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第13話『信頼の足音』
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「今日は、領地の代表者たちと顔を合わせる場がある」
朝食を終えたサロンで、レオンは淡々と告げた。
マリアンヌはナイフとフォークを静かに揃え、顔を上げる。
「私も同行した方がよろしいのかしら?」
「君の意思に任せる。だが、私としては“共に現れる”ことに意味があると思っている」
彼の言葉に、マリアンヌは一度だけまばたきし、やがてふっと口元を緩めた。
「ええ、行きましょう。……“顔”だけでなく、“背筋”も見せに行くわ」
馬車が小高い丘を越え、ベルヴァール領の集会所に到着した。
中にはすでに、農村代表、商人の長、古くからの家臣たち――十名ほどが並んでいた。
彼らは皆、黒や茶の上着を整え、緊張と共に立ち上がる。
レオンが先に部屋へ入り、短く頷く。
「――紹介しよう。我が婚約者、マリアンヌ・ノアールだ」
空気が一瞬だけ止まる。
次の瞬間、椅子が揃って音を立て、全員が立ち上がった。
「はじめまして、マリアンヌ・ノアールです。……この場に呼んでいただいたこと、心より感謝申し上げます」
マリアンヌは頭を下げた。その動作は貴族としての威厳を保ちつつも、どこか丁寧な柔らかさがあった。
「……噂では、“冷たい令嬢”と聞いておりましたが」
年配の村長らしき男が口を開いた。言葉に棘はないが、試すような調子だった。
マリアンヌは微笑を崩さず返す。
「それは事実かもしれませんわ。ですが、氷は陽に触れれば少しずつ溶けるものです」
「ほほ……お見事」
場に、わずかに柔らかい空気が流れた。
会合後、集会所の裏庭に出たマリアンヌは、庭を見回しながら小石を蹴った。
「あなたが“共に現れることに意味がある”と言った理由、なんとなくわかった気がするわ」
レオンが彼女の隣に立ち、同じように庭を見渡した。
「彼らは忠義深い。だが、新しいものを受け入れるには“姿”が必要だ」
「言葉ではなく、“並んでいる事実”ね」
「君の立ち姿は、十分な説得力がある」
「お上手ですこと。……でも、嬉しいわ」
マリアンヌは、わずかに視線を落とし、口元に微笑を灯した。
「私、他人の“場所”に踏み込むのは苦手なの。けれど、“この人となら”と思わせる空気があると、動ける」
「……君も、“空気”で生きる人間なのだな」
「ええ。あなたと似ているのかもしれません」
ふたりの間に、言葉のいらない時間が流れた。
ベルヴァール邸に戻ると、セラフィーナがマリアンヌに小さな包みを手渡した。
「こちら、屋敷に代々伝わる“迎えの刺繍布”でございます。先代の公爵夫人にも贈られたものです」
「まぁ……」
包みを開くと、中には白地に銀糸で縫われた細やかな花の刺繍。中央には、ベルヴァール家の紋章があしらわれていた。
「……これを私に?」
「はい。“あなたがこの家に迎えられたこと”を、私どもも正式に受け入れた証として」
マリアンヌはゆっくりと布を撫でた。
「ありがとうございます。……私は、名ばかりの妻にはならないつもりです。どうか、今後ともお力をお貸しください」
セラフィーナは小さく微笑み、深く頭を下げた。
夜。部屋に戻ったマリアンヌは、刺繍布をそっと枕元に置いた。
その上には、今日一日で書き上げた手紙が一通。
宛名は“レティシア・ノアール”――母へ。
――私は、ちゃんとここに“立って”います。
――“誰かの傘”の下ではなく、“自分の足”で。
窓の外では、夜風が柔らかくカーテンを揺らしていた。
朝食を終えたサロンで、レオンは淡々と告げた。
マリアンヌはナイフとフォークを静かに揃え、顔を上げる。
「私も同行した方がよろしいのかしら?」
「君の意思に任せる。だが、私としては“共に現れる”ことに意味があると思っている」
彼の言葉に、マリアンヌは一度だけまばたきし、やがてふっと口元を緩めた。
「ええ、行きましょう。……“顔”だけでなく、“背筋”も見せに行くわ」
馬車が小高い丘を越え、ベルヴァール領の集会所に到着した。
中にはすでに、農村代表、商人の長、古くからの家臣たち――十名ほどが並んでいた。
彼らは皆、黒や茶の上着を整え、緊張と共に立ち上がる。
レオンが先に部屋へ入り、短く頷く。
「――紹介しよう。我が婚約者、マリアンヌ・ノアールだ」
空気が一瞬だけ止まる。
次の瞬間、椅子が揃って音を立て、全員が立ち上がった。
「はじめまして、マリアンヌ・ノアールです。……この場に呼んでいただいたこと、心より感謝申し上げます」
マリアンヌは頭を下げた。その動作は貴族としての威厳を保ちつつも、どこか丁寧な柔らかさがあった。
「……噂では、“冷たい令嬢”と聞いておりましたが」
年配の村長らしき男が口を開いた。言葉に棘はないが、試すような調子だった。
マリアンヌは微笑を崩さず返す。
「それは事実かもしれませんわ。ですが、氷は陽に触れれば少しずつ溶けるものです」
「ほほ……お見事」
場に、わずかに柔らかい空気が流れた。
会合後、集会所の裏庭に出たマリアンヌは、庭を見回しながら小石を蹴った。
「あなたが“共に現れることに意味がある”と言った理由、なんとなくわかった気がするわ」
レオンが彼女の隣に立ち、同じように庭を見渡した。
「彼らは忠義深い。だが、新しいものを受け入れるには“姿”が必要だ」
「言葉ではなく、“並んでいる事実”ね」
「君の立ち姿は、十分な説得力がある」
「お上手ですこと。……でも、嬉しいわ」
マリアンヌは、わずかに視線を落とし、口元に微笑を灯した。
「私、他人の“場所”に踏み込むのは苦手なの。けれど、“この人となら”と思わせる空気があると、動ける」
「……君も、“空気”で生きる人間なのだな」
「ええ。あなたと似ているのかもしれません」
ふたりの間に、言葉のいらない時間が流れた。
ベルヴァール邸に戻ると、セラフィーナがマリアンヌに小さな包みを手渡した。
「こちら、屋敷に代々伝わる“迎えの刺繍布”でございます。先代の公爵夫人にも贈られたものです」
「まぁ……」
包みを開くと、中には白地に銀糸で縫われた細やかな花の刺繍。中央には、ベルヴァール家の紋章があしらわれていた。
「……これを私に?」
「はい。“あなたがこの家に迎えられたこと”を、私どもも正式に受け入れた証として」
マリアンヌはゆっくりと布を撫でた。
「ありがとうございます。……私は、名ばかりの妻にはならないつもりです。どうか、今後ともお力をお貸しください」
セラフィーナは小さく微笑み、深く頭を下げた。
夜。部屋に戻ったマリアンヌは、刺繍布をそっと枕元に置いた。
その上には、今日一日で書き上げた手紙が一通。
宛名は“レティシア・ノアール”――母へ。
――私は、ちゃんとここに“立って”います。
――“誰かの傘”の下ではなく、“自分の足”で。
窓の外では、夜風が柔らかくカーテンを揺らしていた。
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