79 / 87
第五番
第78話 夜の戦い
しおりを挟む
時は少し遡り、ここは王国南部、天流地方の中核都市。
日はすでに落ち、街角に並びたつ商店の灯りがこうこうと明るい。
ひとつの店で、三人連れの客が商品を物色していた。通りに面した硝子窓には目玉商品が陳列され、店内は天井までずらりと商品が積みあげられている。それらは大小さまざまの木箱であった。その中には〈流〉を詰めてある、と店頭には謳われている。
そう、ここは〈流の箱〉を売る店だ。
三人連れの客のうち、いかつい男が大きめの箱をにらんで言う。
「あの船を飛ばすにゃ、こんな小さい箱じゃ力不足じゃねぇか? もっとどーんとでかいのを探してるんだが……」
洒落者めいた青年が、小箱を手にとってもて遊びながら答える。
「もう六軒も見てきたじゃないですか。そろそろなにか買って帰ることにして、試すべきじゃありませんか?」
「がらくたが増えるだけな気もしますが」
三人目の客、給仕のいでたちの少女が、大人しげな容貌によらず毒舌を吐く。
いかつい男が少女に顔を向けた。
「たぁーっ! 扇おまえ、信じてねぇな! 灯さんは言ったじゃないか、この動力源の箱があれば空飛ぶ船になるって」
「灯さんが言ったのは、動力がないので空は飛ばせない、です」
少女扇は、淡々と相手の男、鎧を諭す。
「まぁまぁ、試すのは悪くないでしょ。こうしている間も、准やしずちゃんは王都でがんばってんだ、俺たちも──」
青年彗が軽やかに二人を取りなしたとき、かたかたと小さな音が店中に響いた。
三人があたりを見回す間も、音は収まらない。扇が鋭く言った。
「箱の中が揺れています」
「なにぃ? 箱の中って、〈流〉か?」
鎧が思わず箱から距離を取る。
「なんかやばいですぜ、出ましょう!」
彗の一声で三人が店外へ駆けでると──店の一面の硝子窓が凄まじい音を立てて割れ、店内からこの世のものとは思えぬなにかが怪物の腕のように伸びた。銀色にぎらめく腕は、割れた窓も通りの石畳も、触れたものをすべて呑みこみ消し去っていく。
それは地面や中空を伸びゆきながら、異空間の谷のように口を開き、場を侵食する怪異だった。裂けた場の向こうは、輝きを煮詰めたような銀色が満ち、理が異なる世界が広がっていると一目でわかる。
と同時に、音の嵐が吹きあれはじめた。聴いたこともない不穏な交響曲が、暴風とともに街中を包む。奇怪な動きの音階は、見えない刃となって彗たちの身を裂いていく。一瞬の痛みはあるが、傷にはならない。まるで音符が体をすりぬけていくかのように──。
「ななな、なんですこりゃあ!」
すんでのところで怪異を避けた彗が、扇を背に守りながら逃げ道を探す。怪異の腕は店からほうぼうへ伸びて街を襲い、他方、通りの上空の街灯の周りにも異空間が大きく裂け、隣りあう商店からも裂け目が広がるのが見えた。
夜の街を歩いていた人々が、駆けだしたり、行く手をふさがれて逃げ惑ったり、呆然と立ちつくしたりしながら、悲鳴や大声をあげている。そんな人々の上へも怪異は容赦なく襲いかかり、人を呑んだ。
呑まれた者は、輝きの中に消えた。
触れて逃げた者は、黒づくめの影になっていく。
「やべぇぞ!」
「逃げましょう!」
大恐慌の街を、鎧と彗は、走るのが苦手な人形の扇の手を引き、しまいにはおぶって駆けまわった。
その間、頭上では吹きあれていた音の嵐に、別の交響曲がぶつかり、音楽の断片が重なりあって、聴く者を壊しかねない不協和音を轟かせていた。そこにさらに新たな交響曲が吹いてきては戦いを挑む。いくつもの異なる交響曲が、風と風がぶつかるように、雲が交差するように、せめぎあって響いた。
「この響きは、緑流さんでは……」
彗におぶわれながら、扇が夜空を見あげてつぶやく。
「〈流〉たちの本気の演奏会ですかい、ご遠慮願いたいなぁ!」
彗はそう答えつつ、目の前に開いた怪異の裂け目を飛び越して避けた。その先には、影になった者たちが亡霊のようにさまよい歩いていた。彗と扇は、影の一群に飛びこんでしまい、慌てて走りでる。体は無事であった。
「ひょえぇ……間一髪!」
扇をおぶいなおした彗に、こっちだ、と鎧の声がかかる。
どれくらい夢中で逃げ惑ったか──夜空で響く音楽の戦いがぱたりと止んだ。
「なんだぁ……?」
「戦が終わったんですかね」
路地裏に逃げこんでいた鎧と彗が、こわごわと通りに顔をのぞかせる。
街はしんとして、怪物の爪痕は広がったそのままの形で動きを止め、風に吹かれていた。夜にまぎれて歩いていた影たちの姿もない。
扇が通りに歩きでて立ちつくし、ぽつりと言った。
「なつかしい音楽が聴こえます……誰かが呼んでいる」
その瞬間、扇の足元がまばゆく光り輝いた。
「今度はなんですかい!」
「扇の足が光ってるぞ!」
彗と鎧が、扇の肩や手をつかんだ途端、光が弾け──三人の姿はその街から消え失せた。
*
日はすでに落ち、街角に並びたつ商店の灯りがこうこうと明るい。
ひとつの店で、三人連れの客が商品を物色していた。通りに面した硝子窓には目玉商品が陳列され、店内は天井までずらりと商品が積みあげられている。それらは大小さまざまの木箱であった。その中には〈流〉を詰めてある、と店頭には謳われている。
そう、ここは〈流の箱〉を売る店だ。
三人連れの客のうち、いかつい男が大きめの箱をにらんで言う。
「あの船を飛ばすにゃ、こんな小さい箱じゃ力不足じゃねぇか? もっとどーんとでかいのを探してるんだが……」
洒落者めいた青年が、小箱を手にとってもて遊びながら答える。
「もう六軒も見てきたじゃないですか。そろそろなにか買って帰ることにして、試すべきじゃありませんか?」
「がらくたが増えるだけな気もしますが」
三人目の客、給仕のいでたちの少女が、大人しげな容貌によらず毒舌を吐く。
いかつい男が少女に顔を向けた。
「たぁーっ! 扇おまえ、信じてねぇな! 灯さんは言ったじゃないか、この動力源の箱があれば空飛ぶ船になるって」
「灯さんが言ったのは、動力がないので空は飛ばせない、です」
少女扇は、淡々と相手の男、鎧を諭す。
「まぁまぁ、試すのは悪くないでしょ。こうしている間も、准やしずちゃんは王都でがんばってんだ、俺たちも──」
青年彗が軽やかに二人を取りなしたとき、かたかたと小さな音が店中に響いた。
三人があたりを見回す間も、音は収まらない。扇が鋭く言った。
「箱の中が揺れています」
「なにぃ? 箱の中って、〈流〉か?」
鎧が思わず箱から距離を取る。
「なんかやばいですぜ、出ましょう!」
彗の一声で三人が店外へ駆けでると──店の一面の硝子窓が凄まじい音を立てて割れ、店内からこの世のものとは思えぬなにかが怪物の腕のように伸びた。銀色にぎらめく腕は、割れた窓も通りの石畳も、触れたものをすべて呑みこみ消し去っていく。
それは地面や中空を伸びゆきながら、異空間の谷のように口を開き、場を侵食する怪異だった。裂けた場の向こうは、輝きを煮詰めたような銀色が満ち、理が異なる世界が広がっていると一目でわかる。
と同時に、音の嵐が吹きあれはじめた。聴いたこともない不穏な交響曲が、暴風とともに街中を包む。奇怪な動きの音階は、見えない刃となって彗たちの身を裂いていく。一瞬の痛みはあるが、傷にはならない。まるで音符が体をすりぬけていくかのように──。
「ななな、なんですこりゃあ!」
すんでのところで怪異を避けた彗が、扇を背に守りながら逃げ道を探す。怪異の腕は店からほうぼうへ伸びて街を襲い、他方、通りの上空の街灯の周りにも異空間が大きく裂け、隣りあう商店からも裂け目が広がるのが見えた。
夜の街を歩いていた人々が、駆けだしたり、行く手をふさがれて逃げ惑ったり、呆然と立ちつくしたりしながら、悲鳴や大声をあげている。そんな人々の上へも怪異は容赦なく襲いかかり、人を呑んだ。
呑まれた者は、輝きの中に消えた。
触れて逃げた者は、黒づくめの影になっていく。
「やべぇぞ!」
「逃げましょう!」
大恐慌の街を、鎧と彗は、走るのが苦手な人形の扇の手を引き、しまいにはおぶって駆けまわった。
その間、頭上では吹きあれていた音の嵐に、別の交響曲がぶつかり、音楽の断片が重なりあって、聴く者を壊しかねない不協和音を轟かせていた。そこにさらに新たな交響曲が吹いてきては戦いを挑む。いくつもの異なる交響曲が、風と風がぶつかるように、雲が交差するように、せめぎあって響いた。
「この響きは、緑流さんでは……」
彗におぶわれながら、扇が夜空を見あげてつぶやく。
「〈流〉たちの本気の演奏会ですかい、ご遠慮願いたいなぁ!」
彗はそう答えつつ、目の前に開いた怪異の裂け目を飛び越して避けた。その先には、影になった者たちが亡霊のようにさまよい歩いていた。彗と扇は、影の一群に飛びこんでしまい、慌てて走りでる。体は無事であった。
「ひょえぇ……間一髪!」
扇をおぶいなおした彗に、こっちだ、と鎧の声がかかる。
どれくらい夢中で逃げ惑ったか──夜空で響く音楽の戦いがぱたりと止んだ。
「なんだぁ……?」
「戦が終わったんですかね」
路地裏に逃げこんでいた鎧と彗が、こわごわと通りに顔をのぞかせる。
街はしんとして、怪物の爪痕は広がったそのままの形で動きを止め、風に吹かれていた。夜にまぎれて歩いていた影たちの姿もない。
扇が通りに歩きでて立ちつくし、ぽつりと言った。
「なつかしい音楽が聴こえます……誰かが呼んでいる」
その瞬間、扇の足元がまばゆく光り輝いた。
「今度はなんですかい!」
「扇の足が光ってるぞ!」
彗と鎧が、扇の肩や手をつかんだ途端、光が弾け──三人の姿はその街から消え失せた。
*
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。
雨宮羽那
恋愛
侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。
(私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。
しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。
絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。
彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――?
◇◇◇◇
※全5話
※AI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる