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第一話 始まりの一織り
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しおりを挟む「あの野郎…」
「ちょっとザード、今のレオ様どうしたの?馬より速かったわよ?」
ザードが呆れたように溜息を吐いていると、廊下の反対側からヒルデがやって来た。手には沢山の荷物が抱えられている。
「書類仕事から逃げたんだよ。そんな事より…何だその大荷物?」
「これ?食材とか日用品とかよ。城下に行ったついでに買ってきたの。この城の人たちまともに掃除洗濯料理もしないじゃない。男所帯とはいえ、だらしないったらありゃしない!仕方ないから…はい、半分持って」
「は?」
否応なしに大きな荷物の半分を押し付けられたザードは反論する間もなく歩き出したヒルデに着いて行くしかなかった。
向かった先は調理場。一応日々の料理当番は城の兵士が交代で担当しているのはずだが、そんなのは滅多に守られる事はない。皆それぞれに好き勝手に調理場にある素材を勝手に持って行って食べている。それゆえに"料理"をする者など皆無だ。
「肉を焼くくらいはしてるみたいだけど…あ~あ、フライパンが焦げで使い物にならなくなってる。新しいの買って来て良かった」
「おい、何するつもりだよ。まさか料理し始めるとかじゃねぇだろうな」
「そのまさかですけど?」
「はぁ?」
「料理だけじゃないわ。城全体の掃除も洗濯もするわよ。ザードも一緒にね」
「はぁ~~?!」
ザードの困惑した大声を無視し、ヒルデは手早く材料と掃除用品を並べていく。
「五つ国の武力と守護を司るホド国の頂点が暮らす居城が、こんな荒れた無法地帯なのは国民に示しが付かないでしょ。だからキチンと"らしく"しなくちゃ。その為には"上"が率先して動くのが最適解なのよ。という事でザードにはこれから私と一緒に料理洗濯掃除をしてもらいます!」
「なんでだよ!?」
ヒルデの言い分は分かったが、城の雑務を王族…次期王位継承者がやるというのには納得いかない。国の頂点だぞ、こっちは。何よりかっこ悪い!とザードは憤慨した。
「確かにうちの城は荒れ放題だが!それを片付けたりするのは俺様の仕事じゃねぇ!他の誰かがやるべきだろが!そもそも自分の事は自分でやる、てのがうちのルールなんだ」
「自分の事は自分で…それがキチンと出来てるならそれでいいのよ。でも、出来ていないじゃない」
ヒルデはジト目でザードを睨みつつ、調理場に放り投げられた、使い終わったまま汚れた皿の山を指差した。他にも床に落ちたフォークや洗濯場に積み上がった服、そして廊下に残ったままの血痕や指やナニカだったモノの事を指摘した。
「『誰かがやってくれる』そういう意識が全員にあるからこんな事になっているのよ。だからと言って、私がやり始めたら『ヒルデが全部やってくれる』って思うでしょ?だから私だけがやるんじゃ駄目なのよ。ザードやレオ様がやって『上の人がやっているのだから』と思わせるの。意識改革していかなくちゃ」
「……」
…だったら親父にも今からやらせるべきじゃね?とザードは思ったが、先程全力疾走して逃げて行ったのでしばらくは出てこないだろう。
それに、これはヒルデも気付いてはいないようだが、父レオだけは自分の事は自分でやっている。ついでに最低限だけだが掃除洗濯もしてくれていたりする。料理だけは苦手なようでしていないが…なので一応『上の者が率先して雑務を行っている』という事はしているのだ。なのにも関わらず何故城の者たちの意識が変わらないのか…というと、半分はヒルデ同様にレオの行いに気付いていない。もう半分は『国王がやってくれるだろ』という、わりと不敬な考えからだ。
レオ自身も自認しているが、彼にはわりと人徳がない。その理由はザードはぼんやりとしか知らないが、昔やらかしたのだと言っていたので仕方がない。
……色々と並べたが、とにかくも
「俺はやらねぇからな!」
と、ザードは渡された大きなたわしを床に叩き付けて膨れた。
「てめぇの言い分は分かった。分かったが、俺はそんなカッコ悪い事やりたくねぇからな!俺は親父とは違って、偉くてカッコいい王子様なんだからな」
「うわぁ、本当わがまま過ぎる」
「わがままとかそういうのじゃねぇ!そういう雑用をすればするほど、下に舐められるようになるんだよ!そもそもお前も俺様に馴れ馴れしいんだ、平伏して敬えよ!」
「はいはい。じゃあそこで見てなさいよ。偉ぶってる王子さまは」
「いちいちムカつく奴だな…」
そっぽを向いたザードを尻目に、ヒルデは食材を切り始めた。手馴れているようで、あっという間に下準備を終わらせると大きな鍋に切った材料を入れ、サッと炒めて水をたっぷりと注ぐ。その後「隠し味に」とチーズを鍋の上で削り入れて混ぜると、コトコトと音がしてくると同時に香ばしく美味しそうな匂いが漂い始めた、そんな食欲をそそる香りに椅子に座って眺めていたザードは生唾を飲んだ。
ザードは育ち盛りだ。常に腹ぺこである。しかし今の荒れた環境では満足に食べられない事の方が多い。
思わず立ち上がると、ザードの腹が大きく鳴ってしまった。
「あ゛っ」
「あらら、めちゃくちゃお腹空いているんだ」
「う、うるせー」
腹の音で気恥ずかしくなり、怒鳴ろうとすると眼前にスプーンが差し出された。それは美味しそうな香りを漂わせている──今作られているスープ入りだ。
「はい、あーーん」
「は?」
「食べたくないの?…あぁ、そっか一応」
ヒルデは差し出したスプーンを自分の口元に運び、すくわれたスープをコクリと飲み干した。
「…ね?大丈夫、毒なんか入っていないわよ」
──どうやらザードの戸惑いが『毒入りなのでは?』という警戒と勘違いされたらしい。確かに食事に毒を入れるというのは典型的な暗殺の仕方だが…この脳筋物理戦士しかいない武国で毒を使おうと思う知的(?)な輩は皆無だ。他の国は分からないが…
ヒルデはそんな事は気にせず再びスプーンにスープをすくって、ザードに差し出した。
「はい、あーん」
「いや、うぅ」
「お腹空いてるんでしょ?意地張ってないで食べなよ」
ザードは戸惑う。理由はよく分からないが、とても恥ずかしくて体が動かなくなっている。しかし…こうしている間も腹は鳴って、目の前のスープが食べたくて仕方ない。ヒルデもどんどんスプーンを近付けてきて、鼻先で揺らして挑発している。
──もう、どうにでもなれ!!
ザードは食欲に抗う事が出来なかった。
鼻先で揺れていたスプーンにかじりつくと、口いっぱいにまろやかさと香ばしさが拡がり頭から足の先まで痺れるような旨味に身を跳ねさせた。
「──今まで食べて来たスープの中で一番美味いっっっ!!」
ザードは思わず叫んだ。目を輝かせ、ヒルデを見る。ヒルデも釣られて笑い
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。私も嬉しい」
と照れたように再びスプーンを差し出した。
しばらくそれを繰り返し、その様子を城の兵士達に見られた結果『恋人かよ』とからかわれ、ザード対兵士達全員で大喧嘩して食堂の机や窓ガラスを破壊してしまい、結局みんなで城の大掃除をする事になってしまうのは別の話…
そして、ヒルデと間接キスをしたと気付いたのはしばらくたってからであった…
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