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第12話『新たな扉の先で』
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ベルヴァール邸の門が、音もなく開いた。
静かに馬車が滑り込み、マリアンヌはゆっくりと車内から姿を現した。
婚約式から数日。今日から彼女は、“未来の公爵夫人”としてこの家に迎え入れられることになった。
「お嬢様……ついにこの日が来ましたね」
アデルが、少し緊張気味に囁く。
「ええ。……けれど、私は“嫁ぐ”わけではない。ただ、“ここで共に歩む”だけよ」
マリアンヌの声には、かすかな緊張と確かな決意が同居していた。
その言葉通り、彼女は今日この日を“従属”ではなく“選択”として迎えていた。
ベルヴァール家の執事、ラウルは深々と一礼した。
「ノアール令嬢、ようこそお越しくださいました。当家はすでに、すべての準備を整えております」
「ありがとうございます。急な滞在にご負担をおかけしますわ」
「とんでもございません。公爵様より、“あなたがこの家の空気に触れてほしい”とのお言葉を預かっております」
「……“空気”に、ですか」
「ええ。“城”よりも、“空気”が大切だと」
マリアンヌは思わず微笑んだ。あの人らしい表現だ。
館内は静かだった。白を基調にした壁、磨き上げられた床。
廊下の奥からは、控えめに花の香りが流れてくる。
客間に案内されたマリアンヌは、ソファに腰を下ろした。
「落ち着いた場所ですね。きらびやかすぎず、でも気品があるわ」
「公爵様は“余計なもの”を好まれません」
「ええ。私も似たようなところがありますの」
そのとき、控えの扉からひとりの女性が現れた。
整った制服姿の年配の侍女。灰色の髪をきちんと結い上げ、眼差しは厳しくも礼儀正しい。
「お初にお目にかかります。公爵家侍女長、セラフィーナでございます」
「ご挨拶をありがとう。私は、マリアンヌ・ノアール」
「……正直に申し上げますと、私は“外から来る方”に、少しばかり慎重でございます」
「ええ、それは当然のことでしょう。私も、あなたがどのような方なのか、これから知っていくつもりです」
沈黙ののち、セラフィーナはふっと目を細めた。
「公爵様が、どのような方をお選びになるのか、正直想像がつきませんでした。ですが……少し納得いたしましたわ」
「期待には応えられるか分かりませんが、失望だけはさせないよう努めます」
「――上等です」
短く、それでいて深い敬意がそこにあった。
夕暮れ時、レオンが帰邸した。
執務から戻った彼は、玄関でマリアンヌの姿を見つけると、わずかに足を止めた。
「……違和感がないな」
「どういう意味かしら?」
「君がそこにいることが、自然に思える。もう、何年もこの屋敷にいたかのようだ」
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「もちろん。帰る場所に君がいるのは、悪くない」
マリアンヌはそっと彼の外套を受け取る。
「では、今日から少しずつ“ここを私の居場所”にしていくわ」
「……その言葉だけで十分だ」
彼女の言葉に、レオンの目元が柔らかく緩んだ。
その瞬間、マリアンヌは気づく。
――ここは、かつて“孤独”を刻んだ屋敷。
けれど今は、“誰かと共にいる”静けさがある。
それは“所有”でも“従属”でもない。
ただ、選び取られた関係の始まり。
彼女は扇子を開きながら、ふっと息をついた。
「……ようやく、風通しの良い場所に来られた気がするわ」
夜が更け、部屋に戻ったマリアンヌは鏡の前に座った。
手櫛で髪を整えながら、ひとりごとのように小さく呟く。
「“ここで生きる”……簡単ではないでしょうね」
けれど、その表情には迷いがなかった。
ここにいることを、自分自身が決めたから――
静かに馬車が滑り込み、マリアンヌはゆっくりと車内から姿を現した。
婚約式から数日。今日から彼女は、“未来の公爵夫人”としてこの家に迎え入れられることになった。
「お嬢様……ついにこの日が来ましたね」
アデルが、少し緊張気味に囁く。
「ええ。……けれど、私は“嫁ぐ”わけではない。ただ、“ここで共に歩む”だけよ」
マリアンヌの声には、かすかな緊張と確かな決意が同居していた。
その言葉通り、彼女は今日この日を“従属”ではなく“選択”として迎えていた。
ベルヴァール家の執事、ラウルは深々と一礼した。
「ノアール令嬢、ようこそお越しくださいました。当家はすでに、すべての準備を整えております」
「ありがとうございます。急な滞在にご負担をおかけしますわ」
「とんでもございません。公爵様より、“あなたがこの家の空気に触れてほしい”とのお言葉を預かっております」
「……“空気”に、ですか」
「ええ。“城”よりも、“空気”が大切だと」
マリアンヌは思わず微笑んだ。あの人らしい表現だ。
館内は静かだった。白を基調にした壁、磨き上げられた床。
廊下の奥からは、控えめに花の香りが流れてくる。
客間に案内されたマリアンヌは、ソファに腰を下ろした。
「落ち着いた場所ですね。きらびやかすぎず、でも気品があるわ」
「公爵様は“余計なもの”を好まれません」
「ええ。私も似たようなところがありますの」
そのとき、控えの扉からひとりの女性が現れた。
整った制服姿の年配の侍女。灰色の髪をきちんと結い上げ、眼差しは厳しくも礼儀正しい。
「お初にお目にかかります。公爵家侍女長、セラフィーナでございます」
「ご挨拶をありがとう。私は、マリアンヌ・ノアール」
「……正直に申し上げますと、私は“外から来る方”に、少しばかり慎重でございます」
「ええ、それは当然のことでしょう。私も、あなたがどのような方なのか、これから知っていくつもりです」
沈黙ののち、セラフィーナはふっと目を細めた。
「公爵様が、どのような方をお選びになるのか、正直想像がつきませんでした。ですが……少し納得いたしましたわ」
「期待には応えられるか分かりませんが、失望だけはさせないよう努めます」
「――上等です」
短く、それでいて深い敬意がそこにあった。
夕暮れ時、レオンが帰邸した。
執務から戻った彼は、玄関でマリアンヌの姿を見つけると、わずかに足を止めた。
「……違和感がないな」
「どういう意味かしら?」
「君がそこにいることが、自然に思える。もう、何年もこの屋敷にいたかのようだ」
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「もちろん。帰る場所に君がいるのは、悪くない」
マリアンヌはそっと彼の外套を受け取る。
「では、今日から少しずつ“ここを私の居場所”にしていくわ」
「……その言葉だけで十分だ」
彼女の言葉に、レオンの目元が柔らかく緩んだ。
その瞬間、マリアンヌは気づく。
――ここは、かつて“孤独”を刻んだ屋敷。
けれど今は、“誰かと共にいる”静けさがある。
それは“所有”でも“従属”でもない。
ただ、選び取られた関係の始まり。
彼女は扇子を開きながら、ふっと息をついた。
「……ようやく、風通しの良い場所に来られた気がするわ」
夜が更け、部屋に戻ったマリアンヌは鏡の前に座った。
手櫛で髪を整えながら、ひとりごとのように小さく呟く。
「“ここで生きる”……簡単ではないでしょうね」
けれど、その表情には迷いがなかった。
ここにいることを、自分自身が決めたから――
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