愛は全てを解決しない

火野村志紀

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16.夢と現実

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 その呼びかけに振り返ると、一人の少女が私をじっと見詰めていた。
 十代半ばか。その顔には、どこか見覚えがある。

「……セレナか?」

 震える声で問いかけると、少女は目を見開いた。
 やはりそうだ。セレナ……十年前に私が捨ててしまった娘。

「セレナ……!」
「来ないで」

 近付こうとすると、セレナは冷たい眼差しを向けてきた。
 私を恨んでいるのだろう。弁明のしようがない。
 しかし何故公爵邸にいるのか、疑問が浮かぶ。リディアについてきたのか?

「聞いたわよ、お父様。また・・お母様を傷つけたんですってね」
「ち、違う。誤解なんだ。彼女がリディアだなんて気付かなくて……」
「会った時に『リディアか?』って聞いたんでしょ?」
「…………」

 咄嗟についた嘘は、あっさり見破られてしまった。黙り込む私に、セレナが続ける。

「お母様や私に謝って。色んなこと、たくさん謝って!」
「やめ……やめろっ!」

 そんな大声を出して、会長に気付かれたらどうするんだ!
 私は慌ててセレナへ駆け寄り、その口を塞いだ。その直後、手のひらに鋭い痛みが走った。
 噛まれた。そう理解した瞬間、私は衝動的に娘を殴ろうとしていた。

「セレナから離れろ!」

 突如若い男に羽交い締めにされ、セレナから引き剥がされる。
 こ、この男は何者だ? 困惑しているうちに、屋敷の人間たちがこの場に駆けつけ始める。
 その中には、会長やリディアの姿もあった。

「セレナ!」

 血相を変えたリディアが、セレナに走り寄る。

「どうしたの? 何があったの!?」
「この男がセレナを襲おうとしていたのです」

 私を後ろから拘束したまま、青年が低い声で説明する。
 リディアが愕然とした表情で私を見た。

「セザール様、あなた……」
「待て! 私はセレナを注意しようと思っただけだ」
「注意ですって?」

 リディアが眉を寄せる。

「あ、ああ。人様の屋敷で、大声を出したら迷惑になるだろう? だから私は親として……」
「親として娘を殴ろうとしたのか? ふざけるな……!」

 何故、青年はこれほどまでに憤っているのだろう。
 その疑問を解いたのは、元妻の一言だった。

「その方はコリューダ公爵のご子息で、セレナの旦那様でもありますわ」
「……は? いや、待て。今の君たちは平民だろう? 公爵家の人間と婚姻を結べるはずがない」
「本来ならそうですわね。ですが、とある伯爵家がセレナを養子に迎えてくださったの」

 呆れたような表情で語るリディアに、私はパクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
 だっておかしいじゃないか。
 確かに、困窮して苦しむリディアたちを夢で見たんだ。
 だが実際は、華やかな人生を送っていた。

 私は今まさに、全てを失おうとしているのに……



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