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第16話 この選択を、私のまま受け止めてほしい
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格式ある応接室に、背筋が自然と伸びる。
高級なベルベットのソファに、整然と並べられた銀のティーセット。
窓から差し込む午後の光すら、計算されたかのように上品に映える。
ここは、レイヴン公爵家の迎賓室——
今日、私とジークの「正式な顔合わせ」の場が設けられた場所だった。
「深呼吸、しておいた方がいいよ」
隣でユリウス兄さまが、低くささやくように言った。
私はこくりと頷き、小さく息を吸い込んだ。
父と母、そして私。
私たちミルフォード家の三人が揃って、公爵家の者たちと向き合う。
——少し前まで、想像すらしていなかった光景。
ジークの隣に座るのが、当たり前のように感じる今の私自身が、どこか不思議だった。
「ようこそお越しくださいました、ミルフォード子爵ご一家」
落ち着いた声が部屋に響いた。
そうして現れたのは、レイヴン公爵——ジークの父だった。
背筋の伸びた、いかにも“公爵”らしい風格のある人物。
厳しさをたたえたその目に、私は思わず背筋を正した。
「本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございます」
父が深く頭を下げる。
母も私も、それに倣った。
「……うむ。まずは、若い二人の意志が変わらぬものであることを確認したい」
その言葉に、私は一瞬だけ目を閉じた。
そして、しっかりと顔を上げた。
「私、ティナ・ミルフォードは、ジークハルト・レイヴン様との婚約に向けて、真剣に考え、決意しております」
視線をまっすぐに保ったまま、はっきりと言葉を紡ぐ。
誰かのためじゃなく、“自分の声”として。
ジークは、静かに微笑んで頷いた。
「私も同じです。ティナと共に歩むことを望みます」
部屋に、ひとつ静かな間が流れる。
「……そうか」
レイヴン公爵はゆっくりと頷いた。
その表情は読み取りにくく、けれど怒気は感じられなかった。
「ティナ嬢。あなたが描いた絵を、私も王宮で拝見しました」
「……ありがとうございます」
「たしかに、美しい絵でした。感情を穏やかに揺さぶる、静かで品のある筆致。
だが、貴族というものは、絵だけでは成り立たぬものです。
君は、我がレイヴン家の当主夫人としての責任を、どのように受け止めているのかね?」
真正面からの問いかけ。
胸の奥に、ぐっと重さがのしかかる。
けれど、逃げたくなかった。
「絵を描く私が、レイヴン家の責任を果たせるのか。そう疑問を持たれるのは、当然のことだと思います」
私は少し息を整えて、続けた。
「でも、私は“絵を描くこと”と“誰かと共に生きること”は、矛盾しないと信じています。
私にとって絵は、感情を整理する手段であり、誰かと繋がる窓です。
ジークさんと共に歩むことは、その“窓”をより広げることになると思っています」
「……ふむ」
「私は、レイヴン家の一員になることを、ただの“肩書き”としてではなく、“家族”として受け止めたい。
その覚悟は、私なりに……持っています」
沈黙が流れた。
けれど、逃げなかった。
私は、私の言葉で向き合った。
「……理解した」
ようやく、公爵が口を開いた。
「思っていたよりずっと……芯のある娘だな。
ジーク、お前は良い伴侶を見つけたようだ」
「……ありがとうございます、父上」
その瞬間、場の空気がふわりと緩んだ。
母がそっと私の背を撫で、兄が小さく頷く。
緊張がほぐれ、私はようやく胸の奥から息を吐いた。
その日の夕暮れ、ミルフォード家の馬車に揺られながら、私は窓の外に広がる空を見つめていた。
「……終わったね」
「うん。お前、よく頑張ったよ」
ユリウス兄さまの声が優しくて、思わず涙がにじみそうになる。
「私、ちゃんと“ティナ・ミルフォード”として話せたかな」
「話せてたさ。間違いなく、堂々としてた。……立派だったよ」
私はその言葉を胸の奥にしまいながら、空に広がる雲の輪郭を見つめた。
この空は、きっとこれからもっと広がっていく。
私が、自分の意志で選んだ道を、歩いていける未来へ。
高級なベルベットのソファに、整然と並べられた銀のティーセット。
窓から差し込む午後の光すら、計算されたかのように上品に映える。
ここは、レイヴン公爵家の迎賓室——
今日、私とジークの「正式な顔合わせ」の場が設けられた場所だった。
「深呼吸、しておいた方がいいよ」
隣でユリウス兄さまが、低くささやくように言った。
私はこくりと頷き、小さく息を吸い込んだ。
父と母、そして私。
私たちミルフォード家の三人が揃って、公爵家の者たちと向き合う。
——少し前まで、想像すらしていなかった光景。
ジークの隣に座るのが、当たり前のように感じる今の私自身が、どこか不思議だった。
「ようこそお越しくださいました、ミルフォード子爵ご一家」
落ち着いた声が部屋に響いた。
そうして現れたのは、レイヴン公爵——ジークの父だった。
背筋の伸びた、いかにも“公爵”らしい風格のある人物。
厳しさをたたえたその目に、私は思わず背筋を正した。
「本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございます」
父が深く頭を下げる。
母も私も、それに倣った。
「……うむ。まずは、若い二人の意志が変わらぬものであることを確認したい」
その言葉に、私は一瞬だけ目を閉じた。
そして、しっかりと顔を上げた。
「私、ティナ・ミルフォードは、ジークハルト・レイヴン様との婚約に向けて、真剣に考え、決意しております」
視線をまっすぐに保ったまま、はっきりと言葉を紡ぐ。
誰かのためじゃなく、“自分の声”として。
ジークは、静かに微笑んで頷いた。
「私も同じです。ティナと共に歩むことを望みます」
部屋に、ひとつ静かな間が流れる。
「……そうか」
レイヴン公爵はゆっくりと頷いた。
その表情は読み取りにくく、けれど怒気は感じられなかった。
「ティナ嬢。あなたが描いた絵を、私も王宮で拝見しました」
「……ありがとうございます」
「たしかに、美しい絵でした。感情を穏やかに揺さぶる、静かで品のある筆致。
だが、貴族というものは、絵だけでは成り立たぬものです。
君は、我がレイヴン家の当主夫人としての責任を、どのように受け止めているのかね?」
真正面からの問いかけ。
胸の奥に、ぐっと重さがのしかかる。
けれど、逃げたくなかった。
「絵を描く私が、レイヴン家の責任を果たせるのか。そう疑問を持たれるのは、当然のことだと思います」
私は少し息を整えて、続けた。
「でも、私は“絵を描くこと”と“誰かと共に生きること”は、矛盾しないと信じています。
私にとって絵は、感情を整理する手段であり、誰かと繋がる窓です。
ジークさんと共に歩むことは、その“窓”をより広げることになると思っています」
「……ふむ」
「私は、レイヴン家の一員になることを、ただの“肩書き”としてではなく、“家族”として受け止めたい。
その覚悟は、私なりに……持っています」
沈黙が流れた。
けれど、逃げなかった。
私は、私の言葉で向き合った。
「……理解した」
ようやく、公爵が口を開いた。
「思っていたよりずっと……芯のある娘だな。
ジーク、お前は良い伴侶を見つけたようだ」
「……ありがとうございます、父上」
その瞬間、場の空気がふわりと緩んだ。
母がそっと私の背を撫で、兄が小さく頷く。
緊張がほぐれ、私はようやく胸の奥から息を吐いた。
その日の夕暮れ、ミルフォード家の馬車に揺られながら、私は窓の外に広がる空を見つめていた。
「……終わったね」
「うん。お前、よく頑張ったよ」
ユリウス兄さまの声が優しくて、思わず涙がにじみそうになる。
「私、ちゃんと“ティナ・ミルフォード”として話せたかな」
「話せてたさ。間違いなく、堂々としてた。……立派だったよ」
私はその言葉を胸の奥にしまいながら、空に広がる雲の輪郭を見つめた。
この空は、きっとこれからもっと広がっていく。
私が、自分の意志で選んだ道を、歩いていける未来へ。
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