Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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願わくは

6.

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「兄さんらしくない、時田センパイなら文句のつけようがないでしょう」
「だね」

 何かにつけ猥談に走る誠仁に散々いじられた直嗣もこの対応。誠仁に幼女趣味はない、ラスカル♀も父性に飢えてる訳じゃない、となれば両人の問題だ、今は静観すべきとラスカル♂にまで諭される慎一郎。

「冗談なのはわかってるよ、でも、慎ちゃんと結婚するってのが定番でしょ」
「千晶も相手のいる男は眼中にしなかったからな、あれでも母娘だねぇ」

 千晶の兄に次いで両親にも子供の通過儀礼だと笑って流され、千晶は兄と、七海は母と結婚すると言った過去を聞かされる。確かに今では考えられないが。

 ラスカル♀は友人の子ら――しばらく日本に滞在予定――と遊んでいる。これこそ微笑ましい光景である。

「二廻りですよ……あいつ××してやりたい」
「そうだろう」
 笑顔で同意した千晶父の目は笑っていなかった。手を揉み関節の具合を確かめている。
「慎君、今日こそは殴っていいかな」
「顔はやめといてね」
 とばっちりで横恋慕マザコン疑惑を掛けられた七海はどちらの味方もしない。「アバラのヒビは何気に長引くんだってね、ちょっとした振動がさ――」

 千晶兄は物騒な父親と弟を制して、慎一郎に微笑む。

「待て待て、今日はめでたい日だ。なぁ?トドちゃん、正面に噴水があったろ」
「ハルちゃん、あっちに池があったよ」
「それなら茶室の前がいいですよ、見かけより深くて冷た――涼しいんだ」

 慎一郎は弟が幼い頃池に落ちた――兄にそそのかされて水場に近付きすぎた結果――ことを、今思い出した。空を見上げればお天道様も微笑んでいる、今日は水浴びにもってこいの陽気だ。



『――俺は槍を投げられたよ、避けたらライフルを持ち出して来たから思わず彼の妻の後ろに隠れたのさ』
『そりゃちょうどいいってね』
 
 水行を回避し、旧友とつかの間の休息を得た慎一郎。その背後から笑顔で近づく人影が数人。
 旧友が意味深に笑ったのと慎一郎が気配に振り向いたのはほぼ同時だった。

『やぁやぁ、マイプレシャス。お揃いでどうしたんだい』
『女王陛下の勅命だ』

 千晶は後ろ手に隠しているが、悪友たちの手にはリボンの掛かった瓶+αがしっかり握られている。というか瓶の持ち方がおかしい。
 察しのよい旧友は、一歩後ずさった本日の主役の腕をガシっと抑える。もう一人も反対側の肩を抑え、手の空いている者はテーブルの上の瓶に手を伸ばす。

『慎一郎、君に光あれ』

 口火は弘樹が切った、放物線を描き進む無数の泡が光に触れ、弾ける。誠仁が二本目を渡し、そして続く。
 
『勝ち逃げが許されると思うのか』
『独身連盟の裏切り者め』
『彼なら名誉会員として戻ってくるさ』
『ちょっ』

 こういう時の男たちの連携は見事で、言い出しっぺの出る幕は無し。千晶の男友達も一度やってみたかったと、ビールや炭酸水片手に日頃の塵を洗い流す。

「あぁ、もったいなーい」
「男ってほんとしょーもな、でも羨ま」
「……」
 食べ物で遊ぶのもお残しも厳禁な千晶だが、酒は別の用途を認める派。
「あのサングラスの彼独身なの?」
「ああ、一度結婚して別れたそうだよ、で息子さんがひとり、ほら――」
「ね、あの水玉のチーフに栗毛の――」

 遠巻きに眺める(しかない)のは晴れ着姿の女たち。千晶は手持ちを普通に注いで渡す。ご婦人方が集まれば殿方の情報交換に品評にとこれまた別の意味でしようもない。

「眼福ー今日の光景は目に焼き付けておかなくちゃ」
「うふふ、水も滴るね、美味しそ。旦那ちゃんもあんな素の顔するのね」
「誰よ」
「まーまぁ、こんなことなら恵〇会にしとけばよかったのに」

 というかまとめて一緒になれば面白いだのと言いたい放題。なぜなら慎一郎も誠仁も卒がなさ過ぎて胡散臭い、というのが彼女らの印象。否定はしない。千晶は独身上等者同士のマッチングを脳内で画策し始めた、結婚願望なしの彼女らを道連れ――もとい幸せのおすそ分けだ。世のおせっかい大好き人間の心理が100%善意からではない、どころか真っ黒なのだと悟った瞬間でもあった。

「……海外のお誕生会ぱーりーってこんななの?」
「…こんなもんよ、なんだっていいのよ、集まる口実なんだから」

「ねー、集まったからには楽しまなくちゃ」
「そうよー、人生は短いんだから」

「そうだね、食べて飲んで、笑って死ねたらいいわね」

 千晶はグラスの淡いピンク越しに集団を眺める。芝生の緑が薄茶に、青い空は紫がかり、動く人影は色めく。
 無邪気な少年と、それを見つめるおませな少女が彼らに重なって見えた。
 
 今日の光景はきっとピンクのシャンパンを飲む度に思い出すだろう。



「はい、これ」
「かわいーボトル、ハートならピンクなのかなー」
「かもねー」

 祝福が大地と男たちを潤すと、弘樹がスペードの柄の瓶を最後だからと千晶に渡す。彼はどこも濡れていないが、隣の誠仁はびしょぬれで眼鏡を外し屈んで頭を振っている。まだ頭皮は透けていない。

「とって置きよ、頭を上げて」

 芝生に座りこんだ慎一郎に千晶が近づき、瓶を傾ける。

「ちあきちゃんやっさしー、俺なら靴で飲ませちゃう」
「それはご褒美」

 本気か冗談なのかわからない真顔の返答に、誠仁が憐みの視線を千晶に向けた。いやいやそんな趣味ないから、千晶は首を振るが、誠仁はいいから、とでも言いたげに頷く。

「誠仁も混ぜてもらいなよ」

 弘樹に肩をたたかれると、今度は誠仁が首を振るが、千晶は気の毒そうに頷いてから横に振る。
 ――みんな色々あるよね、でもそういうのは私抜きでやってね。
 ――ぼくは男と絡む趣味はないんだ、知ってるよね。
 千晶と弘樹は、おまえらだけでやれと幼馴染二人に微笑みかける。

「そうだ余興にもう一つあったんだ」

 誠仁が厭そうな顔のまま、ポケットからビーチボールを取り出して膨らませ始めると、今度は慎一郎が首を振った。
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