トカゲ(本当は神竜)を召喚した聖獣使い、竜の背中で開拓ライフ~無能と言われ追放されたので、空の上に建国します~

水都 蓮(みなとれん)

文字の大きさ
34 / 80
3巻

3-2

しおりを挟む
「失礼します」

 ゼリーを食べていると、白衣を着たカトリーヌさんが部屋に入ってきた。

「あら、スピカさん。お目覚めになったのですね。よかったです」

 相変わらずおしとやかで、その所作しょさは優雅だ。

「あ、ありがとうございます……母共々お世話になりましたので……」

 スピカが慌ててゼリーを置き、床に手をついて謝ろうとする。

「なんでもかんでも土下座しなくていいんだ、スピカ。普通にお礼を言えば大丈夫だ。カトリーヌさんがびっくりするからな」
「は、はい。努力します」

 俺たちのやり取りを見て、カトリーヌさんは首をかたむけて苦笑した。

「レヴィンさんもいらっしゃっていたなら、よいタイミングですね。私なりにアイシャさんの容体を調べてみたのですけれど……」

 俺たちはカトリーヌさんの報告に耳を傾ける。

「結論から言うと、彼女はなんらかの毒物を投与されています」
「毒物を……?」

 カトリーヌさんによれば、その毒は生き物を仮死状態かしじょうたいにする非常に特殊なものだという。

「せめて毒の種類が特定できれば、解毒方法も模索もさくできるのですが……私が持つ本には該当がいとうするものがないようでして……」

 難しそうな表情で、カトリーヌさんが分厚ぶあつい書物に目を落とす。
 図鑑ずかんだろうか? 
 横からのぞいてみると……『どくあいするすべてのひとおくる、オールカラー猛毒事典決定版もうどくじてんけっていばん』と書かれていた。
 もだえ苦しむ人々の周りをへび蜘蛛くもが取り囲むという、なんともおどろおどろしい表紙が印象的だ。
 ……本当にこの本で大丈夫なのだろうか?

「あ、レヴィンさん、あやしんでますね?」
「い、いえ、そんなことは……」
「この本は、大陸で最も治療術の研究が進んでいる機関、エルディア聖教会せいきょうかいが刊行したものなのですよ。大陸中の主要な毒物の情報が、フルカラーで分かりやすく記載されていて、治療術を学ぶ者にとっては必携ひっけいの本なのです‼」
「な、なるほど……」

 カトリーヌさんがかつてないほど熱弁を振るっている。
 どうやら、治療術に通じる人の間では有名な書物らしい。
 しかし、そんな本にも記載されていないとは。よほど珍しい毒なのか?

「この本でも特定できないということは、未発見の毒物の可能性があります。たとえば、人類がまだ足を踏み入れていない秘境で採れるとか、あるいは他国との国交がほとんどない地域のものであるとか……」

 スピカたちを捕らえた魔族は、遠い昔に滅んだと伝えられてきた存在だ。
 現に俺たちは、ゼノンが正体を現すまで魔族が生きながらえていたことを知らなかった。
 そうなると、彼らは人目につきにくいところに拠点を構えている可能性がある。今回の毒も、そうした特別な場所で採取したものなのかもしれない。

「毒の特定ができないと、治療は難しいかな?」
「間違いなく時間はかかりますね……ですが、このまま手をこまねいているつもりはありません。アイシャさんの容体を見つつ、治療法を探してみせます」

 専門的なことは俺には分からない。こればかりはカトリーヌさんに頼るしかないのだ。

「お願いするよ、カトリーヌさん。治療術に関しては素人しろうとだけど、俺にできることがあればなんでも言ってくれ」
「ふふ。ありがとうございます。いざという時は、お手伝いをお願いしますね」

 ひとまず、アイシャさんのことはカトリーヌさんに任せよう。
 彼女ならきっと、解決策を見出しくれるはずだ。

「あ、あの……えっと……」

 何か言いたげな様子で、スピカがもじもじする。

「その、すみません……こ、こんな私たちのために……ここまでしていただいて……」

 スピカは心の底から申し訳なさそうだ。
 かつて俺たちを襲い、竜大陸やクローニアに甚大じんだいな被害を出したことを気にしているのだろう。気持ちは分からなくはないのだが……それにしても彼女は自分を卑下ひげしすぎる気がする。

「こういう時は『ありがとう』って言った方が、カトリーヌさんも嬉しいんじゃないかな」
「あ、すみま……あっ……」

 またしても「すみません」と言いかけ、スピカがしどろもどろになる。
 そんな様子を見て、カトリーヌさんは優しく笑った。

「スピカさん、ここにはあなたを責める人は誰もいませんよ」
「すみません……癖になってて……その……あの人たちのところにいた時は、何か失敗するたびに、ばつとしてお母さんが痛めつけられたから……」

 スピカがしぼり出すように話した。

「無理に事情を話す必要はないよ。思い出してもつらいだけだろうし……」

 俺たちはクローニアによるエルウィンへの侵攻を止めるために動いていたので、スピカとアイシャさんを助けることになったのは結果論だ。ただ、こうして竜大陸で保護しているのにはちゃんと理由がある。
 たとえスピカが竜大陸をおびやかした存在であっても……ゼノンたちに利用されていた分、ここでは穏やかに暮らしてほしい。そう思ったから、俺は二人の身柄を預かったのだ。

「そうだな……もし、竜大陸で世話になることに罪悪感があるなら、俺たちの手伝いをしてもらおうかな」
「手伝い……ですので?」

 今、竜大陸はどこも人手が足りない。
 国交を結ぶことになったクローニアの姫、エリーゼからもらった家畜かちくの世話に、農作業。【製造】で都市を発展させることを考えると、資材を集める人材も必要だ。それに竜の背は地上からの観光客を迎えている。市場の警備員や海エリアにできたリゾート地、アントニオが設計したテーマパークのスタッフなども欲しい。
 この診療所だってそうだ。
 カトリーヌさんが健康診断を行ったり、病人の診察をしたりしてくれているが……今のところ彼女と夫のアーガスだけで運営しているため、かなり忙しそうだ。
 普段の仕事に加えて、スピカたちの容体も見ていたわけだから、その大変さは俺の想像以上だろう。
 せめてアイシャさんを看病してくれる人材が現れれば、かなり負担を軽減できるはずだ。

「頼まれてくれるか?」
「も、もちろんですので……私にできることならなんでも……!」

 スピカが勢いよく頷く。
 そうなると、今後の課題はアイシャさんだ。
 正体不明の毒物……どうにかして種類を特定したい。
 どうしたものかと悩んでいると、出しぬけに部屋の扉が開いた。
 入ってきたのは両手に大量の学術書を抱えた青年――アーガスだ。

「カトリーヌ、カトリーヌ‼ 頼まれた資料、全部持ってきたよ‼ 診察室にいなかったから、あちこち捜し回ったんだけど……あっ」

 アーガスが俺とエルフィの存在に気が付いた。目が合った途端に頬をカッと赤くして、咳払せきばらいをする。

「レ、レヴィン様、いらしていたのですね。スピカさんもお目覚めになったのですか。元気そうで何よりです」

 まるで子犬のようなはしゃぎようがりをひそめ、礼儀正しい言葉遣いになる。

「アーガス。そろそろ俺を『様』付けで呼ぶのは、やめてもいいんじゃないかな」

 俺がドルカスに国を追放される際、アーガスは暴言を吐いてきた。そのことに対する彼なりのけじめらしいが……やはり違和感はぬぐえない。

「いえ、レヴィン様は我々、猩々に居場所を与えてくれました。こうして、敬意を表するのは当然かと!」
「でも、俺も居たたまれないしなあ」
「そ、そういうことでしたら……レヴィン様、いえ、レヴィン殿? レヴィンさん?」
「『さん』でいいんじゃないか。なんだったら別に呼び捨てでもいいぞ。大体、前は『クク……いいザマだな、レヴィン』とか笑ってただろ?」
「わ、忘れてください! あれは私の過去の汚点おてん……黒歴史なんです‼ 自分を《聖獣使いホーリーテイマー》だと思いこんで、調子に乗ってたんです‼ 本当に申し訳ありません‼」

 アーガスがいっそう頬を赤くする。
 当時はあまり愉快ゆかいな気分ではなかったが、和解した今となっては笑い話だ。
 必死になって弁解するアーガスの姿を見るのはなんだか面白い。
 とはいえからかいすぎるのも悪いので、ほどほどにしておこう。

「それじゃ、『レヴィンさん』にしてくれ。それにしても凄い資料の数だな。運んできてくれてありがとう」

 アーガスが机の上に置いた本の量はすさまじく、彼の背に迫るほど高く積まれている。

「カトリーヌがアイシャさんの治療のために頑張っているのですから、このくらい当然ですよ。あっ……そういえば」

 アーガスが何かを思い出したようにポンと手を打った。

「ゼクス陛下が竜大陸にいらしているようで、レヴィンさんあてに伝言を預かっていたんです。『至急しきゅう、市場の迎賓館げいひんかんに来てくれ』とおおせでした」
「ゼクスが? なんの用だろう」

 特段、心当たりはない。
 ゼクスはクローニアとの和平条約締結に向けて忙しくしていると聞く。ここ最近は手紙などでやり取りすることが多かったのだが、わざわざ空の上までやってくるとは……

「例の調印式についてでは?」

 アーガスの指摘に俺は首を傾げた。

「そういえば、そんな話をされたような……」
「しっかりしてください。レヴィンさんはこの竜の背の王様なんですよ」
「王様って……そんなつもりはないんだけどなあ」

 これまでエルウィンとクローニアでは、和平交渉に向けた会議が紛糾ふんきゅうしていた。
 というのも、先王であるドルカスが身勝手な侵攻を行ったことで、エルウィンに対するクローニア貴族の信頼が地に落ちていたからなのだが……そうこうしているうちに、今度はクローニアが戦争を仕掛けてきた。それも両国を争わせようとする一部の貴族の企みを見抜けず、あろうことか魔族を宰相に登用とうようしてしまった結果だ。
 双方に過失が生まれたことで、互いに強く出られなくなったらしい。ゼクスとエリーゼの尽力もあって、和平の話し合いは順調に進んでいた。
 幾度かの話し合いを経て、両国は正式に和睦わぼくを結ぶ運びとなった。そして、その調印式を行う場所としてリントヴルムの背が選ばれたのだ。

「すっかり忘れてたな……大事な話だし、すぐ行ってくるよ。スピカ、俺たちを手伝ってほしいとは言ったが、無理はしなくていいからな。今は休むのが仕事だ。任せたぞ」
「は、はい……頑張りますので……!」

 スピカは気合十分という感じだ。

「エルフィはどうする?」
「ここに残る。スピカは昔の竜大陸に住んでいたけど、今は新人。私が先輩として見守ってあげるべき」

 どうやら、スピカが馴染めるようにサポートにてっするらしい。
 俺はエルフィの頭をでた。

「よしよし、偉いぞ。いろいろ助けてあげてくれ」

 かくして俺は診療所を後にした。目指すはゼクスが待つ迎賓館だ。


 都市の正面に築かれた市場は、対立するエルウィンとクローニアの交流の場としてもうけたものだ。今ではたくさん商人と観光客がやってきて、互いの特産品や文化を楽しんでいる。
 その市場の中にそびえ立つ立派な屋敷こそ、アントニオが設計した迎賓館である。
 近日中に行われる予定の調印式は、ここが会場となる手筈てはずだ。
 まずいな。ゼクスだけではなく、クローニア国王の代理であるエリーゼも待たせてしまっている。俺は足早に二人が待つ会議室へ向かった。

「お待ちしていました、レヴィン! ゼクス陛下とエリーゼ殿下はすでにおいでになっております」
「……何をしているんですか、ユーリ殿」

 部屋の前でビシッと敬礼したのは、エリスの兄でありクローニアの近衛騎士団このえきしだん団長でもある、ユーリ殿だ。
 エリーゼの護衛をつとめる彼がここにいることはおかしくない。おかしくはないのだが……

「自分は一兵卒いっぺいそつとして、職務をまっとうしている最中であります‼」
「いや、そういうことじゃなくて……」

 気になるのは、彼が身につけている衣装だ。
 以前会った時、ユーリ殿は高級感のある黒い騎士装束きししょうぞくをまとっていた。ところが、今の彼は門兵じみたありふれたよろいに身を包んでいるのだ。
 まるでなべのように不格好なかぶとに、身を守るには心細くなるほど薄い胸当て、簡素なインナー……正直に言って、王族の護衛には似つかわしくない質素な装いだ。
 俺は恐る恐る尋ねる。

「えっと、その格好は一体……」
「クローニア王国で採用されている鎧であります。主に見習いの兵士に支給される品ではありますが」

 どうにも調子がくるう。ユーリ殿がこうして下級兵士のようなかしこまった喋り方をするところなど見たことがない。

「いえ、鎧の説明じゃなくて、どうしてそんな格好をしているのかをですね……」
「やはり、自分のような者にはすぎた装いでありましょうか!?」
「だから、そういうことではなくて……」

 なんとも話が進まない。どうしたらいいんだ、これは。

「あっ……やっぱり、レヴィンさんを困らせてる……!」

 様子のおかしいユーリ殿に困惑していると、どこからともなくエリスが現れた。

「むっ。エリス、どうしてここに?」
「『どうしてここに?』じゃないですよ、兄様。エリーゼ殿下から、『ユーリの様子がおかしいからなんとかしてほしい』って頼まれてきたんです」
「おかしいとはどういうことだ? 私はいつも通りだが」

 先ほどまでの話し方とは打って変わって、無愛想で厳格な口調だ。
 これこそ俺が知るユーリ殿なのだが……一体、どの口で「いつも通り」と言っているのか。

「レヴィンさんも聞いてください。兄様は辞表を提出したんです」
「じ、辞表?」

 一体どういうことだろう?

「当然であります。自分は祖国を裏切り、魔族にくみしました‼ そのようなやからが騎士団にいるべきではないと判断し、除隊を願い出たのです」

 ひょんなことからゼノンの秘密を知ってしまったユーリ殿は、妹であるエリスと実験台にされていたスピカたちの命をたてにされ、魔族の陰謀に力を貸さざるを得なかった。

「それはまた極端な……」

 いや、生真面目きまじめなユーリ殿らしいのか。
 聞くところによると、彼が魔族に手を貸していた事実はせられているらしい。
 ゼノンの指示に従っていたことはほとんど知られておらず、クローニアの兵士たちは、戦場で魔族に立ち向かったユーリ殿の姿しか見ていない。
 服従の呪いをかけられていたにもかかわらず、ユーリ殿はエリーゼを暗殺させまいと抵抗ていこうしている。そのことからも、彼がクローニアに忠誠ちゅうせいを誓っていたのは明らかだ。
 こうした事情にかんがみ、エリーゼとカール国王はこの事実をおおやけにしないことに決めたそうだ。
 とはいえ、ユーリ殿としては罰を与えられず居たたまれなかったのだろう。
 職を辞そうとしたものの認められず、最終的に平兵士に降格処分という形で落ち着いたらしい。

「気になったんだが……ユーリ殿が突然団長から降ろされたら、周りは不審に思うんじゃないか?」

 エリスにそっと尋ねる。
 そもそもユーリ殿と魔族の関係を隠すつもりなら、秘密裏に処罰するべきだろう。
 こうして目に見える形で沙汰さたを下したら、余計なかんぐりをまねいてしまう気がする。

「それが……昔から兄様は仕事でミスをするたびに、それがどんなに些細ささいなことでも降格を願い出てまして……だからか周りもあまり気にしていないみたいなんです」

 俺の耳元に両手を寄せ、エリスがこそこそと教えてくれた。
 なるほど。いつもの奇行だと思われたわけか。

「レヴィン様! 近すぎであります‼ 妹とは適切な距離をたもっていただけないでしょうか!?」

 畏まった丁寧な口調だが、ユーリ殿が有無を言わさぬ圧を発する。
 彼はかなりのシスコンで、何かと厳しく監視しているのだ。
 別に下心があるわけじゃないのに……

「あー……それじゃ、ゼクスたちが待ってるから」

 これ以上ユーリ殿を刺激しないように、俺はそっとエリスから離れた。そそくさと会議室に入る。
 部屋の中ではゼクスとエリーゼが待っていた。俺は遅れてしまったことを詫びる。
 互いに挨拶と近況報告を済ませると、ゼクスが意外な話を切り出した。

「調印式の打ち合わせをする前に、報告したいことがある。国境付近の森でゼノンの死体が発見された」
「え……?」

 急な話にあっけにとられてしまう。
 ゼノンと対峙たいじした際、俺たちはあと一歩のところでやつを取り逃がしてしまった。
 それから、エルウィンとクローニアが行方ゆくえを追っていると聞いていたが……

「どうやらなんらかの魔獣と遭遇したようでな。傷跡から推察するに、巨大な生物のつめで引きかれたらしい。あの森にそれほど凶暴な魔獣が生息しているといううわさは聞いたことがなかったが……随分とあっけない幕引きだった」

 ゼクスの言葉に、エリーゼがため息をつく。

「どうして我が国にもぐり込み、あのような蛮行ばんこうに及んだのか。それを知る方法はなくなったみたいだね」

 確かに、エリーゼの言う通りだ。いにしえに滅んだはずの魔族が、なぜ今になって動き出したのだろう。目的も含め、疑問は尽きない。
 ゼノンの口ぶりから考えるに、魔族の生き残りは彼だけではなさそうだった。他の連中の居場所を知る機会を失ったのは手痛いかもしれない。

「気になる点はあるが、和平をはばむ最大の障害はなくなった。紆余曲折あったが、父上が悪化させた両国の関係は少しはマシになりそうだ。貴族たちも、以前のように会議をき回すことはないからな」

 そう言ってゼクスが笑う。その顔はツヤツヤしていて、いつになく生気に満ちている。
 どうやら、これまでのストレスが解消されて調子がいいらしい。


  ◆ ◆ ◆


 会議室での打ち合わせから数日が経った頃。
 地上と竜大陸をつなぐ巨大な【トランスポートゲート】……通称、転移門を通り、カール国王がやってきた。
 今日、エルウィンとクローニアの和平条約の調印式が行われる。
 式典用に整えられた最上階の一室で、俺は手元の紙を読み上げる。

「エルウィン、クローニア両国の国境はエルウィン侵攻以前の状態……レインディアの森の南端なんたんとする。また、賠償金の支払いについては――」

 国境は以前、俺がドルカスに放り込まれた森の南をさかいとすることになった。
 両国の戦いで被害を受けた人についても、これから補償ほしょうがなされるだろう。

「それではゼクス国王、カール国王、和平合意書に調印を」

 内容を確認し、俺はゼクスとカール国王に水を向けた。
 てきぱきと調印を済ませるゼクスに対して、カール国王の動きはにぶい。
 無理もない。彼は病をわずらっているそうで、本来なら起き上がることも難しい状況だ。それにもかかわらず、今回の調印式にのぞんでいる。当初は体調が落ち着くのを待って式をり行うつもりだったが、彼のたっての要望でいち早い調印式が実現した。
 恐らくは魔族のゼノンを登用し、その策に乗せられて判断を誤ったことを悔いての行動だろう。

「立会人として、私、レヴィン・エクエスが署名します」

 さて、ここまでは何事もなく進んだ。俺のような下級貴族出身が任される役目ではないので、随分と緊張した。
 最後にゼクスとカール国王が握手を交わせば、この一連の騒動に終止符が打たれる。

「ゼクス国王よ……」

 早速、カール国王がゼクスに歩み寄る。しかし、握手を交わすと思われたその瞬間、国王はひざを折った。

此度こたびは本当に申し訳ないことをした……あろうことか魔族を国の重鎮じゅうちんえ、その魂胆こんたんを見抜けずに貴国へ戦争を仕掛けた。全て、わしの不徳ふとくいたすところだ……」

 苦悶くもんの表情を浮かべながら、カール国王が謝罪する。
 体調が思わしくない彼のため、今回の式典は簡略化して行うと聞いていたが……一件落着とする前に、どうしても謝りたかったみたいだ。

「カール国王よ。全ては魔族のよこしまな企みによるものです。そもそも、我が父ドルカスにも此度の戦争の発端を作った責任がある。私こそ、謝罪しなければならないのです」

 突然の行動でゼクスも驚いているはずだが、それを感じさせずに頭を下げた。魔族に矛先を向けることで、両国の関係をいいものへ導こうとしているのだろう。

「しかし、それでは……」
「貴国とはよき隣人として、共に魔族の脅威に立ち向かっていきたいと思っています。どうかご協力願えないでしょうか」
「……分かった。貴殿に感謝を」

 カール国王の突然の行動には驚いたが……調印式はつつがなく進行し、無事に閉式を迎えた。
 しかし、事件はその直後に起こった。


「ぐっ……ぬおああああああああ……‼」

 カール国王を見送るため、みんなで転移門に向かっていた時のことだ。
 国王が突然、胸を押さえて苦しみ出し、倒れ込んでしまったのだ。

「お父様……!」

 咄嗟とっさに隣を歩いていたエリーゼが支えようとするが、足をもつれさせてしまう。
 あわや転倒……というところを救ったのは、その様子を物陰ものかげからうかがっていたスピカだった。彼女はエリーゼに断って丁寧にカール国王を抱えると、急いで竜大陸の診療所へ連れていった。


 カトリーヌさんの看護を受けて、ベッドに寝かされた国王はゆっくりと目を開ける。

「神竜の少女か……貴公がわしをここに運んでくれたのだな。礼を言う」
「私からも……助けてくださって本当にありがとう、スピカさん」

 エリーゼも感謝を伝えると、スピカは慌てて首を横に振った。

「い、いえ……むしろ私はお二人に――クローニアに、とても大きな損害を与えてしまいましたので……本当にごめんなさい」

 土下座でもしようかという勢いで、スピカが深々と頭を下げた。エリーゼの誕生パーティーを襲撃したり、エメラルドタワーを破壊したり……ゼノンに命令されたからとはいえ、重大な事件だ。

「事情はエリーゼとユーリから聞いて……おる。あやつの真意を見抜けず……結果的に、貴公とその家族を苦しめることになってしまった。ゼノンを野放しにしたわしこそ、謝罪すべきだろう。本当にすまなかった」
「あ、頭を下げないでください……王様はご体調が……」

 スピカの言う通りだ。カール国王は息もえな様子であり、こうして話しているだけでもかなりつらいはずだ。

「すま……ぬ……どうやら身体が言うことを聞かぬようじゃ……しばし、眠らせてもらえるだろうか……? エリーゼよ、あとは任せるぞ……」

 そう言うと、カール国王は再び目を閉じてしまった。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」 「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」 「ま、まってくださ……!」 「誰が待つかよバーーーーーカ!」 「そっちは危な……っあ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。