無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀

文字の大きさ
9 / 21

九話

しおりを挟む
 どうしてここにいるのだろう。
 私を追いかけてきたの?
 どうして?

 呆然と立ち尽くしていると、旦那様は険しい表情で店内を見回しながら私へ近付いていく。

「こんなところで働いているなど……君には貴族としての自覚がないのか?」

 貴族? いいえ、違う。私はもうエリーゼじゃないの。
 そう叫びたいのに声が出せない。

「聴いているのか? エリーゼ!」

 激情を押さえ込んだような声で呼ばれて、肩が震える。

「帰るぞ」

 旦那様は私の腕を掴んで、無理矢理外に連れ出した。
 店の前には馬車が停まっていて、その中に私を押し込めようとする。


 逃げなくちゃ。早く、早く。

「ぁ……」







「あれ? エリナ、その人彼氏?」

 その呼びかけに、私ははたと我に返った。
 声の方向に目を向けると、茶色いハンチング帽を被った青年がこちらへ駆け寄ってくる。

「……エリナ?」

 旦那様が眉を顰める。

「俺、この子の兄貴なの。何だよ~、素敵な人が出来たんなら言ってくれたっていいじゃないか」

 青年は笑いながら私たちに割って入ると、さりげなく自分のほうへ私を引き寄せた。
 途端、旦那様が目付きを鋭くさせる。

「先ほどから君は何だ? 彼女は私の……」
「……に、兄さん、助けて」

 私は絞り出すような声で青年を呼んだ。

「この人、私を誰かと勘違いしてるみたいなの。それで無理矢理馬車に乗せられそうになって……」
「はぁ? 何考えてんだよ、あんた。確かにうちの妹はスゲー可愛いけど、そういうことはしちゃダメだろ!」
「違う、エリーゼは私の妻だ。お前こそ、何をしているのか分かっているのか?」
「不審者に誘拐されそうになってる妹を助けただけだ。な?」

 青年に目配せをされて、コクコクと頷く。
 すると店長や店のお客様も、私たちの様子を見に来た。

「ちょいとあんた、エリナちゃんに何してんだい? 警察呼ぶよ」
「……もういい」

 旦那様はふぅー……と深く溜め息をついて呟いた。
 その顔は何だか寂しそうで、初めて見る表情だった。

「日を改めよう。明日また会いに来る。……だから、その時には私の話を聞いてくれ」

 静かな声でそう告げると、旦那様はゆっくりと馬車に乗り込んだ。

「それじゃあ、俺たちも帰ろうぜ」

 私の肩に手を回しながら、青年がそう話しかけてきた。
 そして走り去る馬車へ視線を向けつつ、小声で耳打ちする。

「今夜はとりあえず俺のとこに来い。あんたの家には帰らないほうがいいよ」

 その提案に、思わず目を丸くする。
 だって彼が何者なのか、私は知らない。うちの店のお客様でもなさそうだし……

 けれど、彼の言う通りだと思った。旦那様に自宅を知られたら、という不安がある。


「……分かりました」

 この人を信じてみたい。信じさせて欲しい。


 


しおりを挟む
感想 84

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

裏切りの街 ~すれ違う心~

緑谷めい
恋愛
 エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います

木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。 サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。 記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

処理中です...