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87.炎上
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昔、うちの近所に『またじい』こと又治という爺さんが住んでいた。
子供を見かけると、お菓子をくれたりするような気さくな爺さんだったのだけれど、危機管理能力が中々にアレという短所があった。
またじいはある日、溜まりに溜まっていた新聞を燃やして処分することにした。強風がびゅうびゅうと吹く日に。縁側のすぐ側で。しかも小腹が空いたと思い、パンを取りに茶の間に行ってしまった。
新聞を燃やしていた火は、風に煽られて縁側に燃え移った。あんパン片手に戻って来たまたじいも「ヤッベェ……」と思ったものの時既に遅し。急いで消火しようとしても、ハイスピードな火の回りによぼよぼな爺さんが対応できるはずもなく。
木造建てのまたじいハウスはよく燃えた。
その日、私は学校の帰りにどこかから黒煙が上がっているのを目撃したのだが、後に炎上中のまたじいハウスから上がったものだと分かった。
修道院がある山から立ち上る煙は、あの時見た黒煙とよく似ていた。
レイスも煙を見て眉を顰める。
「……火事か?」
「誰かが台所でボヤを起こしたとかですかね……」
自分でそう言っておいて何だが、ボヤにしては煙の量が明らかに多い。
あれは、またじいハウスのように建物がメラメラと燃えている煙だ。もしかしたらアントワネットがレーズンを作ろうとして、火属性魔法の加減を間違えて──
「あ」
すごく、ものすごく嫌なことを思い出してしまった。
ぐらぁ……と目眩がして、倒れそうになるのをどうにか堪えていると、私の異変に気づいたレイスに「リグレット様?」と声をかけられた。
「レ、レイス様、私思い出したんですけれど」
「何をです? 鍋に火をかけたまま、放置してしまっていたとか?」
「いえ、ブランシェ様のことです」
「ブランシェ嬢の……?」
どうして今ここで彼女の名前が? と不思議そうにするレイスに私は恐る恐る告げた。
「ブランシェ様は魔法が使えます。……それも火属性の」
イレネーの個別ルートで、ブランシェはイレネーを奪われた怒りでリーゼを焼き殺そうとするのだ。その時まで誰も彼女が魔法を使えることを知らずにいた。
いやだからと言って、ブランシェがあの煙の原因とは限らない。いくら私を抹殺したいからって、修道院を襲撃するなんて馬鹿なことは考えないはず……。
正常性バイアスに陥っていると、レイスは持っていた荷物を護衛兵に押し付けて、
「リグレット様と荷物をよろしくお願いします。僕は今すぐにナヴィア修道院に行ってきますので」
「えっ、ちょっと待って! 私も帰らせてください!」
自分の家が燃えているようなものなのに、帰らせてもらえないなんてどういうことだ。
けれどレイスは私を見据えると、語気を強めて言った。
「もしブランシェ嬢があなたを狙って修道院を襲ったのだとしたら、あなたを連れて帰るわけにはいきません。どのような危険が待っているか分からない」
「ですが私のせいでみんなが……!」
「いいえ。あなたは何も悪くありませんよ。大丈夫、単なるボヤでしたら皆さんと急いで消し止めて、リグレット様を迎えに来ますので」
私を安心させるように穏やかな笑みを見せると、レイスは目を紫色に光らせて転移魔法を発動させた。レイスの影が地面からシールのようにペリペリッと剥がれて彼を包み込む。
そしてその状態で消えてしまった。
レイスの宣言通り、置いて行かれてしまった私はと言えば。
「待たんかい!」
「あっ、お待ちくださいリグレット様!」
引き留めようとする護衛兵を振り切って、一気に時計塔の螺旋階段を駆け下りる。
帰るぞ。どんな手を使ってでも、私はみんながいる修道院に帰るぞ!!
馬車をヒッチハイクして……と考えている時だった。
ブロロロロ……。
どこからか聞こえるエンジン音。その方向に視線を向けると、青いボディのアイツがいた。
「あ……相棒!!」
何で鍵差してないのに勝手に動いとるんじゃとか、どうして私がここにいるのを知っとるんじゃとか色々気になることはあるけれど。
私はハンドルの部分に引っ掛けてあったヘルメットを被ると、青玉の馬に跨った。
子供を見かけると、お菓子をくれたりするような気さくな爺さんだったのだけれど、危機管理能力が中々にアレという短所があった。
またじいはある日、溜まりに溜まっていた新聞を燃やして処分することにした。強風がびゅうびゅうと吹く日に。縁側のすぐ側で。しかも小腹が空いたと思い、パンを取りに茶の間に行ってしまった。
新聞を燃やしていた火は、風に煽られて縁側に燃え移った。あんパン片手に戻って来たまたじいも「ヤッベェ……」と思ったものの時既に遅し。急いで消火しようとしても、ハイスピードな火の回りによぼよぼな爺さんが対応できるはずもなく。
木造建てのまたじいハウスはよく燃えた。
その日、私は学校の帰りにどこかから黒煙が上がっているのを目撃したのだが、後に炎上中のまたじいハウスから上がったものだと分かった。
修道院がある山から立ち上る煙は、あの時見た黒煙とよく似ていた。
レイスも煙を見て眉を顰める。
「……火事か?」
「誰かが台所でボヤを起こしたとかですかね……」
自分でそう言っておいて何だが、ボヤにしては煙の量が明らかに多い。
あれは、またじいハウスのように建物がメラメラと燃えている煙だ。もしかしたらアントワネットがレーズンを作ろうとして、火属性魔法の加減を間違えて──
「あ」
すごく、ものすごく嫌なことを思い出してしまった。
ぐらぁ……と目眩がして、倒れそうになるのをどうにか堪えていると、私の異変に気づいたレイスに「リグレット様?」と声をかけられた。
「レ、レイス様、私思い出したんですけれど」
「何をです? 鍋に火をかけたまま、放置してしまっていたとか?」
「いえ、ブランシェ様のことです」
「ブランシェ嬢の……?」
どうして今ここで彼女の名前が? と不思議そうにするレイスに私は恐る恐る告げた。
「ブランシェ様は魔法が使えます。……それも火属性の」
イレネーの個別ルートで、ブランシェはイレネーを奪われた怒りでリーゼを焼き殺そうとするのだ。その時まで誰も彼女が魔法を使えることを知らずにいた。
いやだからと言って、ブランシェがあの煙の原因とは限らない。いくら私を抹殺したいからって、修道院を襲撃するなんて馬鹿なことは考えないはず……。
正常性バイアスに陥っていると、レイスは持っていた荷物を護衛兵に押し付けて、
「リグレット様と荷物をよろしくお願いします。僕は今すぐにナヴィア修道院に行ってきますので」
「えっ、ちょっと待って! 私も帰らせてください!」
自分の家が燃えているようなものなのに、帰らせてもらえないなんてどういうことだ。
けれどレイスは私を見据えると、語気を強めて言った。
「もしブランシェ嬢があなたを狙って修道院を襲ったのだとしたら、あなたを連れて帰るわけにはいきません。どのような危険が待っているか分からない」
「ですが私のせいでみんなが……!」
「いいえ。あなたは何も悪くありませんよ。大丈夫、単なるボヤでしたら皆さんと急いで消し止めて、リグレット様を迎えに来ますので」
私を安心させるように穏やかな笑みを見せると、レイスは目を紫色に光らせて転移魔法を発動させた。レイスの影が地面からシールのようにペリペリッと剥がれて彼を包み込む。
そしてその状態で消えてしまった。
レイスの宣言通り、置いて行かれてしまった私はと言えば。
「待たんかい!」
「あっ、お待ちくださいリグレット様!」
引き留めようとする護衛兵を振り切って、一気に時計塔の螺旋階段を駆け下りる。
帰るぞ。どんな手を使ってでも、私はみんながいる修道院に帰るぞ!!
馬車をヒッチハイクして……と考えている時だった。
ブロロロロ……。
どこからか聞こえるエンジン音。その方向に視線を向けると、青いボディのアイツがいた。
「あ……相棒!!」
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