グリムの囁き

降羽 優

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第三話・ヘンゼルとグレーテル

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 夕方には悠斗も警察から戻って来た。憔悴した悠斗に菜々美は優しく寄り添っている。ヒナタと千夏はそろそろ帰ろうかと芽衣に相談していた時、パトカーのサイレンが響いてきた。
 駆け込んできたのは、少し前に帰ったばかりの陣内だった。
「菜々美さんは、白河菜々美さんはいますか?」
 息を切らして入ってきた陣内が大きな声で言った。
「どうしたんですか? そんなに焦って」
 悠斗が驚いて駆け寄ってくる。そんな悠斗に陣内は焦ってまくし立てた。
「菜々美さんは何処ですか!」
「え? 菜々美」
 悠斗は後ろを振り返るが、そこにはさっきまでいた菜々美の姿は何処にもなかった。
「あれ? 何処行ったのかな」
「さっきまで、そこにいたよね……」
 全員が狐につままれたように立ちすくむ。

「どうして、菜々美を探すんです?」
 悠斗は陣内に説明を求める。
「菜々美さんの犯行の可能性があるんです」
「まさか! なぜ菜々美が」
 驚いて悠斗はさらに説明を求める。陣内は片っ端から隠れそうな部屋を開けながら、ついてきた悠斗に手短に説明した。
「あなたの叔母さんが校長時代に起こった殺害事件を、もみ消して事故死にしたんです。その時の被害者の姉が彼女なんです!」
 陣内の説明に悠斗は理解を拒むように頭を抱える。
「そんな……」
 悠斗にはとても信じられないことだった。

 手分けして探していた千夏が大声で言った。
「裏口のドアが開いてるよ。店の車も無い」
 陣内も裏口に駆けつけた。
「車の鍵は?」
「裏口の横のキーボックスです!」
 芽衣が開けて確認する。確かにそこにあるはずの車のキーは消えていた。
「菜々美さん、車で行っちゃったね……」
 ヒナタも淋しげに呟いた。悠斗はまた呆然と座り込んでしまった。
 陣内は石川に最悪の報告をすることになる。街灯の灯りがともりだし、夜がすぐそこに迫り来ていた。

「どうしても、俺には納得できないんです」
 悠斗はまだ菜々美を信じていた。
「犯行時、彼女はここにいましたよね。アリバイがあるのにどうして……」
 そんな悠斗に陣内はヒナタから預かったあるモノを手渡す。
「何ですか?」
 陣内から手渡されたモノは折れた棒状のクッキーだった。
「これはヒナタが昨日、古いお菓子の家の屋根を持ち上げる時折ってしまった、屋根を補強するためのモノです」
 そして改めて新しいお菓子の家の新作を指さしていった。
「あちらの新作の屋根を見て下さい。裏側の補強部分です」
 悠斗はケースを外して覗き込む。そして青ざめた顔で陣内を見た。補強の一部が折れて失くなっていたのだ。
「そんな……」
「そうなんです、ヒナタが確認し連絡をくれました。このお菓子の家は窓と煙突の位置を少し変えただけのリメイク品、あとはチョコを吹き付ければ出来る簡単なものなんです」
 もう悠斗は何も言えなかった。
 それでも今度は芽衣が反論する。
「でも、わたしや千夏が声をかけたら返事してくれた。それは……」
「たぶん、何かの仕掛けがあると思います。この調理室の中に……」
 そう言って、陣内は調理室の棚を物色すると、紙袋が被せられた目覚まし時計サイズの置物があった。
 そっと紙袋を取ると中にはスピーカーのようなモノが現れた。まだ電源がついている。
「聞いているのか白河菜々美。キミは何処に逃げるつもりだ」
 陣内の問いかけに、少し間を置いてスピーカーから返事があった。
「ガキに鼻の下伸ばしてるバカな刑事だと思ってたけど、意外と切れるんだね、あんた。驚いたよ」
 優しくて落ち着いている、いつもの彼女とは明らかに違う……でも確かに菜々美の声だった。
「菜々美。嘘だと言ってくれ」
 悠斗が悲しげにスピーカーに向かって叫んだ。
「ゴメン、悠斗さん。その刑事さんが言ったことが事実だよ……」
 普段の声色に戻って菜々美は優しく悠斗に語り始める。
「可愛い弟が殺されたの……連続殺人犯によ。なのにウチの弟だけ事故死。あとの六人は殺人の被害者。どうして? 疑問に思ったわたしは一人で調べたの。そしたら当時の校長が教育委員会に掛けあって早々に事故死判断を下したって分かって。その後、すぐ学年主任を地方に転勤させ、自分もさっさと転勤していってしまったことも分かったんだ……」
 少しづつ口調に熱がこもっていく。
「わたしはどうしても許せなかった。その校長、古川響子だけは!」
 叩きつけるような言葉を残して音声は途切れた。スマホの通信を切ったようであった。
 呆然と座り込んだ悠斗を芽衣が抱きしめる。陣内にもかける言葉は見つからなかった。

 ☆ ☆ ☆

 陣内のスマホが大きな着信音とともに振動する。画面には石川と表記された。
「陣内、すぐに来い。菜々美を捕まえるぞ」
「え! 居場所が分かったんですか」
「いいや、次の犯行場所だ。俺は先行するからお前もすぐ来い」
「了解です!」
 慌ただしく陣内はスマホを切って店の外へと向かう。と、それを追いかけるように悠斗が立ち上がって言った。
「陣内さん。菜々美のところですね。俺も連れてってください」
 真剣な顔で陣内に訴えかける。その真剣さに押された陣内は同行を許した。
「とにかく付いてきてください。どうするかはそれから考えましょう」
 二人で車に乗り込む。石川との合流地点へ車は走り出していった。
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