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四話
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義母には婚約期間の頃から嫌われていた。
由緒ある名家に、男爵家の血が混ざることに不満を抱いていたから。
けれど、ローラス侯爵家の実権は家督を継いだ旦那様が握っている。
いくら義母が私たちの結婚に反対しても、旦那様を説得することは出来なかった。
そしてシンシア様が現れた今、私に対する不満はますます大きくなっている。
先代である義父は、我関せずを貫いているようだった。
けれど義母と侯爵邸を訪れると、私に不満をぶつける義母をたしなめていた。
私を庇ってくださっているのかと思ったけれど、私と言葉を交わしたことは殆どない。
最近は、病に罹って寝たきりの生活を送っていると、使用人たちが話をしていた。
「ねえ、ご一緒に紅茶はいかが?」
シンシア様にそう声をかけられたのは、彼女が旦那様の子を身籠もってから暫く経った頃。
生命を宿したお腹は、すっかり膨らんでいる。
その姿を見ていると、どうしようもなく叫びたくなる。「どうして私じゃないの」って。
激情を押さえ込んで、テーブルにつく。
「ふふ。このお茶、とっても香りがいいですわね。アイナが妊婦への影響が少ない茶葉を見付けてくれたの」
「……よかったですね」
「あら、大丈夫? ご気分が優れないようだけど……」
「いえ、そんなことはありません。お気遣いありがとうございます」
どうにか平常心を保つ。シンシア様に嫉妬する権利なんて私にはない。
シンシア様はただ、責務を果たしているだけなのだから。
「だって、私あなたに感謝していますのよ。心配くらいさせてちょうだい」
「感謝?」
「私ね、ずっと昔からセドリック様を愛していたの」
シンシア様は、うっとりと目を細めながら語り始める。
「セドリック様とは、子供の頃から交流があったわ。とても綺麗なお顔で、かっこよくて……将来は私があの方の妻になると信じていたの。だから、見ず知らずのあなたが選ばれた時はショックだったわ」
「それは……」
「だけど、あなたがそんな体だったおかげで、私は大きな役目を任されることになったのよ。ずっと好きだった人に抱かれて、子供を産めるの……まるで夢のようだわ」
ふふ、と艶やかな笑い声が真っ赤なルージュが引かれた唇の隙間から漏れる。
無意識に周囲に視線を向けると、メイドたちは私を見下ろして笑っていた。
シンシア様の告白には、さほど衝撃を受けなかった。
だってそんな気がしていたもの。
茶会が終わった後、私はふらつきながら旦那様の執務室へ向かった。
ノックをしてから中に入ると、旦那様は「何の用だ?」と書類に目を通しながら問いかけてきた。
「旦那様、どうか私と離婚してください」
そう懇願すると、旦那様は顔を上げた。
「以前も説明したはずだが、離婚すれば我が家のイメージが……」
「お、お義母様も、使用人たちもっ、私を必要としていません……! シンシア様だって、旦那様を愛しておいでです! シンシア様を後妻に迎えるべきですっ!」
私は一気に捲し立てた。こんなに大声を出したのは初めてで、ふうふうと息切れを起こす。
すると旦那様はおもむろに立ち上がり、私へ歩み寄ってきた。
「そういえば、君とは最近寝ていなかったな」
「……旦那様?」
「私がシンシアばかりを相手にしているから、嫉妬してバカなことを言い出したのだろう」
頭が真っ白になる。この人は何を仰っているの?
「シンシアは契約という形で、愛妾となっている。そこに恋愛感情は存在していないと、互いに了承済みだ」
「待って、待ってください……」
「それに、君がストレスの発散で使用人たちに八つ当たりをしていると報告が多々上がっている。週に一度抱いてやれば、満足か……?」
旦那様が無表情のまま、指先で私の顎を引き上げる。そして、顔がゆっくりと近付いてきて──
「いやぁぁぁっ!」
私は反射的に旦那様を突き飛ばした。
由緒ある名家に、男爵家の血が混ざることに不満を抱いていたから。
けれど、ローラス侯爵家の実権は家督を継いだ旦那様が握っている。
いくら義母が私たちの結婚に反対しても、旦那様を説得することは出来なかった。
そしてシンシア様が現れた今、私に対する不満はますます大きくなっている。
先代である義父は、我関せずを貫いているようだった。
けれど義母と侯爵邸を訪れると、私に不満をぶつける義母をたしなめていた。
私を庇ってくださっているのかと思ったけれど、私と言葉を交わしたことは殆どない。
最近は、病に罹って寝たきりの生活を送っていると、使用人たちが話をしていた。
「ねえ、ご一緒に紅茶はいかが?」
シンシア様にそう声をかけられたのは、彼女が旦那様の子を身籠もってから暫く経った頃。
生命を宿したお腹は、すっかり膨らんでいる。
その姿を見ていると、どうしようもなく叫びたくなる。「どうして私じゃないの」って。
激情を押さえ込んで、テーブルにつく。
「ふふ。このお茶、とっても香りがいいですわね。アイナが妊婦への影響が少ない茶葉を見付けてくれたの」
「……よかったですね」
「あら、大丈夫? ご気分が優れないようだけど……」
「いえ、そんなことはありません。お気遣いありがとうございます」
どうにか平常心を保つ。シンシア様に嫉妬する権利なんて私にはない。
シンシア様はただ、責務を果たしているだけなのだから。
「だって、私あなたに感謝していますのよ。心配くらいさせてちょうだい」
「感謝?」
「私ね、ずっと昔からセドリック様を愛していたの」
シンシア様は、うっとりと目を細めながら語り始める。
「セドリック様とは、子供の頃から交流があったわ。とても綺麗なお顔で、かっこよくて……将来は私があの方の妻になると信じていたの。だから、見ず知らずのあなたが選ばれた時はショックだったわ」
「それは……」
「だけど、あなたがそんな体だったおかげで、私は大きな役目を任されることになったのよ。ずっと好きだった人に抱かれて、子供を産めるの……まるで夢のようだわ」
ふふ、と艶やかな笑い声が真っ赤なルージュが引かれた唇の隙間から漏れる。
無意識に周囲に視線を向けると、メイドたちは私を見下ろして笑っていた。
シンシア様の告白には、さほど衝撃を受けなかった。
だってそんな気がしていたもの。
茶会が終わった後、私はふらつきながら旦那様の執務室へ向かった。
ノックをしてから中に入ると、旦那様は「何の用だ?」と書類に目を通しながら問いかけてきた。
「旦那様、どうか私と離婚してください」
そう懇願すると、旦那様は顔を上げた。
「以前も説明したはずだが、離婚すれば我が家のイメージが……」
「お、お義母様も、使用人たちもっ、私を必要としていません……! シンシア様だって、旦那様を愛しておいでです! シンシア様を後妻に迎えるべきですっ!」
私は一気に捲し立てた。こんなに大声を出したのは初めてで、ふうふうと息切れを起こす。
すると旦那様はおもむろに立ち上がり、私へ歩み寄ってきた。
「そういえば、君とは最近寝ていなかったな」
「……旦那様?」
「私がシンシアばかりを相手にしているから、嫉妬してバカなことを言い出したのだろう」
頭が真っ白になる。この人は何を仰っているの?
「シンシアは契約という形で、愛妾となっている。そこに恋愛感情は存在していないと、互いに了承済みだ」
「待って、待ってください……」
「それに、君がストレスの発散で使用人たちに八つ当たりをしていると報告が多々上がっている。週に一度抱いてやれば、満足か……?」
旦那様が無表情のまま、指先で私の顎を引き上げる。そして、顔がゆっくりと近付いてきて──
「いやぁぁぁっ!」
私は反射的に旦那様を突き飛ばした。
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