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第7話『揺らぐ静寂』
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「最近、ベルヴァール公爵は随分と変わったそうですわね」
その日、王都のとある茶会で、カトリーヌ・ド・ヴァルモンは何気ない風を装って言った。
「以前はどの令嬢の誘いも断っていたのに、最近では“ノアール令嬢のお屋敷”に頻繁に通っていらっしゃるとか」
「まあ、本当に?」
「ご婚約はまだ正式ではないのでしょう? それなのにあの距離感……」
「どちらからのご希望かしら」
周囲の令嬢たちは、まるで狩りの獲物を探す獣のように目を光らせた。
カトリーヌは、あくまで微笑んだまま紅茶に口をつける。
「もちろん、私には関係ありませんわ。ただ……公爵様のような方が“情”に流されることがあるのかと思って」
その一言で、集まった貴婦人たちの心に、小さな疑念の種が植えつけられた。
それが芽吹くのに、さほど時間はかからない。
「お姉様、今日はお手紙が二通。ひとつは王都の仕立て屋から、もうひとつは――カトリーヌ・ド・ヴァルモン嬢からです」
アデルの手から受け取った封筒には、あの整った筆跡と香水の匂いが漂っていた。
「ふふ……来たわね。わざわざ仕掛けてくださるなんて、丁寧なお方」
マリアンヌは封を切らずに火鉢の上へかざし、そのまま炎へ落とした。
「読まないのですか?」
「必要ないわ。どうせ“お茶会へのお誘い”か、“お詫びを兼ねた会談”でしょうもの」
「お詫び、ですか?」
「ええ。“純粋に心配している”という建前で、私の足元をすくおうとするのよ。私が“あの方にすがっている”ように見せかけたいの」
扇子を鳴らしながらマリアンヌは立ち上がった。
「でも、私は“自分の意思で彼を迎えている”の。誰の助けも必要としていない。……そう、見せておかないとね」
その夜、再びレオンがノアール家を訪れた。
「聞いた。今日、君への茶会の誘いがあったそうだな」
「ええ、ありました。でも、お断りしましたわ」
「なぜ?」
「その質問は少し、意外ですわね。まさか、私が“和解”を望んでいたと?」
「……いや。君は、赦すことはあっても、忘れることはないだろうと思っていた」
「その通りですわ」
マリアンヌは微笑んだ。その横顔には、どこか影のような美しさがあった。
「でも、私の過去の誇りを、わざわざ傷つけに来る人に付き合うほど、私は気が長くありませんの」
「……そうか」
レオンは静かに座り、彼女の正面に向き直る。
「ならば、私が代わりに“公の言葉”で表すべきか?」
「公の……?」
「正式な婚約を発表しよう」
その言葉に、マリアンヌは瞳を見開いた。
「……そんなに簡単に?」
「簡単ではない。だが、君に“守られる必要”がないことを示したい」
「……あなた、なぜそこまで?」
「君が私に、必要だと言ったからだ」
マリアンヌの胸が、一瞬だけざわめいた。
「……私はまだ、本当の意味で“あなたを信じる”には至っていませんわよ」
「わかっている。だが、信じてほしいとは言わない。“隣にいることを当たり前にする”――その方が、君の仮面を外す日が早い気がする」
マリアンヌは俯きかけた顔を上げ、扇子でそっと口元を隠す。
「……あなたって、本当に面倒くさい方ですのね」
「それは、褒め言葉として受け取る」
そのやりとりの中に、二人だけに通じる静かな呼吸があった。
それは、策略でも皮肉でも揺るがないもの。
マリアンヌはその夜、久しぶりに日記を開いた。
そこに、たった一言だけ書き記す。
“仮面の外側にも、空気はある”
その日、王都のとある茶会で、カトリーヌ・ド・ヴァルモンは何気ない風を装って言った。
「以前はどの令嬢の誘いも断っていたのに、最近では“ノアール令嬢のお屋敷”に頻繁に通っていらっしゃるとか」
「まあ、本当に?」
「ご婚約はまだ正式ではないのでしょう? それなのにあの距離感……」
「どちらからのご希望かしら」
周囲の令嬢たちは、まるで狩りの獲物を探す獣のように目を光らせた。
カトリーヌは、あくまで微笑んだまま紅茶に口をつける。
「もちろん、私には関係ありませんわ。ただ……公爵様のような方が“情”に流されることがあるのかと思って」
その一言で、集まった貴婦人たちの心に、小さな疑念の種が植えつけられた。
それが芽吹くのに、さほど時間はかからない。
「お姉様、今日はお手紙が二通。ひとつは王都の仕立て屋から、もうひとつは――カトリーヌ・ド・ヴァルモン嬢からです」
アデルの手から受け取った封筒には、あの整った筆跡と香水の匂いが漂っていた。
「ふふ……来たわね。わざわざ仕掛けてくださるなんて、丁寧なお方」
マリアンヌは封を切らずに火鉢の上へかざし、そのまま炎へ落とした。
「読まないのですか?」
「必要ないわ。どうせ“お茶会へのお誘い”か、“お詫びを兼ねた会談”でしょうもの」
「お詫び、ですか?」
「ええ。“純粋に心配している”という建前で、私の足元をすくおうとするのよ。私が“あの方にすがっている”ように見せかけたいの」
扇子を鳴らしながらマリアンヌは立ち上がった。
「でも、私は“自分の意思で彼を迎えている”の。誰の助けも必要としていない。……そう、見せておかないとね」
その夜、再びレオンがノアール家を訪れた。
「聞いた。今日、君への茶会の誘いがあったそうだな」
「ええ、ありました。でも、お断りしましたわ」
「なぜ?」
「その質問は少し、意外ですわね。まさか、私が“和解”を望んでいたと?」
「……いや。君は、赦すことはあっても、忘れることはないだろうと思っていた」
「その通りですわ」
マリアンヌは微笑んだ。その横顔には、どこか影のような美しさがあった。
「でも、私の過去の誇りを、わざわざ傷つけに来る人に付き合うほど、私は気が長くありませんの」
「……そうか」
レオンは静かに座り、彼女の正面に向き直る。
「ならば、私が代わりに“公の言葉”で表すべきか?」
「公の……?」
「正式な婚約を発表しよう」
その言葉に、マリアンヌは瞳を見開いた。
「……そんなに簡単に?」
「簡単ではない。だが、君に“守られる必要”がないことを示したい」
「……あなた、なぜそこまで?」
「君が私に、必要だと言ったからだ」
マリアンヌの胸が、一瞬だけざわめいた。
「……私はまだ、本当の意味で“あなたを信じる”には至っていませんわよ」
「わかっている。だが、信じてほしいとは言わない。“隣にいることを当たり前にする”――その方が、君の仮面を外す日が早い気がする」
マリアンヌは俯きかけた顔を上げ、扇子でそっと口元を隠す。
「……あなたって、本当に面倒くさい方ですのね」
「それは、褒め言葉として受け取る」
そのやりとりの中に、二人だけに通じる静かな呼吸があった。
それは、策略でも皮肉でも揺るがないもの。
マリアンヌはその夜、久しぶりに日記を開いた。
そこに、たった一言だけ書き記す。
“仮面の外側にも、空気はある”
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