悪役令嬢の腰巾着に転生したけど、物語が始まる前に追放されたから修道院デビュー目指します。

火野村志紀

文字の大きさ
87 / 96

87.炎上

しおりを挟む
 昔、うちの近所に『またじい』こと又治またじという爺さんが住んでいた。
 子供を見かけると、お菓子をくれたりするような気さくな爺さんだったのだけれど、危機管理能力が中々にアレという短所があった。
 またじいはある日、溜まりに溜まっていた新聞を燃やして処分することにした。強風がびゅうびゅうと吹く日に。縁側のすぐ側で。しかも小腹が空いたと思い、パンを取りに茶の間に行ってしまった。
 新聞を燃やしていた火は、風に煽られて縁側に燃え移った。あんパン片手に戻って来たまたじいも「ヤッベェ……」と思ったものの時既に遅し。急いで消火しようとしても、ハイスピードな火の回りによぼよぼな爺さんが対応できるはずもなく。
 木造建てのまたじいハウスはよく燃えた。
 その日、私は学校の帰りにどこかから黒煙が上がっているのを目撃したのだが、後に炎上中のまたじいハウスから上がったものだと分かった。

 修道院がある山から立ち上る煙は、あの時見た黒煙とよく似ていた。
 レイスも煙を見て眉を顰める。

「……火事か?」
「誰かが台所でボヤを起こしたとかですかね……」

 自分でそう言っておいて何だが、ボヤにしては煙の量が明らかに多い。
 あれは、またじいハウスのように建物がメラメラと燃えている煙だ。もしかしたらアントワネットがレーズンを作ろうとして、火属性魔法の加減を間違えて──

「あ」

 すごく、ものすごく嫌なことを思い出してしまった。
 ぐらぁ……と目眩がして、倒れそうになるのをどうにか堪えていると、私の異変に気づいたレイスに「リグレット様?」と声をかけられた。

「レ、レイス様、私思い出したんですけれど」
「何をです? 鍋に火をかけたまま、放置してしまっていたとか?」
「いえ、ブランシェ様のことです」
「ブランシェ嬢の……?」

 どうして今ここで彼女の名前が? と不思議そうにするレイスに私は恐る恐る告げた。

「ブランシェ様は魔法が使えます。……それも火属性の」

 イレネーの個別ルートで、ブランシェはイレネーを奪われた怒りでリーゼを焼き殺そうとするのだ。その時まで誰も彼女が魔法を使えることを知らずにいた。

 いやだからと言って、ブランシェがあの煙の原因とは限らない。いくら私を抹殺したいからって、修道院を襲撃するなんて馬鹿なことは考えないはず……。
 正常性バイアスに陥っていると、レイスは持っていた荷物を護衛兵に押し付けて、

「リグレット様と荷物をよろしくお願いします。僕は今すぐにナヴィア修道院に行ってきますので」
「えっ、ちょっと待って! 私も帰らせてください!」

 自分の家が燃えているようなものなのに、帰らせてもらえないなんてどういうことだ。
 けれどレイスは私を見据えると、語気を強めて言った。

「もしブランシェ嬢があなたを狙って修道院を襲ったのだとしたら、あなたを連れて帰るわけにはいきません。どのような危険が待っているか分からない」
「ですが私のせいでみんなが……!」
「いいえ。あなたは何も悪くありませんよ。大丈夫、単なるボヤでしたら皆さんと急いで消し止めて、リグレット様を迎えに来ますので」

 私を安心させるように穏やかな笑みを見せると、レイスは目を紫色に光らせて転移魔法を発動させた。レイスの影が地面からシールのようにペリペリッと剥がれて彼を包み込む。
 そしてその状態で消えてしまった。
 レイスの宣言通り、置いて行かれてしまった私はと言えば。

「待たんかい!」
「あっ、お待ちくださいリグレット様!」

 引き留めようとする護衛兵を振り切って、一気に時計塔の螺旋階段を駆け下りる。
 帰るぞ。どんな手を使ってでも、私はみんながいる修道院に帰るぞ!!
 馬車をヒッチハイクして……と考えている時だった。

 ブロロロロ……。

 どこからか聞こえるエンジン音。その方向に視線を向けると、青いボディのアイツがいた。

「あ……相棒!!」

 何で鍵差してないのに勝手に動いとるんじゃとか、どうして私がここにいるのを知っとるんじゃとか色々気になることはあるけれど。
 私はハンドルの部分に引っ掛けてあったヘルメットを被ると、青玉の馬に跨った。

 
しおりを挟む
感想 429

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...