『捨てられ令嬢は、孤高の公爵に娶られる』

ヤオサカ

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第11話『誓いの瞬間』

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 春の陽光が差し込む午前。
 王都の大聖堂には、貴族たちが続々と到着していた。

 ノアール侯爵令嬢、マリアンヌ・ノアールと、ベルヴァール公爵レオン・ド・ベルヴァール――
 二人の正式な婚約発表を祝う式典には、王族関係者までもが列席するという異例の注目が集まっていた。

「……いよいよですわね、お嬢様」

 支度室の鏡の前で、アデルがそっと声をかける。

 マリアンヌは白銀の刺繍があしらわれた薄藤色のドレスをまとい、髪には月光を思わせる飾りを差していた。
 いつものラベンダー色よりもさらに淡く、彼女の内面の“変化”を映すような一着だった。

「緊張してるの?」

「いいえ。けれど……これは“過去の私”が、一度も想像しなかった光景だわ」

 マリアンヌは立ち上がり、鏡越しに自分の姿を見つめた。

「私は、彼に“隣に立つ”と言った。ならば今日は、その証をきちんと示さなければ」
 

 式の開式を前に、来賓の列に並んだカトリーヌは扇子の奥で微笑んでいた。

「まあ、随分とご立派な舞台だこと」

 その隣に控えていたのは、ジュリアン。

 彼は珍しく無言のまま、壇上の準備をじっと見つめていた。

「あなた、本当にそれでいいの? “彼女”を手放して」

「……自分の愚かさを噛みしめる場としては、十分すぎる」

「哀れね」

「哀れなのは、“本物の愛”にすがれずに、誰かの失敗を願う者だ」

 カトリーヌは笑みを消し、ジュリアンを一瞥する。
 

 壇上では、レオンがひと足早く到着していた。
 黒と銀の正装に身を包み、いつも通り冷静な表情を浮かべている――ように見えた。

 だが、その手はわずかに震えていた。
 彼にとって、これは単なる婚約ではなかった。“誰かの隣で生きる”と誓う、人生で初めての選択だった。

 扉が開いた。

 マリアンヌが、ゆっくりと歩みを進めてくる。
 その一歩一歩が、まるで空気を変えていくようだった。

 銀の髪、淡いドレス、背筋を伸ばしたその姿に、誰もが息を呑む。
 彼女は、ただの“美しい令嬢”ではなかった。
 ――誇りを携え、愛に歩み寄る“意志ある女性”だった。

 レオンの視線が、彼女を正面から受け止める。

「ごきげんよう、公爵様」

「……ようこそ、私の隣へ」

 短く交わされたその言葉だけで、二人の距離はぴたりと重なった。

 司祭の声が響き渡り、式典が始まる。
 形式的な挨拶、王室からの承認、両家の立会い。

 すべてが整う中、ふたりが互いの手を取り合う場面になったとき。

「――待ってください!」

 場がざわめいた。

 声の主は、ジュリアン。

 レオンとマリアンヌがゆっくりと振り返る。

「俺は……最後に一言だけ、伝えたくて」

 周囲の視線が集中する中、ジュリアンは言った。

「マリアンヌ。君が誇りを守り続けたことに、今さらながら……敬意を。どうか、幸せに」

 レオンは目を伏せ、マリアンヌはほんのわずかに笑った。

「その言葉だけは、受け取っておきます」

「……ありがとう」

 ジュリアンは静かにその場を後にした。

 カトリーヌはその背に、最後まで言葉を投げなかった。
 

 誓いの言葉が交わされ、式典は滞りなく終わった。

 マリアンヌは肩の力をそっと抜き、レオンの隣で静かに息をつく。

「お疲れ様ですわ、公爵様」

「君こそ、見事だった」

「ええ。私、初めて“祝福される”ということの意味を知った気がする」

 レオンは、彼女の手をそっと取る。

「では、今度は“選ばれた実感”を持たせてほしい」

「……あなた、ずるいわね。そういう言葉だけは本当に的確だわ」

「ずるさも、君が教えてくれた」

 マリアンヌはふっと笑い、扇子をそっと閉じた。

 今、ようやく――彼女は“笑う理由”を手に入れた。
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