やっぱ男って最高!

下村美世

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第二章 「魔性と本能」

第5話

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『…あ、あ…』
 
 少年と青年の狭間にいるような齢と外見をした男は、真っ赤に染まった自身の手を眺めた。その手はちょっとだけゴツゴツしていて、けれど、それでもまだ幼い手だった。
 少年は頭を抱えて唸り出す。

『お…れは』
『…しっかりして、大丈夫だから』

 これまた少女と女性の狭間にいるような女が、男の手を握った。彼女の手にも、赤色が滲んだ。

『…あんたのせいじゃない。あんたは何も悪くない。大丈夫、私を信じて』


 私、何であんなこと言っちゃったんだろう。

 ただ普段冷静沈着な男が戸惑い慌てる姿を、見ていられなかったのかもしれない。

 それとも、多少の義理があったからかもしれない。


 少なくとも、私とこの男の関係は、この日を境に狂い始めた。


 果たして、あの時私がしたことは正解だったのだろうか。
 私がしたことは、男のした残酷な行為を肯定し、慰めたこと。
 あの時はああするしかなかったと思う反面、自分の中にある微かな良心が痛む。


 ごめん、ごめんなさい。
 私は、やっぱり後悔している。






               『許して、……ま…』
 


————————————————

「…うっ!?」

 夢がブツッと切られ、私は布団から跳ね起きた。
 冬物に替えたばかりの布団は汗でグチョグチョで、明日干さないとカビちゃうなーなどと、他人事のように思った。

「…はあ、懐かしー」

 懐かしい夢を見た。
 何が引き金になるかは分からないけど、私はたまにこの手の夢をみる。
 私視点から見ているのではなくて、神様視点とでも言うのかな。とにかく、私が私を、外から眺めているの。

 時計の針を見ると、まだまだ深夜のようだ。もう一眠りしようにも、ショッキングな夢を見ると、なんだか目が冴えてしまう。

「台本でもさらうか~」

 パラパラと台本をめくり、台詞に目を這わせる。

『鏡よ鏡、世界で1番美しいのはだぁれ?』

 おそらく白雪姫で1番有名な台詞はこれじゃないだろうか。
 でも、この台詞は白雪姫のものではない。白雪姫の継母、原作では実母であるお妃様のものである。
 
 白雪姫は美しい。純粋で無垢で、守ってあげたくなるか弱さも、小人と対等に分かり合う協調性もある。

 確かに私は、お婆さん役の方が似合うかもしれない。私はか弱くもないし、純粋でもない。どこまでも合理的で欲深くて、そして、1人になるのがたまらなく怖い。なのに、協調性はない。

 太一のことは、本気でうざいと思ってる。でもその反面、彼がいないときっと私は寂しく思うのだろう。

 
 だって彼は私を必要としているから。
 決して私を1人にしないと思っているから。

 だから、彼がいなくなってしまうのは多分悲しく思うと思う。

 いかんいかんと首を振った。
 夜はなんだかセンチメンタルになってしまう。

 少しだけ私は微笑み、ドレッサーの前に座る。鏡にそっと触れてみたり。

「…鏡よ鏡。世界で1番美しいのは誰?」

 鏡は何も答えず、指先に冷たい感覚が広かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 だんだんと風が冷たくなってきている中、劇の準備は着々と進んでいった。
 台詞は完璧だし、配置や道具なども今の所不備はない。文化祭まで残り1週間なので、更にクオリティを高めようと、どこも熱心に取り組んでいた。

 その中、私は柏木の野郎にどうギャフンと言わせるのか迷っていた。
 というより、彼女が私を嫌う理由が分からないのだ。

 確かに私は男が大好き。すごいビッチ。だけど、他人の男を取ったことはないし、そもそもブス専だ。私が醜男が好きな理由は、女のいざこざに巻き込まれるのを回避したいからというのもある。

 柏木および金魚の糞は、私に何か仕掛けてくるだろうなと思いきや、直接何かをされたことはなかった。
 まあたまに、わざと足を踏まれたり、理不尽に怒鳴られたりはしたけれど、そういうことをしたって株が暴落するのは柏木の方であって、私は特に気にしてなかった。

 そういうみみっちいことをするたびに、私の中で彼女の小物臭が強まるんだけど、もっと大それた…それこそ、衣装の中にカミソリを仕込んだり、裏庭に連れて行かれたり…などということは無かった。


「じゃあ1幕からやるよ。よーい、アクション」

 その日は全ての衣装が完成し、役者は早速着たまま練習をしていた。

  第1幕はお妃お妃のシーンだ。鏡に見立てた机と椅子の前に跪き、私はそっと鏡に手を這わせる。

「鏡よ鏡…。答えて。世界で1番美しいのは…誰?」
 
 司から教えてもらった、声を震わせる技術を存分に使い、私は椅子に縋り付いた。その様子に、観衆からはほぉ、と息をつく音が聞こえた。

「…綺麗」
「久住さんめっちゃ良いね」

 私は表情を崩さないまま、心の中でほくそ笑んでいた。

 
 ぬぉほほほほほ!そうだろそうだろ。
 だって司に何回も怒られながら練習していたんだもーん。私は努力してんだよ!
 
 

「ええっ。でも、悪役ぽくはないと思うのぉ」

 お、きたな。

 柏木が、ふるふると私を指差し、近くにいた監督の男子に歩み寄る。

「んー。でも、これはこれでいいと思うけどな」
「だけどっ、お婆さんはわるーい人なんだよっ?こんなの、明らかに違うよっ」

 柏木の説得に、脚本担当の瑞季が動いた。

「あー。確かに童話ではそうだわ。お妃は一方的に悪い人だってなってる。でも、これでいいと思う」
 
 瑞季はちらりと私を見ると、ニッと笑った。どうやら助けてくれるらしい。

 ここの場面は、これまでの練習では同様に演じた。クオリティ自体は今のが断然良いが、演技自体は変わらない。
 本番1週間前に変更しようと言い出してくるあたり、とうとう柏木が動き出したという感じがする。

「どうしてぇ?」
 柏木が笑顔でこてん、と首をかしげる。
 その首にそのままチョップしてやりたい衝動に私は耐えたが、まあ良い。

 あーあ。柏木、愚か者め。
 瑞季はあんまり頭良い方ではないけど、国語と文学に対する熱意はすごい。
 私は理系だから、てんでダメだ。なので、この場は瑞季に任せよう。
 

「まず、鏡みたいな無機質的なものに縋り付いてまで、美しい人を問う時点で、お妃は通常の精神状態じゃない。加えて、自分より美しい人が、手塩をかけて育てた娘となれば、嫉妬やら何やらでぐちゃぐちゃになるっしょ」

「そんなの絶対おかしいわよ!」

「白雪姫の原作を知らないの?あぁ、柏木本読まなそうだもんね。お妃はね、自分の愛する旦那さん…つまり国王を、娘である白雪姫に寝取られてんの。これ以上にない、ボロッボロのメンタルなんだよ」

 …えっ。
 これには、私もポカーン。
 そんなえげつない話なの?
 
 ディズニー版とかは、お妃は白雪姫の継母っていうのに対して、原作のお妃と白雪姫が実の親子関係ってことは結構有名だと思う。私も、白雪姫についてそんなに詳しいわけじゃないけど、それはテレビかなんかで聞いたことある。

 だけど寝取るって…。白雪姫は、実の父親とそういう関係があったってこと?
 
 なんとなく、私は父の顔を思い浮かべてしまう。
 うへぇ、私には考えられんな。私の父はそれなりに顔は整っているけど、やっぱり父は父。大切な存在であるが、男として見るなんて、想像するだけでもゾッとする。

 しかし、柏木の方を見ると、その顔はひどく動揺しているように見えた。
しかも、演技じゃない。本当に、心の底から怯えているような顔。

 思わず、私は大丈夫かと、柏木に言いたくなった。
 
「いい?柏木。高校生のやる劇なんだから、悪役を一方的に悪役とするのは面白くないの。絶対悪なんてこの世にはない。それに、凄い綺麗でしょ、鏡花は。集客上げるためにも演出的にもそのままでいいでしょ」

 あまりにも凄い説得に、私たちクラスメイトは口をあんぐり開けて固まっていた。
  瑞季さーん。凄い嬉しいんだけど、でもなんかズレてるぅ!

 しかし、クラスメイトは明るい面持ちで次々と自由に発言する。

「うん!たしかにこのままのが私も好き~」
「なんかよくわからないけど、たしかにお妃だけに全ての悪を押し付けるのは違うよなぁ」
「実際問題、本番まで時間ないし、変えるのは不可能だしね。今までもこれで良かったわけだし」

 ま、マジか。
 結構単純なクラスメイトに驚きつつ、瑞季に感謝した。


 柏木を横目で見ると、顔面蒼白になってふらふらとしていた。
 足がガタガタと震えていて、その尋常じゃない様子に、私は本能的に駆け出していた。

「危なっ!」
 
 案の定倒れ込んだ柏木を、すんでのところでキャッチする。
 私は通常の女子より身長が高いし、運動部で体力もあるから、柏木を支えることくらい朝飯前だった。

「えっ、柏木さん大丈夫?」

「なんか顔色やばくね?」


 さっきの歓喜モードから一転、教室に暗雲が漂う。

「このクラスの保健委員って…わ、私だ」

 ちくしょう、私が柏木を助けてやらないといけないとは。
 
「ちょっと抜ける。すぐ戻るから、先に違う人のところやってて」
 
 私はそう言うと、柏木を支えながら教室を出る。

「ごめん、久住さんありがとう。……うん。わかった。…よし、小人のシーンから通していくよ」

 監督の声と、騒ついた教室の声が、廊下まで響いていた。


 
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