無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀

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八話

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「エリナさん、そっちのテーブルにこれ持って行って!」
「はい!」

 美味しそうな料理が盛られた大皿を運んでいく。初めはその重さに驚き、落としそうになったこともあるけど、今ではすっかり慣れた。

「お待たせいたしました。どうもお召し上がりください」
「ありがとう、エリナちゃん」

 お客様が朗らかな笑みを浮かべて頭を下げる。
 と、他のテーブルからも「エリナちゃーん! ビールもう一杯ちょうだい!」と声が上がった。

「はい、ただいまお持ちします!」



 私は、小さな田舎町でエリナという女性として暮らしている。
 ローラス家が管理する領地からは、ずいぶんと離れた土地。
「本当にいいのかい?」と、私を逃がしてくれた方に聞かれて、少しだけ迷いがあった。

 ローラス領地を出ていけば、二度と旦那様には会えなくなる。
 それに、両親にも迷惑がかかるだろう。

 押し黙ってしまった私に、男は煙草を吹かしながら言う。

「俺は人材を運べれば何でもいいんだけどよ。後で『やっぱ帰りたいです』って泣き言を言うのは無しだぜ」

 退路を断つような物言いが、私に覚悟を決めさせてくれた。
 彼は、よくローラス侯爵家を訪れる商人だった。
 そして副業で地方への就職斡旋も行っていた。
 だから、使用人たちの隙を見計らって、私に仕事を紹介して欲しいと頼み込んだのだ。

「あんた、大人しそうなナリで結構大それたことを考えるんだな。でも、俺はただでは動かないぞ」
「それは……」
「そいつを寄越せ。そこそこの金額で売れそうだ」

 商人が指差したのは、身に付けていたダイヤモンドのネックレスだった。五年前に亡くなった祖父からいただいたものだ。
 一瞬躊躇ってから、私はネックレスを外して商人に差し出した。

 それから一ヶ月。屋敷でパーティーが開かれた夜、私は窓から逃げ出してこの地にやって来た。



「今夜もお疲れ様。また明日もよろしくね」
「はい。それでは失礼します」

 店主に頭を下げて、自分の家に帰る。
 酒場での接客。それが私に与えられた仕事だった。
 店主や客たちは、名前以外素性を明かそうとしない私に優しく接してくれている。

 衣食住を全て自分で整えるのは大変だけれど、不思議な達成感もある。
 ずっとこんな日々を過ごせますように。毎日そう願い続けている。




 だから、





 翌朝の新聞を何気なく読んでいた私は、思わず目を見張った。



「え…………?」



 あの商人が、脱税の容疑で逮捕されたらしい。
 その他にも、身寄りのない女性たちを本人の合意もなく娼館に斡旋していたことが判明し、現在被害者の行方を追っているという。


 私は……ただの飲食店で働いているだけだから、関係ないよね?
 それに旦那様だって、何も言わずに出て行った私に愛想を尽かしているわ……

 そう思っていても、その日はずっと旦那様のことが頭から離れなかった。



 だけど、一ヶ月経っても誰かが私を訪ねてくることはなかった。
 新聞にも、事件の続報は載っていない。

 私の思い過ごしだったのだろう。
 安堵で胸を撫で下ろしつつ、今夜も酒場で忙しく動き続ける。

 そして、お客様のテーブルへ料理を運んでいる時、店のドアがゆっくりと開いた。



「見付けたぞ、エリーゼ」


 その声に、私は何も考えられなくなった。



 旦那……様……?
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