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第四話 ねむり姫
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夕食も終わった病棟は、後は消灯を待つだけの弛緩した空気を漂わせていた。ここ特別病棟でも同様であった。警護の職員も帰宅し当直の看護師だけになる。
石川はその見知った看護師に許可をもらい、特別室の窓から中に声をかけた。
「悪いな、こんな時間に……もう寝てるか?」
「子供ではないんで、まだ起きてますよ」松崎美里はそう言って奥から顔を出す。
「刑事さん、こんな時間に何でしょうか?」
「ああ、ちょっと用があってな……」
「用ですか?」
「ああ、大事な用なんだ」
石川のそんな言葉を理解できずに美里はキョトンとした顔をしてしまう。それでも構わず石川は話を続けた。
「菜々美が自殺した。あの白河菜々美がだぞ」
石川のその言葉を聞いて、美里の瞳が揺れた。
「グリム、起きてくれ。寝てる場合じゃあないんだよ!」石川は強く言い放った。
美里はうつむく、そして沈黙の時間が一瞬あってから、鉄格子の入った窓の奥からぎらついた目で刺すようにこちらをうかがった。
「石川、お前。ヒトの安眠を邪魔するつもりか?」うるさげに美里は中性的な声を絞り出す。
明らかに態度が変わった。グリムが目を覚ましたと、石川は確信した。
「バカかお前は、菜々美が死んだ? 自殺なんてあるわけないだろう。殺されたんだよ。たぶん口封じだろうな……」
そう言葉を区切ってから、しばらく沈黙する。
何かを考えているのだろう。そんな態度を観察してから、石川は話し始めた。
「お前の関わったヤマ、そう、お前の殺し損ねた生徒が自殺した事件。それに学年主任の息子の起こした拉致監禁殺人。この辺が今回の元校長殺しの白河菜々美の自殺と繋がってくる可能性が出てきたんだよ」石川はグリムの表情を探りながら、いったん話を止める。
「お前もその真犯人に良いように踊らされていたって事だ」
煽るようなそんな言葉にグリムは表情を硬くする。それから挑むように石川に言葉を投げた。
「真犯人を挙げなければ、この先俺は安心して寝てもいられないって事だな……」
「ああ、そうだな。お寝んねしてたら、自殺してたって事になるだろうな」
「ちっ」グリムは舌打ちをし、沈黙した。
「どうする? 俺と手を組むか?」そう言って資料の束を叩いた。
「今日、俺はたまたま以前のヤマの資料をたまたまここに持って来ているんだがな……」そう言って、石川が不敵な顔でニヤついた。
「ふん、食えない野郎だな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておこう」
石川は部屋の前に椅子を持ち出し腰を据えた。消灯時間まではまだ少し時間があった。
そんな二人は気が付かなかったようだが、監視カメラの赤いランプはいつまでも怪しく点滅をしていた。
消灯時間ギリギリまで粘ったが、結局良い考えも浮かばず。堂々巡りに陥ってしまった二人は、次の時まで互いに考えをまとめると言うことにして別れた。
美里は人格交替の時の記憶が無いようで、あっと言う間に時間が過ぎてしまったと驚ていた。
帰り際に美里の担当医の酒井に会って話すと、症状が安定している今が人格の統合にはちょうど良く、出来ればすぐにでも行いたいと言っていた。
石川としてはグリムの協力がどうにか得られそうな今、彼女の人格を消してもらうのは避けたいところなのだが……治療に関してはこちらに決定権はないのが痛い。
「明日のミーティングで治療方針を決めたいと思っています」そう言った酒井医師の足取りは軽かった。
夜の病院の駐車場で石川はタバコに火を付ける。煙はあたりを漂うようにして夜の闇に消えていった。
石川はその見知った看護師に許可をもらい、特別室の窓から中に声をかけた。
「悪いな、こんな時間に……もう寝てるか?」
「子供ではないんで、まだ起きてますよ」松崎美里はそう言って奥から顔を出す。
「刑事さん、こんな時間に何でしょうか?」
「ああ、ちょっと用があってな……」
「用ですか?」
「ああ、大事な用なんだ」
石川のそんな言葉を理解できずに美里はキョトンとした顔をしてしまう。それでも構わず石川は話を続けた。
「菜々美が自殺した。あの白河菜々美がだぞ」
石川のその言葉を聞いて、美里の瞳が揺れた。
「グリム、起きてくれ。寝てる場合じゃあないんだよ!」石川は強く言い放った。
美里はうつむく、そして沈黙の時間が一瞬あってから、鉄格子の入った窓の奥からぎらついた目で刺すようにこちらをうかがった。
「石川、お前。ヒトの安眠を邪魔するつもりか?」うるさげに美里は中性的な声を絞り出す。
明らかに態度が変わった。グリムが目を覚ましたと、石川は確信した。
「バカかお前は、菜々美が死んだ? 自殺なんてあるわけないだろう。殺されたんだよ。たぶん口封じだろうな……」
そう言葉を区切ってから、しばらく沈黙する。
何かを考えているのだろう。そんな態度を観察してから、石川は話し始めた。
「お前の関わったヤマ、そう、お前の殺し損ねた生徒が自殺した事件。それに学年主任の息子の起こした拉致監禁殺人。この辺が今回の元校長殺しの白河菜々美の自殺と繋がってくる可能性が出てきたんだよ」石川はグリムの表情を探りながら、いったん話を止める。
「お前もその真犯人に良いように踊らされていたって事だ」
煽るようなそんな言葉にグリムは表情を硬くする。それから挑むように石川に言葉を投げた。
「真犯人を挙げなければ、この先俺は安心して寝てもいられないって事だな……」
「ああ、そうだな。お寝んねしてたら、自殺してたって事になるだろうな」
「ちっ」グリムは舌打ちをし、沈黙した。
「どうする? 俺と手を組むか?」そう言って資料の束を叩いた。
「今日、俺はたまたま以前のヤマの資料をたまたまここに持って来ているんだがな……」そう言って、石川が不敵な顔でニヤついた。
「ふん、食えない野郎だな、お前は」
「褒め言葉として受け取っておこう」
石川は部屋の前に椅子を持ち出し腰を据えた。消灯時間まではまだ少し時間があった。
そんな二人は気が付かなかったようだが、監視カメラの赤いランプはいつまでも怪しく点滅をしていた。
消灯時間ギリギリまで粘ったが、結局良い考えも浮かばず。堂々巡りに陥ってしまった二人は、次の時まで互いに考えをまとめると言うことにして別れた。
美里は人格交替の時の記憶が無いようで、あっと言う間に時間が過ぎてしまったと驚ていた。
帰り際に美里の担当医の酒井に会って話すと、症状が安定している今が人格の統合にはちょうど良く、出来ればすぐにでも行いたいと言っていた。
石川としてはグリムの協力がどうにか得られそうな今、彼女の人格を消してもらうのは避けたいところなのだが……治療に関してはこちらに決定権はないのが痛い。
「明日のミーティングで治療方針を決めたいと思っています」そう言った酒井医師の足取りは軽かった。
夜の病院の駐車場で石川はタバコに火を付ける。煙はあたりを漂うようにして夜の闇に消えていった。
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