字だから黙ってたよ」
「姉ちゃんと違ってわざとランク落とした感じでしょ、聡いねー謙虚すぎるのももったいよねー僕なら――」
「ささ、食べようか」
ベンチに座り、慎一郎は土産の折りを開き寿司を勧める。今日は出張先からの帰りで食べたらまた仕事だ。
「ほら、のどぐろ、産地直送」
「イカでいいです、いただきます」
(おいしい)ほんのすこし目が緩んだ千晶だが、どうだ、美味しいだろう、という顔には答えない。怒ってはいない、こんな下らない話のために電話させたのかよ、とは思っている。千晶が外で兄弟の話をしないのは知らない人には説明がメンドクサイから。既知の間柄になっても話さないのは低俗なやりとりが大半だから。女友達からは兄弟を羨ましがられるが、男友達からは『大変だな』と憐れみと同情の目を向けられる。慎一郎はまた違った見方をしているようだ。
「ほら、もっと食べなよ。トロ」
「さよりでいいです――おいしい、お寿司は久しぶり」
先ほどより目元の緩んだ千晶に、もう一押しと、アルミの蓋ついたガラスの容器が差し出される。
「これもどうぞ、限定柄」
「カップ酒って、どこのオッサンよ」
食べ物に罪はない。ほころんだりむくれたり、今日も千晶の顔は忙しい。
「……なんだろね、あの人の無駄に自信満々なところ、ふふっ」
「ナツ君みたら驚くだろうね、何?」
食べ物で機嫌の直った千晶の、いたずらな笑いと視線に何か含みを感じた慎一郎。
「何でもない、こともないか。一段と仲がいいなと思ってね」
対象が七海と誠仁ではなく、誠仁と自分のことだとわかると慎一郎は不貞腐れる。
「仲良しじゃない、腐れ縁」
「いいじゃない、照れなくたって。竹馬の友」
誠仁が挑発して慎一郎が軽くあしらう姿は見てきた。慎一郎が誠仁を担ぐとは。誠仁は思い込みの激しい男ではない、担がれてるのはどっちだろう、千晶はまたいたずらに微笑んだ。
「アキこそ、届けてやるんでしょ」
「さぁ、ちょっと空元気っぽかったから貸し作っとくかな、あれでも『真摯』でまともなひとだし」
ついでよついで、と答える千晶は照れ隠しでもなんでもなく、しようがないなと言った顔。
誠仁の研修先は千晶の大学の5つ手前の駅を降りて数分。手間と言えば手間、ついでと言えばついで。検体箱を守衛さんに預ければ顔は見なくて済む。千晶の大学と、誠仁のマンションは駅を挟んで其々5分ほど、暗証番号式のコインロッカーでもいい。どうやって七海を口車に乗せようか。
「あれで?」
「アレで」
お互いの『アレ』がなにを指すのか、確かめるのは憚られた。千晶はゴミムシを前にしたような表情を浮かべていた。慎一郎もわずかに口角が歪む。
「ほんと誠仁をわかってるね」
「藤堂君には敵いませーん。同病相憐れむじゃないよ、持ちつ持たれつ、テイクアンドギブ的な」
微笑ましいと言わんばかりな含みに、千晶はうんざり。千晶と誠仁にどんな幻想を抱いてるのか。異性の兄弟がいないと男女間に夢見がちになると聞いたが。誠仁には七海が弟だと知ったら心底憐れまれ、兄まで知ったらゲームに負けた振りをして月の土地を贈って貰える気がする。
「そういうことにしておくよ」
「だから、あの人にいい人が見つかるまでの辛抱ですよ」
分かり合えても結局は男と女、いい人ができたら兄弟ですら距離を置かざるを得ない。腑に落ちない顔の慎一郎に、千晶は日本的男女の距離感の難しさを説いた。
ただ、この頃は誠仁にいい相手が見つかっても、千晶へのちょっかいは減らない予感がするのだ。
「…彼に誰か合う子いないの? アキの友達で。アレだから勧めにくいか」
担ぐだけで飽き足らず、お節介を焼くようになったのか。千晶は目を丸くする。
「アレってより、…ちょっと条件がね」
女癖が悪いから直接紹介はしないが、引き合わせるのはやぶさかでない。条件について言いたいことは山ほどあるが、本人にはもう言っているので飲み込んだ。ともあれ千晶の狭い交際範囲の中では既に玉切れだ。慎一郎のほうが人脈は桁違いだろうと返せば、ニーズとウォンツの不一致だと首を振った。
千晶も頷き、同意するように首を振った。
アレは本人の心掛け次第で改善の余地がある(かもしれない)。若いころ遊んでたほうが結婚後は落ち着くとも聞く。ただ、相手があってのこと。女子の99.9パーセントを敵に回すような要望も、妻に肩身の狭い思いをさせたくない、子供に勉強で苦労してほしくないという利他的なものだ。そして、出来る女性ほど同じ思いで別の決断になる。根っこは同じなのに、うまくいかない。
(悪いひとじゃない…まともなんだよな、人としては)
性的指向もちょっと問題がありそうだが、知らない、知りたくもない。人間性が現れる代表の、ゴルフと車の運転も知らないが悪い話は聞いてない。ゲームもいかさまはしなかったし、酒は飲ませてもまぁ普通だったから大丈夫、なんじゃない、かな。
「ニーズならアキでも条件は満たしてるのに」
(……は?)
「アキに兄弟がいるか知ってるってきいたら、勝手に誤解してね」
「一番言いたかったのは上位互換ってとこでしょ、間違ってはないね。あの人のことだから『え? あの子一人っ子じゃないの? ああ、たまーにしっかりしてるとこあるから歳の離れた、僕に隠してるってことは妹か。 ね? 可愛い?』――って、姉妹なら妹のほうが可愛いって相場が決まってる、高校生? え、もう大学生? 慎ちゃん手をつけてないよね、今からでも医大ねじ込んで、学費は出すから――位の事言って盛り上がったんでしょ。
あなたも、賢くて顔もスタイルも料理もばっちりとか担いだんでしょ」
生き別れの姉弟どころか前世は同一人物だったんじゃないか、まるでその場に居合わせたような口ぶりに、徐々に慎一郎の顔から笑いが消えていく。
「…ご名答。国立の大学生ってだけ、名前は多くない苗字だから黙ってたよ」
「姉ちゃんと違ってわざとランク落とした感じでしょ、聡いねー謙虚すぎるのももったいよねー僕なら――」
「ささ、食べようか」
ベンチに座り、慎一郎は土産の折りを開き寿司を勧める。今日は出張先からの帰りで食べたらまた仕事だ。
「ほら、のどぐろ、産地直送」
「イカでいいです、いただきます」
(おいしい)ほんのすこし目が緩んだ千晶だが、どうだ、美味しいだろう、という顔には答えない。怒ってはいない、こんな下らない話のために電話させたのかよ、とは思っている。千晶が外で兄弟の話をしないのは知らない人には説明がメンドクサイから。既知の間柄になっても話さないのは低俗なやりとりが大半だから。女友達からは兄弟を羨ましがられるが、男友達からは『大変だな』と憐れみと同情の目を向けられる。慎一郎はまた違った見方をしているようだ。
「ほら、もっと食べなよ。トロ」
「さよりでいいです――おいしい、お寿司は久しぶり」
先ほどより目元の緩んだ千晶に、もう一押しと、アルミの蓋ついたガラスの容器が差し出される。
「これもどうぞ、限定柄」
「カップ酒って、どこのオッサンよ」
食べ物に罪はない。ほころんだりむくれたり、今日も千晶の顔は忙しい。
「……なんだろね、あの人の無駄に自信満々なところ、ふふっ」
「ナツ君みたら驚くだろうね、何?」
食べ物で機嫌の直った千晶の、いたずらな笑いと視線に何か含みを感じた慎一郎。
「何でもない、こともないか。一段と仲がいいなと思ってね」
対象が七海と誠仁ではなく、誠仁と自分のことだとわかると慎一郎は不貞腐れる。
「仲良しじゃない、腐れ縁」
「いいじゃない、照れなくたって。竹馬の友」
誠仁が挑発して慎一郎が軽くあしらう姿は見てきた。慎一郎が誠仁を担ぐとは。誠仁は思い込みの激しい男ではない、担がれてるのはどっちだろう、千晶はまたいたずらに微笑んだ。
「アキこそ、届けてやるんでしょ」
「さぁ、ちょっと空元気っぽかったから貸し作っとくかな、あれでも『真摯』でまともなひとだし」
ついでよついで、と答える千晶は照れ隠しでもなんでもなく、しようがないなと言った顔。
誠仁の研修先は千晶の大学の5つ手前の駅を降りて数分。手間と言えば手間、ついでと言えばついで。検体箱を守衛さんに預ければ顔は見なくて済む。千晶の大学と、誠仁のマンションは駅を挟んで其々5分ほど、暗証番号式のコインロッカーでもいい。どうやって七海を口車に乗せようか。
「あれで?」
「アレで」
お互いの『アレ』がなにを指すのか、確かめるのは憚られた。千晶はゴミムシを前にしたような表情を浮かべていた。慎一郎もわずかに口角が歪む。
「ほんと誠仁をわかってるね」
「藤堂君には敵いませーん。同病相憐れむじゃないよ、持ちつ持たれつ、テイクアンドギブ的な」
微笑ましいと言わんばかりな含みに、千晶はうんざり。千晶と誠仁にどんな幻想を抱いてるのか。異性の兄弟がいないと男女間に夢見がちになると聞いたが。誠仁には七海が弟だと知ったら心底憐れまれ、兄まで知ったらゲームに負けた振りをして月の土地を贈って貰える気がする。
「そういうことにしておくよ」
「だから、あの人にいい人が見つかるまでの辛抱ですよ」
分かり合えても結局は男と女、いい人ができたら兄弟ですら距離を置かざるを得ない。腑に落ちない顔の慎一郎に、千晶は日本的男女の距離感の難しさを説いた。
ただ、この頃は誠仁にいい相手が見つかっても、千晶へのちょっかいは減らない予感がするのだ。
「…彼に誰か合う子いないの? アキの友達で。アレだから勧めにくいか」
担ぐだけで飽き足らず、お節介を焼くようになったのか。千晶は目を丸くする。
「アレってより、…ちょっと条件がね」
女癖が悪いから直接紹介はしないが、引き合わせるのはやぶさかでない。条件について言いたいことは山ほどあるが、本人にはもう言っているので飲み込んだ。ともあれ千晶の狭い交際範囲の中では既に玉切れだ。慎一郎のほうが人脈は桁違いだろうと返せば、ニーズとウォンツの不一致だと首を振った。
千晶も頷き、同意するように首を振った。
アレは本人の心掛け次第で改善の余地がある(かもしれない)。若いころ遊んでたほうが結婚後は落ち着くとも聞く。ただ、相手があってのこと。女子の99.9パーセントを敵に回すような要望も、妻に肩身の狭い思いをさせたくない、子供に勉強で苦労してほしくないという利他的なものだ。そして、出来る女性ほど同じ思いで別の決断になる。根っこは同じなのに、うまくいかない。
(悪いひとじゃない…まともなんだよな、人としては)
性的指向もちょっと問題がありそうだが、知らない、知りたくもない。人間性が現れる代表の、ゴルフと車の運転も知らないが悪い話は聞いてない。ゲームもいかさまはしなかったし、酒は飲ませてもまぁ普通だったから大丈夫、なんじゃない、かな。
「ニーズならアキでも条件は満たしてるのに」
(……は?)
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