トカゲ(本当は神竜)を召喚した聖獣使い、竜の背中で開拓ライフ~無能と言われ追放されたので、空の上に建国します~

水都 蓮(みなとれん)

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3巻

3-1

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 第一章


 エルウィン王国の田舎いなか貴族に生まれた俺――レヴィン・エクエスは、《聖獣使いホーリーテイマー》と呼ばれる強力な【S級天職ジョブ】を授かった。
聖獣使いホーリーテイマー》には聖獣せいじゅうと心通わせ、彼らを使役しえきする特別な能力がある。俺は貧乏びんぼうなエクエス領を発展させるために宮仕みやづかえの道を選び、この力で身を立てていくはずだった。
 ところが、【聖獣降臨せいじゅうこうりん】で俺は小さなトカゲをび出し、国王の不興を買ってしまう。そして無能とののしられたあげく、国を追放されてしまったのだ。
 故郷であるルミール村にも帰れず辺境の森を彷徨さまよう俺だったが、ひょんなことから召喚したトカゲ――エルフィが伝説の聖獣である神竜族しんりゅうぞくのお姫様だと知る。
 彼女の紹介で巨大な大陸を背負う第二の神竜リントヴルムと出会った俺は、彼を【契約テイム】し、その背に移住することになった。
 竜大陸には広大な土地があり、なかでもかつて神竜たちが暮らしていたという古代都市は、ちてなおりし日の姿を想起させる壮麗そうれいなものだった。神竜文明はとても高度な技術力を持っていたらしい。そのうえそこには便利な魔導具まどうぐに、地上にはない特殊とくしゅな資源まで眠っていたのだ。
 エルフィ曰く、竜の背の住人が増えるほど、様々な魔導具が使えるようになっていくのだという。
 彼女たちに「竜大陸を再興したい」と頼まれ、俺の都市開拓ライフが幕を開けた。
 それ以来、俺は竜の背を発展させつつ空と地上を行き来し、いろいろなトラブルを解決してきた。
 隣国クローニアで過酷かこくな戦いに身をとうじていた《暗黒騎士ダークナイト》の少女――エリスを助けたり、幼馴染おさななじみで《神聖騎士セイクリッドナイト》でもあるアリアを、当時のエルウィン国王ドルカスの支配から救ったり……
 ついにはクローニアを侵略しんりゃくしようと目論もくろんでいたラングラン家の当主ドレイクと、彼にそそのかされたドルカスを打ち倒し、両国の戦争を止めることにも成功した。


 そんなある日、俺はエルウィンの王位をいだゼクスから、失踪しっそうした先王ドルカスの捜索依頼そうさくいらいを受けた。
 そしてそれをきっかけに、かつて《聖獣使いホーリーテイマー》を詐称さしょうした元同僚もとどうりょうのアーガスと、彼のもとにいたドルカスと再会を果たす。
 アーガスはすっかり改心して、温厚で知能が高いゴリラのような幻獣げんじゅう――猩々しょうじょうに囲まれてつつましく暮らしていた。ドルカスをさらったのも、自分と同様に過去の行いをい改めてほしいと願っての行動で、もう悪いたくらみができないように彼を監視かんししていたのだという。
 アーガスによれば、猩々が暮らす森は謎ののろいによるどく瘴気しょうきに侵され、彼らは生息域せいそくいきせばめられていたそうだ。俺は心を入れ替えた彼と和解し、新たな住人として猩々たちを竜大陸に迎えた。
 それと同じ頃、竜の背では同じく得体の知れない呪いに苦しむ空飛ぶイルカ……聖獣デルフィナスたちが見つかった。なんとか彼らの傷をやしたものの、 呪いの発生源は分からない。
 やがて、俺はゼクスとクローニアの王女エリーゼに頼まれ、争っていた両国が和平を結ぶ手伝いをすることになった。
 和平交渉を進める最中、俺たちは妨害ぼうがいに来た第三の神竜、スピカと巡り合う。
 彼女は母親を人質に取られ、大昔にほろんだはずの魔族によって利用されていた。猩々とデルフィナスを襲った呪いは、自らと母親を実験台にされた怒りと憎悪ぞうおまれたスピカが振りまいたものだったのだ。
 俺はエルフィをはじめとする頼れる仲間たちと協力して、その魔族の企みを阻止。無理矢理従わされていたスピカたちを解放したのだった。


  ◆ ◆ ◆


 魔族の陰謀いんぼうを防ぎ、スピカを救出してしばらくした頃、竜大陸には奇妙なブームが生まれていた。
 相変わらず手狭てぜまな我が家のリビングでごろごろしながら、エルフィが何かを夢中で読んでいる。

「エルフィ、一体何を読んでるんだ?」
「これのこと?」

 エルフィが差し出したのは一冊の本だ。
 ページごとに可愛かわいらしいイラストと文字が書かれているのだが……少なくとも絵本ではなさそうだ。初めて見る様式でいまいち読み方が分からない。

「これはなんだ?」
「今リントヴルムで大流行してるマンガだよ。メルセデスが市場で売ってた」

 メルセデスさんは世界各地の品物を取り扱う商人だ。俺とエルフィが竜の背に移住したばかりの時に出会い、今も交流が続いている。
 彼女は少し前から稼働かどうしだした竜大陸の国際市場にも出店していた。「市場」とは、そこのことだろう。

「マンガ……初めて聞くな。メルセデスさんが仕入れてるってことは、異国の品か?」
「なんだっけ……確か、『せきれい』って国のだって言ってた気がする」

 セキレイ皇国こうこく! ここでその名を耳にするとは。
 大陸を南北に分断する大連峰だいれんぽうの東側に位置するその国は、俺が住んでいたエルウィンや隣国のクローニアとはまるで異なる文化を持つという。
 独特な食文化にかれ、たまにセキレイの食材を買いつけているものの、直接訪れたことはない。いつか行きたいなと思っていた場所だ。

「これは右上から左下に向かって読む。絵がいっぱいあるからとても読みやすい」
「へぇ。小説とは随分と違うんだな。なんだか新鮮だ」

 エルフィに読み方を教わりつつ、ざっと目を通してみる。
 このマンガ――『はるうたう』は、対立する二つの国に住む男女が主役の恋愛物語だ。
 引っ込み思案な姫と勇敢ゆうかんな王子が、互いの立場を隠しながら交流し、惹かれ合っていく。
 しかし両国の対立が深まり、国中に不穏ふおんな空気がただよって……というところで一巻が終わってしまった。これからの波乱を予感させる、先が気になる展開だ。

「セキレイで一番人気のお話なんだって。アリアとエリスも好きみたい」

 そういえば時々、あの二人も夢中になって何かを読んでいたような気がする。
 あれはこのマンガだったのか。
『春に唄う』はメルセデスさんが扱う商品の中でも人気なのか、リクエストしてもすぐに売り切れてしまうそうだ。

「続きがあるみたいなんだけど……まだまだ入荷待ち。買った人から借りるのも大変。猩々のみんながびっしり予約を入れてるから、私の番が来るのは一ヶ月後」
「回し読みしてるんだな。持ち主は誰なんだ?」
「ママのママ」

 エルフィが言う「ママ」とは、彼女を召喚した俺のことだ。つまり、ママ母さんママってことか?

「母さんに借りたのか」
「そう。市場でめずらしいものを見つけて買うのが楽しいんだって。『春に唄う』もその一つ」

 なるほど。貧乏だったルミール村は、竜大陸に移り住むまで嗜好品しこうひんなんてめったに買えなかった。内職でいっぱいいっぱいだった母さんが、新しい趣味しゅみを楽しんでいるならこんなに嬉しいことはない。
 それにしてもマンガか……エルウィンで暮らしていた頃は、こういったスタイルの本があるなんて思いもしなかった。
 これもセキレイの独特な文化の一つなんだろう。

「あっ、そろそろ行かないと」

 マンガにしおりはさみ、エルフィが立ち上がった。

「スピカのお見舞いか?」
「そう。まだ起きないかもしれないけど、気になるから様子を見てくる」

 魔族の支配からは助け出したものの、スピカとその母である神竜、アイシャさんは一向に目を覚まさない。
 現在二人についてはリントヴルムの背で保護しており、猩々のカトリーヌさんが運営する診療所しんりょうじょてもらっている。
 そんな二人を心配してか、ここのところ、エルフィは毎日のようにスピカのもとへ通っていた。

「早くよくなるといいな」
「うん。やっと会えた仲間だから……」

 エルフィは神竜族の同胞をさがしていた。それだけに、ずっと目覚めないスピカたちが心配な様子だ。
 カトリーヌさんが今も原因を調べてくれているはずだ。彼女の知識と治療術に期待するしかない。


  ◆ ◆ ◆


 それから数週間ほどが経った。
 俺は興奮して目を血走らせる猩々一の天才建築家……アントニオに連れられて、都市の中央――【神樹しんじゅ】のもとへ向かった。
 青空を遊泳する雄々おおしい黒竜リントヴルム。その背中には広大な大陸が広がっており、中央にある巨大な神樹を囲うように壮麗な都市が築かれている。
 そんな神樹の根本に、祖国エルウィンの王城もかくやという巨大な神殿が出来上がっていた。
 アントニオが悔しそうに言う。

「本来であれば、派手な式典を開いてお披露目ひろめしたかったのだが……」
「みんないそがしいからな」

 それにしても、アントニオらしい見事な仕事だ。
 俺たちの目の前にある精緻せいち装飾そうしょくいろどられた正門。これをくぐると美しい噴水ふんすいかざられた公園が広がる。周囲には尖塔せんとうの数々が立ち並び、来訪者を圧倒するだろう。
 さらにその奥には、神樹の威容いようにも負けないほど豪華な聖殿が待ち構えている。
 アントニオ曰く、これらの建物は都市の中央をつらぬく街道から眺める時に最も美しく見えるように計算されているらしい。
 ゴリラダ・ファミリアと名付けられたこのでかすぎる建物こそ、俺とその家族、エルフィやアリアたち仲間の新居……ということになるのだが。

「大きすぎるんだよなあ……」

 巨大な正門を見上げながらため息をつく。
 竜大陸で暮らす住人たちにはそれぞれ屋敷を用意した。みんなの家作りが一段落したから、最後に俺たちの家も改装を……とアントニオに頼んだのだが、まさかこんなことになるとは。
 都市を管理する魔導具を使えば、どんな建物でも簡単に【製造】できる。しかし、これはさすがに張り切りすぎでは……

「フハハハハ! 当然だ。あの巨大な神樹と調和するデザインで住居を作ればこうなる」

 何が面白いのか、アントニオは大笑いしている。
 当然ながら、神殿を住まいとして使うわけにはいかない。
 俺たちは聖殿の近くに築かれた宮殿に住むことになるそうだ。

「そういえば、スピカたちももう移ってるんだっけ?」
「うむ。先日からカトリーヌ殿の新診療所が稼働しはじめたからな。そこで診てもらっているはずだぞ」

 広すぎる敷地しきちを有効活用するために、俺は住民のみんなに役立つ施設を用意できないかと考えた。
 そして完成したのがカトリーヌさんの新たな診療所だ。
 優れた知能を持つ猩々だが、特にカトリーヌさんは治療術に関する造詣ぞうけいが深く、治癒魔法にもけている。
 そこで、もともと構えていた小さな診療所から、より充実した設備があるこちらに移ってもらうことにしたのだ。
 治癒の魔法は外傷を癒やす分にはよく効くが、風邪や病気などの根治こんちにはあまり向いていない。
 カトリーヌさんの要望で、新しくできた診療所は診察や調薬を不便なく行えるように整えてあった。

「エルフィ殿はすでに診療所に向かったようだ。今日も見舞いに行ってあげているのだろう。これは私が用意した栄養満点の果実だ。彼女と一緒に食べてくれ」

 アントニオが黄色く細長い果実を詰め込んだバスケットを渡してきた。

「これは……バナナ? こんな大量にどうしたんだ?」

 猩々の見た目は類人猿るいじんえん――特にゴリラに似ている。果物を好むさるもいると聞くし、もしかしたら好物も似るのだろうか。
 両者の生態は異なるため、あくまで俺の空想にすぎないが……首を傾げていると、アントニオが口を開いた。

「実は、我ら猩々はバナナを食べたことがなかった。エルウィンには自生していないからな。だが、レヴィン殿の知り合いの商人……確かメルセデス殿といったか? 彼女にある奇妙な物語を勧められ、私は衝撃を受けた」
「奇妙な物語?」
「たくさんの絵とセリフが書かれた書物だ。セキレイ皇国独自の形式で、マンガと呼ばれているらしい」

 マンガ……ちょっと前にエルフィが読んでいたが、まさかアントニオも知っていたとは。

「そこにはいきいきとバナナを頬張ほおばるゴリラが描かれていた。そんなに美味しいのかと思い、十房じゅっふさほど購入してみたのだが……これが実に甘美かんびだったのだ!」
「なるほど。メルセデスさんの宣伝に乗せられてたくさん買ったってわけだ」
「まあ。そうとも言える」

 ともかく折角せっかくの気遣いだ。ありがたく頂戴ちょうだいしよう。

「よかったらアントニオも行かないか?」
「いいや。治療術に関してはさっぱりだからな。私はここでバナナを味わいながら、偉大な芸術品を眺めることにする」

 自分の作品を鑑賞するというアントニオと別れ、俺は診療所に向かった。


 神殿の内部は豪華絢爛ごうかけんらんな装飾に満ちていた。
 そこかしこに実に優美な壁画が描かれており、芸術にはそこまで詳しくない俺でも胸に迫るものがある。
 これらの絵は、アントニオが独自の解釈をまじえながら、かつて大陸を支配した【覇王はおう】と十二の英雄の戦いを表現したものらしい。
 周囲の景色に見惚みとれつつ、中を進んでいく。
 この神殿にはいくつもの部屋がある。たとえば奥には女神像を置いた礼拝所が設置されていて、猩々を含め、信心深い住人たちが毎日のように祈りに来ているのだ。
 目的地であるカトリーヌさんの診療所は、確か神殿の左側にあったはずだ。
 診療所を目指していると、ルミール村の人たちとすれ違った。
 早速、カトリーヌさんにいろいろと相談しに来たみたいだ。忙しそうだから、彼女に挨拶あいさつするのは後にしよう。
 案内の看板かんばんに従って進んでいき、やがてスピカとアイシャさんがいる病室に辿たどり着いた。
 俺は扉をノックし、ゆっくりと開ける。すると……

「そ、その……も、申し訳ありませんでしたので……」

 部屋の中には土下座する赤い髪の少女と、それを見て困惑するエルフィの姿があった。

「……どういう状況?」

 思わず呟くと、顔を伏せていた赤髪の少女――スピカがこちらを見上げた。


「えっと、その……私みたいな一般竜が、姫様にとんだ迷惑をかけてしまって……そのうえ母まで助けていただいて、感謝と申し訳なさでおかしくなりそうですので……」

 スピカは俺たちを襲ったことへの謝罪と、救われた感謝とを一気に伝えようとして、とんでもない格好になったみたいだ。
 確かに、土下座は謝意を示すために使われるものだが……

「セキレイから入ってきた文化だと思っていたけど……土下座って神竜が生きていた時代にもあったのか」

 なんだか不思議な気分だ。

「ママ、どうすれば……?」

 呆然としていたエルフィが、助けを求めるように俺に視線をよこす。

「その……こ、これからは姫様の従者として、誠心誠意せいしんせいいお仕えしますので……」
「そ、そこまでしなくていい。アイシャがまだ目覚めてないし、そっちをお世話してあげて」

 エルフィが慌てて首を横に振った。
 目覚めたスピカが元気そうなのは何よりだが、アイシャさんはまだ眠ったままだ。
 そう思うとなかなか喜びにくい。
 俺と同じ気持ちなようで、エルフィがさらに言う。

「とりあえず、アイシャが起きるようになんとかしないと。カトリーヌがいろいろと検査してるみたいだけど……」
「そ、そんな……ただでさえご迷惑をおかけしてるのに、そこまで頼るわけには……は、母のことはお気になさらず。その、大丈夫ですので」
「いやいや。ずっと眠りっぱなしなんだから、大丈夫ではないだろ」

 思わずツッコんでしまった。

「そ、そうですよね……大丈夫じゃないですよね……お母さん……」

 スピカが心配そうにアイシャさんを見つめる。
 俺たちに対する申し訳なさからか、どうやら彼女は妙なテンションになっているようだ。
 ここはひとまず、落ち着いてもらうか。

「目覚めたばかりで混乱してるだろ。お腹がいてるんじゃないか? とりあえず、これでも食べながらいろいろ話をしよう。エルフィも食うだろ?」

 俺はバナナが詰められたバスケットを差し出した。

「バ、バナナ……‼」

 驚いたことに、真っ先に手を伸ばしたのは食いしんぼうのエルフィではなく、スピカだった。
 しかしハッと我に返ったように手を引っ込め、顔を真っ赤にする。

「あ、も、申し訳ないので……助けていただいた身でこんな……本当にはしたない、ダメな竜ですよね……」

 俯きがちになったスピカが自嘲じちょうする。
 なんだか以前とはかなり雰囲気が違う。

「なんだかおかしいね、ママ。前はなんか、もっと狂暴きょうぼうだったのに」
「そ、そのせつは……本当に申し訳ありませんでした……」
「別に俺もエルフィも気にしてないよ。そもそも、君は無理矢理言うことを聞かされてたわけだし」

 彼女が俺たちを攻撃してきたのは、クローニアの元宰相もとさいしょう……ゼノンのせいだ。
 魔族である彼は、アイシャさんを人質にしてスピカの憎悪をあおり、自分の手駒てごまとして扱っていた。

「それとこれとは、話が別だと思うので……」
「そうかな? それよりもバナナを食べたらどうだ?」
「私も食べる」

 手近な椅子に腰かける。早速、俺とエルフィはアントニオからもらったバナナを頬張った。
 美味おいしい!
 さすがメルセデスさんの目利めききだ。絶妙な甘さとみずみずしさだ‼

「あ……美味しそう……」

 エルフィと同じく食いしん坊なのか、はたまたバナナが好物なのか、スピカは物欲しげな眼差しだ。
 その様子を見て、エルフィがバナナを差し出した。

「よ、よろしいので!? ひ、姫様からこのようなものをたまわるなんて……一生大事に飾らせてもらいますので……」
「飾ってたらくさっちゃう。今食べて」
「お、お任せください……!」

 床に正座したスピカは身体を縮こまらせながら、ゆっくりとバナナを食べた。

「前にもサンドウィッチをいただいたのに……バナナまでめぐんでいただいて、本当にありがとうございます……甘いものを口にするのは数年ぶりで……このご恩は一生忘れませんので……」

 確かに、俺はスピカと初めて出会った時、お腹を空かせていた彼女にサンドウィッチをあげた。その時も美味しいものを食べたと、やけに感動していたが……

「数年ぶりって……魔族のところにいた間は何を食べてたんだ?」
「よく分からない注射で栄養補給えいようほきゅうをしていました。『お前たちが物を口にする必要はない』と言われましたので……」

 ふざけた話だ。
 ゼノンたちはスピカとアイシャさんを捕らえ様々な実験をしていたようだが、その扱いのひどさには怒りが込み上げてくる。

「ここで暮らすからには、食事の心配はしなくていいよ。食べたいものは俺がなんでも作るからな」
「そ、そこまでしてもらうわけには……私が作りますので」
「ふーん。スピカ、料理できるんだ?」

 エルフィが問いかけると、スピカは目をらした。

「……できないので」

 できないのか……
 やはりスピカは俺たちに引け目があるらしい。いろいろ空回からまわりしているのも、気を張っているからだろう。
 これまでの経緯から、すぐに溶け込むのは難しいかもしれない。ただ、彼女とアイシャさんが不自由なく暮らせるように、俺も全力を尽くそう。

「シリウスはどうも忙しいみたいでな。ラングラン領の当主になったうえ、ゼクスの補佐ほさをしているんだ。でも、君が……姉が目を覚ましたって聞いたら飛んでくると思うよ」

 俺がそう言うと、スピカは目を輝かせた。

「……シリウスは元気にしているのですね。では、父は――」
「そのことなんだけど……」

 どう声をかければいいか、思いつかない。
 スピカの母、アイシャさんは遠い昔、魔族との戦いで夫をくすと深い眠りについた。
 その後、娘と共に長い眠りからめた彼女は、偶然出会ったドレイクと交流を深めて再婚さいこん。やがてシリウスという子をした。
 ところがある日、アイシャさんは何者かによってスピカと一緒にさらわれてしまう。そして魔族の実験台になってしまったのだ。
 言葉を選びながら、スピカたちがゼノンの手の内に落ちて以降のドレイクについて語る。
 愛する妻たちが誘拐ゆうかいされたことを知り、ドレイクは復讐ふくしゅうちかった。そして強大な力を得るために人や魔獣まじゅう虐待ぎゃくたいする、手段を選ばない人物に成り果てたのだ。
 かつて俺はドレイクと対立し、紆余曲折うよきょくせつを経て、邪竜じゃりゅうに変身した彼を倒した。あれ以降、目撃情報は上がっていない。
 ドレイクを倒すため、俺たちは強力な砲撃ほうげきを行う神竜文明の兵器【聖竜砲せいりゅうほう】を使った。あの攻撃を受けて生きながらえるのは難しいだろう。
 ゼクスからは、「ドレイクは死んだものとして後処理を進めている」と聞いている。
 遺体こそ見つかっていないが、きっと彼はもう……

「スピカ、ごめん。ドレイクは俺が――」
「……レヴィンさん。謝らないでください」

 俺の言葉をスピカがさえぎった。

「父は意外と頑丈がんじょうでしたので、もしかしたら生きているかも……いえ。魔族の言いなりになった私と同じで、どんな理由があっても父の罪は許されないですので……でも、シリウスには会えたらいいなぁ」

 俺はドレイクによってしいたげられた存在を見てきた。以前の暮らしに戻った人もいれば、どうしても馴染なじめず猩々たちと共に竜大陸で生きることを選んだ人もいる。
 自分の行動に後悔はないが……それでも、気まずさもあった。
 沈黙をどう解釈したのか、スピカが身を縮ませた。

「お話に出てきたゼクス様は……私が竜大陸を襲撃した時にもいた、エルウィンの王様ですね。私、本当にいろんな人にご迷惑を……どうつぐなえば……」
「あ、あの、ママ、スピカ。これ! 差し入れだって!」

 俺たちの気まずい空気を察して、エルフィが助け船を出してくれた。
 彼女が指差す先には、上質な木箱に収められたフルーツゼリーがある。

「ゼ、ゼリー……とても美味しそう……」

 スピカがよだれを隠す。
 ゼノンのもとにいた時の食生活(食ですらないが)のせいか、のどから手でも出そうだ。
 エルフィによると、忙しくて見舞いに来られないことをびたシリウスが、眠り続ける姉と母のため、そして竜大陸で二人の面倒を見ている俺たちのために贈ってきた品らしい。
 あとでお礼とスピカが目覚めたことを伝えなくては。
 俺は心の中で彼に感謝しつつ、三人でいただくことにした。


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