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第二章 「魔性と本能」
第7話
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あれからというもの。
私は柏木に絡まれることは無くなった。
「なーんか調子狂うよねえ。あんなに鏡花に目をつけてたのに」
瑞季の言葉に頷きつつ、私は無意識に柏木を目で追っていた。
別に特に変わったところはない。
ぶりっ子で、でも世渡りが上手くて、男女ともに人望がある。
いつもと変わらない柏木と、いつになく忙しない私。まるで鏡写しのようだった。
「久住さん。そこ、違う」
「……え?」
「書く欄違ってるよぉ」
ボーッとしていると、目の前に柏木が立っていた。
慌てて書いていた書類に目をやると、氏名欄のところに学年を書いていた。
「あ、本当」
「ちょっと柏木。あんた、また鏡花に絡むつもり?」
「瑞季って相変わらず小うるさいよねぇ。間違いを指摘してあげたのにぃ」
「それはあんたが今まで鏡花に絡んでたからでしょーが!最近はしなくなってたから油断してたけど!」
確かにらしくないよね。
瑞季には、今まで「中村さん」と苗字で呼んでいたのに、今はちゃっかり名前呼びだし。
まあ、瑞季と柏木って元々顔見知りみたいだし、名前呼びしてても普通だけど、今までが変によそよそしいっていうかなんていうか。
柏木と私と太一の関係も気になるけど、瑞季と柏木の間で何があったのかも気になるよね。
「ま、こんな無意味な喧嘩やめようよ。私は久住さんに伝言を持ってきただけだから。保健委員は17時に会議室で集会やるんだって」
「あ、うん。どうも」
じゃ、と言うと柏木は踵を返して廊下の喧騒に消えた。
「なんなのあいつ。憑き物取れたみたいになっちゃってさ」
「そうかな?むしろ私は、あっちが本性だと思ってるけど」
柏木沙羅。本当に不思議な子。
私は首を傾げると、番号を消しゴムで消して名前を書き変えた。
「ところでさー、鏡花はさっきからなに書いてるの?」
「あ、これ?」
思わず笑みが溢れてしまう。
「これはテニス部の出し物の許可書!」
「へえ、なんか嬉しそう」
「だって私たちメイド喫茶やるんだよ。そんなの、男狩まくれるじゃない!」
瑞季が引き笑いしているのを尻目に、私はにっこり笑ってハンコを押した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
17時3分。
いっけなーい、遅刻遅刻。
私は周囲も憚らず、走っていた。
文化祭前の廊下はどこもかしこも風船やらダンボールやらが置かれていて、とってもカラフルな空間を、私の上履きが裁つようにして滑っていた。
「会議室…だったよな」
元々時間にはルーズなところはあるが、今回はそういうわけにもいかず。
というのも、保健委員顧問の先生がそれはそれは怖いお局教師で、遅刻などにはとても煩いからである。
周囲の視線を集めながらも、なんとか会議室へとたどり着くと、一つ呼吸。
そしてそのまま静かに扉を開けた。
「す、すみませ~ん、遅くなって…」
いつもなら、ここで「遅い!」と怒声が飛んできそうなのに、今日は変だ。
だって、誰もいないではないか。
「…あれ?」
会議室は、ここで間違いないはずだ。
時間を間違えた?まさか、柏木私に嘘の情報を…?
私はそっと会議室の中に入ると、もう一度声をかけたが、やはり誰もいない。
これは、どういうー…?
「遅かったね、4分遅刻」
突然死角になっていた柱時計から、ゆらりと人影が現れた。その声は私の見知っている、柔らかく、そして高い声だった。
「…柏木」
「騙してごめんね?でも、こうでもしないと、瑞季が付いてきそうだったから」
柏木は、真っ赤な唇を歪ませると、無言で私に歩み寄ってきた。
夕日の逆光で顔が真っ暗なのに、柏木の唇の赤色だけは厭に鮮やかで、私はカタカタと震えていた。
「なぁに。悪いことは何もしないよ。ただ、2人でお話がしたかったの」
私は急いで踵を返すと、部屋から出て行こうとした。けれど、その手を柏木に掴まれる。とても、熱い手のひらだった。
「…傷ついちゃうね。本当に、何もしないって」
私は、ひどく動揺していた。
どうしてだか分からない。ただ、この柏木沙羅という人物に、どうしようもない既視感を覚えていた。
「離して」
力なら、現役運動部の私の方がある。彼女を突き放すのなんて、造作もないことだ。
けれど、それはできればしたくない。穏便に済ませたかったのに。
「鏡花」
柏木は急に私の腕を引くと、私をギュッと抱きしめた。
何が起きているのか分からなくて、目を丸くしながらも、流石にこのときは手が出た。
「ちょ、なにっ!?やめてよ」
ドン、と軽く両手を突き出すと、柏木はいとも簡単に離れる。そのときの彼女の辛そうな顔が、何故だか脳裏に強く残ってしまった。
「鏡花、ごめん。…でも、私はずっと、ずっとあんたの味方だから。美しいあんたの味方だから。それだけは、絶対に忘れないで」
途切れ途切れに、それでもハッキリとそういうと、柏木はスッと目を細めた。
「来週、頑張ろうね」
「…ねえ、よく分からないんだけど。どうして私の味方とかいうの?私のこと嫌ってたでしょ!?」
「その理由は今は言えないけど、私があんたのことを嫌いになるのは、ありえないから」
「…っ、じゃああのときの言葉は…?太一がヤバいとかなんとか…」
「あー、朝枝太一ね。それもまだ言えない。ごめんね。思ったより、時間がかかりそう」
混乱した私の肩をポン、と叩き、「でも、絶対取り戻すからね」とうっそりとした表情で笑うと、柏木はそのまま部屋から出て行った。
彼女の香水の香りが、その場に漂った。それは、まるでリンゴのような匂いだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
練習は特に滞りなく進み、いよいよ文化祭を迎えた。
昨日より一層と涼しくなった空気を肌で感じながら、顔を洗って歯を磨いて、よし頑張ろう!とか思って携帯を開くと、付き合っている男たちからの大量のお誘いメールと、太一のスタンプ連打LINEが届いていた。
「うげ。通知146件とか…」
かなりドン引きしながらも、太一のLINEを遡る。
好き、とかハートマークのスタンプがしばらく続き、ようやく文面までたどり着いたときにはすっかり出る時間になっていた。
「うわ、最悪!まあいいや。後で見よ」
トーストだけ軽く齧り、私は身支度もそこそこに家を出た。
すると。
「おはよう!鏡花」
で、出たー!
続く
私は柏木に絡まれることは無くなった。
「なーんか調子狂うよねえ。あんなに鏡花に目をつけてたのに」
瑞季の言葉に頷きつつ、私は無意識に柏木を目で追っていた。
別に特に変わったところはない。
ぶりっ子で、でも世渡りが上手くて、男女ともに人望がある。
いつもと変わらない柏木と、いつになく忙しない私。まるで鏡写しのようだった。
「久住さん。そこ、違う」
「……え?」
「書く欄違ってるよぉ」
ボーッとしていると、目の前に柏木が立っていた。
慌てて書いていた書類に目をやると、氏名欄のところに学年を書いていた。
「あ、本当」
「ちょっと柏木。あんた、また鏡花に絡むつもり?」
「瑞季って相変わらず小うるさいよねぇ。間違いを指摘してあげたのにぃ」
「それはあんたが今まで鏡花に絡んでたからでしょーが!最近はしなくなってたから油断してたけど!」
確かにらしくないよね。
瑞季には、今まで「中村さん」と苗字で呼んでいたのに、今はちゃっかり名前呼びだし。
まあ、瑞季と柏木って元々顔見知りみたいだし、名前呼びしてても普通だけど、今までが変によそよそしいっていうかなんていうか。
柏木と私と太一の関係も気になるけど、瑞季と柏木の間で何があったのかも気になるよね。
「ま、こんな無意味な喧嘩やめようよ。私は久住さんに伝言を持ってきただけだから。保健委員は17時に会議室で集会やるんだって」
「あ、うん。どうも」
じゃ、と言うと柏木は踵を返して廊下の喧騒に消えた。
「なんなのあいつ。憑き物取れたみたいになっちゃってさ」
「そうかな?むしろ私は、あっちが本性だと思ってるけど」
柏木沙羅。本当に不思議な子。
私は首を傾げると、番号を消しゴムで消して名前を書き変えた。
「ところでさー、鏡花はさっきからなに書いてるの?」
「あ、これ?」
思わず笑みが溢れてしまう。
「これはテニス部の出し物の許可書!」
「へえ、なんか嬉しそう」
「だって私たちメイド喫茶やるんだよ。そんなの、男狩まくれるじゃない!」
瑞季が引き笑いしているのを尻目に、私はにっこり笑ってハンコを押した。
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17時3分。
いっけなーい、遅刻遅刻。
私は周囲も憚らず、走っていた。
文化祭前の廊下はどこもかしこも風船やらダンボールやらが置かれていて、とってもカラフルな空間を、私の上履きが裁つようにして滑っていた。
「会議室…だったよな」
元々時間にはルーズなところはあるが、今回はそういうわけにもいかず。
というのも、保健委員顧問の先生がそれはそれは怖いお局教師で、遅刻などにはとても煩いからである。
周囲の視線を集めながらも、なんとか会議室へとたどり着くと、一つ呼吸。
そしてそのまま静かに扉を開けた。
「す、すみませ~ん、遅くなって…」
いつもなら、ここで「遅い!」と怒声が飛んできそうなのに、今日は変だ。
だって、誰もいないではないか。
「…あれ?」
会議室は、ここで間違いないはずだ。
時間を間違えた?まさか、柏木私に嘘の情報を…?
私はそっと会議室の中に入ると、もう一度声をかけたが、やはり誰もいない。
これは、どういうー…?
「遅かったね、4分遅刻」
突然死角になっていた柱時計から、ゆらりと人影が現れた。その声は私の見知っている、柔らかく、そして高い声だった。
「…柏木」
「騙してごめんね?でも、こうでもしないと、瑞季が付いてきそうだったから」
柏木は、真っ赤な唇を歪ませると、無言で私に歩み寄ってきた。
夕日の逆光で顔が真っ暗なのに、柏木の唇の赤色だけは厭に鮮やかで、私はカタカタと震えていた。
「なぁに。悪いことは何もしないよ。ただ、2人でお話がしたかったの」
私は急いで踵を返すと、部屋から出て行こうとした。けれど、その手を柏木に掴まれる。とても、熱い手のひらだった。
「…傷ついちゃうね。本当に、何もしないって」
私は、ひどく動揺していた。
どうしてだか分からない。ただ、この柏木沙羅という人物に、どうしようもない既視感を覚えていた。
「離して」
力なら、現役運動部の私の方がある。彼女を突き放すのなんて、造作もないことだ。
けれど、それはできればしたくない。穏便に済ませたかったのに。
「鏡花」
柏木は急に私の腕を引くと、私をギュッと抱きしめた。
何が起きているのか分からなくて、目を丸くしながらも、流石にこのときは手が出た。
「ちょ、なにっ!?やめてよ」
ドン、と軽く両手を突き出すと、柏木はいとも簡単に離れる。そのときの彼女の辛そうな顔が、何故だか脳裏に強く残ってしまった。
「鏡花、ごめん。…でも、私はずっと、ずっとあんたの味方だから。美しいあんたの味方だから。それだけは、絶対に忘れないで」
途切れ途切れに、それでもハッキリとそういうと、柏木はスッと目を細めた。
「来週、頑張ろうね」
「…ねえ、よく分からないんだけど。どうして私の味方とかいうの?私のこと嫌ってたでしょ!?」
「その理由は今は言えないけど、私があんたのことを嫌いになるのは、ありえないから」
「…っ、じゃああのときの言葉は…?太一がヤバいとかなんとか…」
「あー、朝枝太一ね。それもまだ言えない。ごめんね。思ったより、時間がかかりそう」
混乱した私の肩をポン、と叩き、「でも、絶対取り戻すからね」とうっそりとした表情で笑うと、柏木はそのまま部屋から出て行った。
彼女の香水の香りが、その場に漂った。それは、まるでリンゴのような匂いだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
練習は特に滞りなく進み、いよいよ文化祭を迎えた。
昨日より一層と涼しくなった空気を肌で感じながら、顔を洗って歯を磨いて、よし頑張ろう!とか思って携帯を開くと、付き合っている男たちからの大量のお誘いメールと、太一のスタンプ連打LINEが届いていた。
「うげ。通知146件とか…」
かなりドン引きしながらも、太一のLINEを遡る。
好き、とかハートマークのスタンプがしばらく続き、ようやく文面までたどり着いたときにはすっかり出る時間になっていた。
「うわ、最悪!まあいいや。後で見よ」
トーストだけ軽く齧り、私は身支度もそこそこに家を出た。
すると。
「おはよう!鏡花」
で、出たー!
続く
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