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14.セレスタン⑤
カロリーヌに連れて来られたのは、首都の郊外だった。
こんな遠出をしたのは久しぶりだが、何も面白みのない場所だ。こんなところに別荘を作るなんて何を考えているのやら……。
「シャーラ様の別荘はこちらです」
そう言って迷わずに進むカロリーヌについて行く。
道案内をされているとは言え、女に前を歩かれるのはあまり気持ちのいいものではない。こういう時アンリエッタであれば、並んで歩いてくれるというのに。
しかしこれでアンリエッタを連れ戻せる。俺は拳を強く握り締めながら、逸る気持ちをどうにか抑えていた。
母さんも父さんもラナン家の権力に恐れて動けずにいる。
だったら、俺にできることはただ一つ。強引に奪い取るだけだ。
そのあとは誰にも見つからないように、アンリエッタを隠してしまえばいい。幸いなことに我が家には地下室がある。火の神の神官がやって来ても、知らない振りをする。エレナも恐らくはそうしてシャーラのことを隠そうとしていたのだ。同じことを俺がしてはいけない道理などないはず。
「だがカロリーヌ。何故お前がアンリエッタの居場所を知っているんだ?」
俺がそう尋ねると、カロリーヌはぴたりと足を止めた。
愚問だったか。早く歩けと急かそうとすると、カロリーヌは俺へと振り向いて口を開いた。
「とある火の神の神官から情報をもらったのです。シャーラ神官長が有能な使用人たちとここの別荘で過ごしていると……」
「違う、アンリエッタはシャーラの使用人ではなく俺の妻だ」
「ええ、分かっています。ですがもしやと思って私が様子を見に行くと、セレスタン様が連れて歩いていた女性が庭園の手入れをしていました」
「そうか……しかしお前がわざわざ確かめようとした理由は……」
「着きました。ここに……アンリエッタ様はいらっしゃいます」
神官長の別荘なだけあって豪勢な造りをした屋敷だ。
庭園もソール家よりも広い面積を有しているかもしれない。
赤やオレンジなど暖色系の花ばかり目立つのは、火の神をイメージしているからか。
満開の薔薇に触れているメイドの女性がいた。
「……!」
アンリエッタ。俺の愛しい人。弧の距離からでもすぐに分かった。
安堵と歓喜で視界が滲む。さあ、早く帰ろう。俺たちの家へ──。
俺は彼女へと駆け寄ろうとしたが、カロリーヌに腕を掴まれて引き留められる。
「っ、一体何を……」
「……よくご覧ください、セレスタン様」
「何がだ!」
焦燥感に駆られながら再びアンリエッタに視線を向けると、妻の隣に一人の男が佇んでいる。
長身の銀髪の男。服装からして庭師だろうか。奴の手には赤い花冠があり、それをアンリエッタの頭に被せた。
その様子を見て頭に血が上った。殴ってやる! とカロリーヌの制止を振り切ろうとする俺だったが、
「アンリ……エッタ……?」
花冠を貰った彼女は幸せそうに微笑んでいた。
あんなに綺麗な笑顔、俺に見せたことがあっただろうか。それに痩せこけていた頬には幾分か肉が戻っており、健康的な肌色をしている。
俺の知らないアンリエッタがそこにはいた。
「奥様は……アンリエッタ様はセレスタン様との生活を捨て、あの方と未来を歩んでいくことを決めたようなのです」
「う、嘘だ。アンリエッタは俺と支え合って生きていくと誓ったはずで……」
「自分を他の神官たちから守ってくれない夫に愛想が尽きたと仰って、セレスタン様をお捨てになる決意を固めたようです。それもセレスタン様が儀式を執り行っている間に……」
信じない。信じられない。だがあの仲睦まじい様子を見ていると、否定する気力が削がれていく。
アンリエッタがいなくなったと知らされてから、俺はずっとろくに眠れない日々を過ごしてきた。見ず知らずの男に襲われて泣きじゃくり、俺の名を呼ぶ妻の夢だって何度も見た。
なのにアンリエッタはずっと他の男と笑い合っていたのだ。
「アンリエッタ……俺を裏切ったのか……?」
怒りと悲しみと混乱が胸の中で渦巻く。
俺はカロリーヌに引き摺られるようにして、シャーラの別荘から離れたのだった……。
こんな遠出をしたのは久しぶりだが、何も面白みのない場所だ。こんなところに別荘を作るなんて何を考えているのやら……。
「シャーラ様の別荘はこちらです」
そう言って迷わずに進むカロリーヌについて行く。
道案内をされているとは言え、女に前を歩かれるのはあまり気持ちのいいものではない。こういう時アンリエッタであれば、並んで歩いてくれるというのに。
しかしこれでアンリエッタを連れ戻せる。俺は拳を強く握り締めながら、逸る気持ちをどうにか抑えていた。
母さんも父さんもラナン家の権力に恐れて動けずにいる。
だったら、俺にできることはただ一つ。強引に奪い取るだけだ。
そのあとは誰にも見つからないように、アンリエッタを隠してしまえばいい。幸いなことに我が家には地下室がある。火の神の神官がやって来ても、知らない振りをする。エレナも恐らくはそうしてシャーラのことを隠そうとしていたのだ。同じことを俺がしてはいけない道理などないはず。
「だがカロリーヌ。何故お前がアンリエッタの居場所を知っているんだ?」
俺がそう尋ねると、カロリーヌはぴたりと足を止めた。
愚問だったか。早く歩けと急かそうとすると、カロリーヌは俺へと振り向いて口を開いた。
「とある火の神の神官から情報をもらったのです。シャーラ神官長が有能な使用人たちとここの別荘で過ごしていると……」
「違う、アンリエッタはシャーラの使用人ではなく俺の妻だ」
「ええ、分かっています。ですがもしやと思って私が様子を見に行くと、セレスタン様が連れて歩いていた女性が庭園の手入れをしていました」
「そうか……しかしお前がわざわざ確かめようとした理由は……」
「着きました。ここに……アンリエッタ様はいらっしゃいます」
神官長の別荘なだけあって豪勢な造りをした屋敷だ。
庭園もソール家よりも広い面積を有しているかもしれない。
赤やオレンジなど暖色系の花ばかり目立つのは、火の神をイメージしているからか。
満開の薔薇に触れているメイドの女性がいた。
「……!」
アンリエッタ。俺の愛しい人。弧の距離からでもすぐに分かった。
安堵と歓喜で視界が滲む。さあ、早く帰ろう。俺たちの家へ──。
俺は彼女へと駆け寄ろうとしたが、カロリーヌに腕を掴まれて引き留められる。
「っ、一体何を……」
「……よくご覧ください、セレスタン様」
「何がだ!」
焦燥感に駆られながら再びアンリエッタに視線を向けると、妻の隣に一人の男が佇んでいる。
長身の銀髪の男。服装からして庭師だろうか。奴の手には赤い花冠があり、それをアンリエッタの頭に被せた。
その様子を見て頭に血が上った。殴ってやる! とカロリーヌの制止を振り切ろうとする俺だったが、
「アンリ……エッタ……?」
花冠を貰った彼女は幸せそうに微笑んでいた。
あんなに綺麗な笑顔、俺に見せたことがあっただろうか。それに痩せこけていた頬には幾分か肉が戻っており、健康的な肌色をしている。
俺の知らないアンリエッタがそこにはいた。
「奥様は……アンリエッタ様はセレスタン様との生活を捨て、あの方と未来を歩んでいくことを決めたようなのです」
「う、嘘だ。アンリエッタは俺と支え合って生きていくと誓ったはずで……」
「自分を他の神官たちから守ってくれない夫に愛想が尽きたと仰って、セレスタン様をお捨てになる決意を固めたようです。それもセレスタン様が儀式を執り行っている間に……」
信じない。信じられない。だがあの仲睦まじい様子を見ていると、否定する気力が削がれていく。
アンリエッタがいなくなったと知らされてから、俺はずっとろくに眠れない日々を過ごしてきた。見ず知らずの男に襲われて泣きじゃくり、俺の名を呼ぶ妻の夢だって何度も見た。
なのにアンリエッタはずっと他の男と笑い合っていたのだ。
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俺はカロリーヌに引き摺られるようにして、シャーラの別荘から離れたのだった……。
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