『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ

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第20話 私は私のままで、あなたと生きたい

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「……展示完了、です」

 係員が声をかけたとき、私は一歩引いて、自分の絵を見つめた。

 キャンバスの中には、風の吹き抜けたあとの草原が描かれていた。
 花が咲く直前の、少しだけ冷たい空気。
 でもそこに、ひとりの女性が立っている。
 背を向けながらも、顔だけこちらを振り返っている。

 その表情は——
 描きながら、何度も悩んだ。

 “笑顔”ではなく、“決意”のような顔。
 やわらかさも、戸惑いも、強さも、全部その中に混ぜ込んだ。

 これが、今の私。
 誰かにどう見られるかではなく、
「今の私をちゃんと描きたい」と思って筆を取った。

 タイトルは——『風のあとで、立つ』。

 風にさらされたあとでも、自分の意志で立つ姿を描いた。

「……うん。これでいい」

 私は心の中で小さく頷いた。



 展覧会が始まると、会場には思った以上の人が訪れた。
 王都の文化人、貴族、そして一般の絵好きの人たち。

「ミルフォード嬢の新作、見た? なんだか以前と雰囲気が違うわね」

「うん。前はもっと“優しさ”だったけど、今回は……芯があるというか」

「でも私は、こっちの方が好きかも。飾りじゃなくて、“生きてる”って感じがする」

 そんな会話が、耳に届いた。

 胸の奥が、少しだけ熱くなった。

(私は私でいていいんだ)

 誰かの期待に添おうとするよりも、
 自分の“心のまま”を描くことの方が、ずっと難しくて、でもずっと自由だった。

 そのとき——

「見せてもらったわ。……とても、良かった」

 あの静かな声に、私は振り返った。

「……セシリアさん」

 グレイ伯爵家の令嬢、セシリア・グレイ。
 数日前に鋭い言葉をくれた、あの人だった。

 今日は濃いネイビーのドレスを身にまとい、髪はすっきりとまとめられていた。
 でも、表情は——やわらかかった。

「あなた、変わったわね。……顔が」

「……変わったかな?」

「ええ。前は“見られること”を気にしていたけれど、今は“描くこと”に集中している目になっている」

 私は目を伏せて、ひとつ頷いた。

「セシリアさんの言葉が、ずっと残ってたの。……“本音を描いてるか”って」

「そう。あれは、あなたに向けたというより、昔の私に向けて言ったのかもしれない」

「……え?」

「私も昔、家の名のために絵を描いていた時期があったの。
 “グレイ家の令嬢が描いた”と評価されることばかりで、
 私自身が消えていくような気がしていた」

 私は息を呑んだ。
 まさか、彼女にもそんな過去があったなんて思いもしなかった。

「でも今のあなたの絵は、“ティナ・ミルフォード”が描いているって、ちゃんと伝わってくる。……それが、とても羨ましい」

「セシリアさん……」

 彼女は少しだけ微笑んで、手を差し出した。

「また会えるといいわね、画家として」

「……はい。ぜひまた」

 その言葉は、まるで“ライバルとしての約束”のようだった。



 夕方。展示の一区切りがついた頃、会場の裏手にある小さな庭園に出ると、そこにジークがいた。

「来てくれてたんだ」

「もちろん。……君の一番大切な日に、いないわけがない」

 彼は、私の手をそっと取って、木陰のベンチに導いた。

「絵、見たよ。……正直、驚いた。今までの君の作品とはまるで違っていて」

「……ちょっと怖かった。
 “いつものティナじゃない”って思われたらどうしようって」

「そう思ったよ。
 でもね、それでも“君だ”って、確かにわかった」

「……本当?」

「君が何を見て、何を感じて、何を信じて立ってるか。
 それが、ちゃんと絵に滲んでた。僕は……感動したよ」

 私は、ふと彼の肩に頭を預けた。

「ありがとう。……私、やっと自分の絵が好きって思えたの。
 誰かの期待じゃなくて、“私が描きたい”って心から思えたから」

「うん。その君が、僕は好きだ」

 その言葉に、胸がじんとあたたかくなる。

「ねえ、ジークさん。私たちって、きっといろんな人に見られてるんだよね」

「そうだね。これからもっと増えると思う」

「でも……私は、誰に何を言われても、“私のまま”で隣にいたい。
 あなたの未来がどうなっても、私が私でいられるように、一緒に生きたい」

 ジークは静かに私を見つめた。

「……なら、僕も誓うよ。
 ティナ・ミルフォードが、“ティナ・ミルフォードのまま”いられるように守る。
 君の絵も、心も、その全部を隣で大切にしていく」

 ふたりで見上げた空に、春の夕焼けが淡く広がっていた。

 まるで——新しい季節が、ふたりの未来を祝福しているようだった。
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