トカゲ(本当は神竜)を召喚した聖獣使い、竜の背中で開拓ライフ~無能と言われ追放されたので、空の上に建国します~

水都 蓮(みなとれん)

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5巻

5-1

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 第一章


 俺――レヴィン・エクエスにとって、聖獣せいじゅうと心を通わすことができる【S級天職ジョブ】、《聖獣使ホーリーテイマーい》をさずかってからの人生は、激動の日々だった。
聖獣降臨せいじゅうこうりん】では、び出した伝説の聖獣、神竜しんりゅうをちっちゃなトカゲだと誤解され、国を追放されてしまった。途方にれていたら、召喚しょうかんした神竜――エルフィの案内で巨大な【大陸竜たいりくりゅう】リントヴルムと出会い、彼の背中に広がる大地を開拓かいたくして建国することになった。
 祖国のエルウィン、隣国のクローニア、妖怪ようかいと呼ばれる幻獣げんじゅうむ神秘の地のセキレイに、雪に閉ざされた国イース……俺は大空と地上とを行き来しながら、仲間たちとともに様々な国でトラブルを解決してきた。
 しかし、今直面している問題は、かつてないほど重大なものだ。
 地上の大陸の最北端さいほくたんにある雪国、イース。
 数ヶ月前に訪れたイースの地下には、雄大ゆうだいな大地が広がっていた。その名も、イースヘイム。俺が暮らしているリントヴルムと同じ、大陸竜の背中にある土地だ。
 の地には、今から千年ほど前に魔族まぞくひきいて人類を絶滅ぜつめつ危機ききに追い込んだ、【覇王はおう】の転生体が眠っていた。イースヘイムは、転生体をうばい去ろうとする魔族に狙われ、窮地きゅうちおちいっていたのである。
 イースをみちび盲目もうもくの予言の神子みこ――ソフィアさんの頼みで、俺はイースヘイムの防衛ぼうえいに手を貸すことに。
 幼馴染おさななじみで《神聖騎士セイクリッドナイト》のアリアや、《暗黒騎士ダークナイト》として並外なみはずれた戦闘力を持つエリスといった仲間の協力もあり、俺たちは魔族の撃退げきたいに成功した。
 だが、これで一件落着とはいかなかった。
 魔族の侵攻しんこうを指揮する黒幕が、エルディア聖教会せいきょうかい枢機卿すうききょうつとめる男――アレクシスだったのだ。
 エルディア聖教会といえば、女神エルディアを信仰し、人間社会の秩序ちつじょを守る組織だ。
 長年、魔族から人々を守護してきた教会の中に裏切り者がいたという事実は、衝撃的しょうげきてきだった。


 アレクシスの正体が判明してから数週間後。
 事態を重く見た俺は、友人でエルウィンの国王でもあるゼクスに相談し、親交がある地上の指導者たちをリントヴルムの背にまねいた。
 迎賓館げいひんかんの会議室に置かれたテーブルを囲うように座り、みんなは深刻な表情を浮かべている。

「まさかエルディア聖教国の枢機卿が、魔族にくみしていたとはな……」

 ゼクスはひたいを押さえながら、大きくため息をついた。
 聖教会の枢機卿が魔族だったという前代未聞ぜんだいみもんの事態に対して、ゼクスもかなり困惑こんわくしているみたいだ。
 かつて起こった覇王との戦いにおいて、女神エルディアは十二の英雄えいゆうに加護を与え、人類を救ったという。
 聖教会の本拠地ほんきょちが置かれているエルディア聖教国は、女神の奇跡きせきたたえるため、十二の英雄の一人が建国した国だ。
 建国以来、エルディアは戦いが残した被害を回復させること、そして姿を消した魔族たちの行方ゆくえを追い、殲滅せんめつすることを使命としてきたと聞く。
 国の重鎮じゅうちんが魔族だったと判明し、向こうはさぞ、てんやわんやしていることだろう。
 この場にいる者たちは、エルウィン、クローニア、セキレイ、イース……いずれも魔族や覇王の残滓ざんしが関与する事件によって被害を受けた国の代表者だ。
 彼らは竜大陸まで一瞬で転移てんいできる魔導具まどうぐ【トランスポートゲート】――転移門を使い、リントヴルムの背に集まってくれた。

「その……もう一度確認しますが、アレクシスは覇王の転生体を狙っていたということでよろしいのでしょうか?」

 そうたずねてきたのは、エリーゼ……クローニアの王女だ。
 次代の王として期待されている彼女は、国王の名代みょうだいとしてこの場に来ている。み上がりの父王に代わり、最近は積極的に公務を行っているらしい。
 普段と違って、口調も少しかしこまっている。
 彼女といい、ゼクスといい、二人とも十九歳になった俺とほぼ歳が変わらないのに、本当に凄い。

「うん。イースでの戦いの後、アレクシスはソフィアさんに『覇王の転生体を引き渡せ』って要求してたんだ。狙いが転生体にあったのは、間違いないと思う」

 かつての戦いにおいて、魔族は覇王につかえており、人類と敵対していた。
 彼らは人間たちとの戦いにやぶれ、覇王の死とともに姿を消したと伝わっている。アレクシスの目的はさだかではないが、魔族がりし日の栄光を取り戻したいと願い、覇王の転生体を求めたのかもしれない。
 それに、アレクシスはソフィアさんの身柄も要求していた。
 彼女はただの人ではなく、その身に強大な力を宿やどす、覇王の残滓と呼ばれる存在だ。本人は善良ぜんりょうで俺たち人間に肩入かたいれしてくれているのだが、もし魔族にらえられてしまったら……

「我がセキレイは、覇王の残滓によって甚大じんだいな被害を受けました。魔族が覇王の転生体を手に入れたら、今度はどんな悲惨ひさんな事態が起きるのやら……」

 セキレイ皇国の星王せいおう星蘭せいらんさんの表情は暗い。
 彼らは長きにわたって覇王ののろいに苦しめられてきた。ようやく、その元凶を打ち倒したというのに……魔族が暗躍あんやくしているとなれば、温厚おんこうな星蘭さんといえど心穏こころおだやかではないだろう。

「エルディア聖教会によれば、これまで姿をかくしていた魔族の動きが活発化したのは、ここ十数年の間なのですよね?」

 星蘭さんの質問に、俺はうなずいた。

「ライルさんからはそう聞いてるよ。彼の故郷も、魔族にほろぼされたって話だし」

 エルディアの祓魔騎士団ふつまきしだんに所属するライルさんはここにはいない。
 彼は自国に戻ってアレクシスの裏切りを伝え、後処理に奔走ほんそうしている。今日はエルディアの関係者としてこの場に呼んだのだが、合流がおくれるのも仕方ない。
 俺たちの会話を聞いて、ゼクスが眉根まゆねを寄せた。

「だが、魔族が生き残っている事実を、我々は最近まで知らなかった。アレクシスが、情報を操作していたのだろう」

 その時、威勢いせいのいい言葉と共に、会議室のとびらいきおいよく開いた。

「ああ、ゼクス王の言う通りだ。だが、あいつだけが原因じゃねえ。今回の件の責任は、オレたちにもあるッ!!!!」

 扉を開けて入ってきたのは、狼耳おおかみみみやした見知らぬ青年と少女だ。彼らの側にはライルさんがひかえていた。

「わりぃ、遅れちまったぜ」

 そう言って扉を開けた青年が深々と頭を下げる。
 白地に金の刺繍ししゅうが入った衣装を身にまとい、頭にちょこんと白い帽子ぼうしかぶっている。格式の高さを感じさせるよそおいだが……耳には派手なピアスをしていたり、所作がどこか豪快ごうかいだったりと、なんだか不思議な青年だ。一体、誰だろう?

「せ、聖下せいか……ここにいらっしゃるのは各国の王族の方々です。もっと、品格のある物言いを心がけていただかないと……」

 ライルさんがあわてていさめると、青年はバツが悪そうに頭をいた。

「む、むう、すまない、ライル。どうにもこういう場に慣れなくてな」
兄様にいさまはいつもそう。そんな様子じゃ、この先心配」
「す、すまん。ティアナ……」

 少女につえつつかれ、青年が肩をすくめた。
 ライルさんが連れてきたってことは、聖教会の関係者だろうけど……
 俺はざっと二人を見比べてみる。
 俺と同い年か、少し上くらいに見える青年の方は、かなり背が高い。一方で、隣に立つ少女の方は結構小柄だ。年齢は十代なかばといったところか。
 二人とも赤い髪に褐色かっしょくの肌という容姿である。
 何より特徴的なのは、彼らの衣服だ。青年の方は先ほど見た通りだが、少女はアレクシスが着ていたような赤い法衣を身に纏っていた。

「フェリクス教皇聖下!?」

 俺が見知らぬ男女に思いをめぐらせていると、目を丸くしたゼクスが席を立った。床にひざをつくと、深く頭を下げる。
 エリーゼと星蘭さん、ソフィアさんも同様に続いた。

「え、えっと……」

 ゼクスは今、教皇聖下と言わなかったか?
 教皇といえば、教会の頂点ちょうてんに立つ存在だ。つまり、彼はエルディアの代表……!?
 俺はみんなを真似まねて急いで膝をついた。いくら田舎貴族出身の俺でも、そうすべきことは理解している。

「ゼクス王、エリーゼ殿下、星蘭星王、ソフィア様。そして、レヴィン王。どうか、お立ちください。兄に格式ばった挨拶あいさつは不要です。それよりも、此度こたびはお招きくださり、ありがとうございます」

 少女が法衣のはしまんで、優雅ゆうがに膝をげて挨拶した。
 レヴィン王って……どう考えても俺のことだよな?
 俺は別に、竜大陸の王様を名乗っているわけじゃないんだけど……
 言われ慣れない敬称に、少しむずがゆくなる。
 俺がだまっているのを見て何を思ったのか、少女が言葉を続けた。

「……失礼いたしました。レヴィン王とはこれが初対面でしたね。私はエルディア聖教国で枢機卿の第一位を務める、ティアナ・マリーナ・ソレルと申します」
「俺……いえ、私はレヴィン・エクエスと申します。その……リントヴルムを【契約テイム】してはいますが、この地の王様というわけではないんです。なので、レヴィンと呼び捨てにしてもらって構いません」
「そ、そうなのですね。失礼いたしました。それでは、レヴィンさんと呼ばせていただきます。私のことは好きに呼んでください」

 俺とティアナさんの自己紹介が終わると、沈黙ちんもくが流れた。

「えっと……」

 ――バシィン‼
 沈黙にえかねて口を開こうとした瞬間、ティアナさんは手にしていた杖で思い切り青年の背中をたたいた。

「うおっ!? 何するんだ、ティアナ!?」
「兄様も自己紹介するの」
「お、おお、そうだったな。確かにその通りだ」

 ティアナさんにうながされ、青年が咳払せきばらいをする。

「オレの名前は、フェリクス・マリーナ・ソレル。オケアノス一の色男にして、今はエルディア聖教国の教皇を務めている。だが、そう堅苦かたくるしくする必要はねえ! 遠慮えんりょなくフェリクスと呼んでくれ。あっ、フェリっちでもいいぜ! これからよろしくな、レヴィン!」

 フェリクスさんが大げさにポーズを決め、キリッとした表情を浮かべた。
 あまりの気さくさに、俺は唖然あぜんとしてしまう。
 教皇様……なんだよな?

馬鹿ばか兄様、馬鹿兄様‼」

 挨拶を終えたフェリクスさんを、ティアナさんが手に持った杖で激しく突く。
 なんだか顔を赤くしている。

「馬鹿兄様はもっと礼儀れいぎ正しくするべき! さっきもライルさんに注意されたのに、全然直ってない。仮にも教皇なのに……兄様がそんなだと、私がずかしい」
「あ、お前、今『馬鹿』って四回も言ったな!? いくら妹でも、四回は喧嘩けんかだかんな!?」
「まだ三回しか言ってない。数も数えられないの? アホ兄様」
「ぐっ……馬鹿もアホも同じだろうが!」
「違います。全然違います」

 なんだかひどく低レベル……いや、可愛らしい兄妹喧嘩を繰り広げている。
 随分と仲がいい兄妹のようだ。

「えっと……その、それにしても驚きました。聖下自ら、おでいただけるとは」

 このままでは話が進まないとさとったのか、ゼクスが話題を変えた。

「ハッ、このくらい当然だ。うちのアレクシスの野郎やろうがとんでもねえことをやらかしたからな。アイツ、今度会ったら絶対にシメッからな! ケツ叩き百回のけいだ!」
言葉遣ことばづかい……!」

 ティアナさんがムッとした様子で注意する。それを見て、ゼクスが苦笑した。

「ティアナ猊下げいか、私は気にしておりません。ここにいる、他の国の代表者たちもそうでしょう。聖下の話しやすいようにしていただければと思います」
「おっ、そうか? そりゃ助かるぜ。格式ばった話し方をしてると、どうにも肩がるからな」
「むぅ……」

 ゼクスは気にしていないと伝えたが、ティアナさんはそれでも不服のようだ。
 無言のまま、杖で何度もフェリクスさんを小突こづいている。

いてえ。痛えって!」

 なんだか微笑ほほえましくなってきた。
 とはいえ、このままほのぼのしているわけにもいかない。ゼクスが口を開く。

「先ほど聖下がおっしゃった『責任は自分たちにもある』というのは、どういうことでしょうか?」
「ああ……これまで魔族の暗躍についてはずっと隠されていた。だが、これはアレクシス一人による采配さいはいじゃない。聖教会の決定なんだ」
「聖教会が魔族の存在を隠匿いんとくしていたと?」
「簡単に言えばな。オレたちは、はるか昔から魔族が暗躍していることを知っていた。だが、覇王と共に人類をしいたげた連中が生きていると聞けば、民は不安になるだろう? だから、オレたちエルディア聖教会は上層部のみでその情報を共有し、秘密裏に魔族を始末することにしたんだ」

 多分、魔族の殲滅を使命とする、祓魔騎士団のことを言っているのだろう。
 彼らの存在は秘密にされており、聖教会に所属する者でさえ知らない人の方が多い……という話を、ライルさんから聞いていた。
 フェリクスさんに続いて、ティアナさんが説明する。

「歴代の祓魔騎士は覇王の死後、忠実に任務にあたり、魔族に対処してきました。人類へのうらみを忘れられない魔族たちは、民の誘拐ゆうかい虐殺ぎゃくさつといった蛮行ばんこう幾度いくど企図きとしてきましたが、祓魔騎士団はそのたくらみを全て阻止してきたのです。実際、魔族は長らく人類に対して行動を起こすことはありませんでした。ですが……」

 俺は神竜のスピカのことを思い出した。
 姿を消したはずの魔族は、再び姿を現した。
 彼女とその母のアイシャさんは、魔族に拉致らちされ、非道な人体実験にさらされたのだ。
 それにいきどおったのが、アイシャさんの再婚相手であるドレイクだ。
 彼は妻と義理ぎりむすめを救い出すため、あらゆる手段をこうじて力を手に入れようとした。あいつが家族以外の命をつゆとも気にしない外道げどうになったのは、魔族が原因だ。
 俺たちが知らないだけで、魔族によって幸せな人生をこわされた人は、何人も何人もいるに違いない。
 俺が考え込んでいると、ライルさんが補足を入れた。

「祓魔騎士団はおよそ千年にも及ぶ長い歴史の中で、魔族に対抗すべく様々な知識と技能をつちかい、後世に伝えてきました。しかしここ数年、祓魔騎士の活動にかげりが見え始めました。突如とつじょとして、魔族の動きが活発化し、祓魔騎士の能力をもってしても、やつらの計画に対処できない……そのような事態が増えてきたのです」

 ライルさんいわく、まるで情報が敵にれているかのように、祓魔騎士団の動きが後手に回ってしまっていたそうだ。
 間違いなくアレクシスの仕業だ。

「魔族の存在は公表せず、秘密裏に対処する――その聖教会の方針が、アレクシスにとって都合のいい状況を生み出してしまったのです。祓魔騎士団を統括とうかつしていた彼の行動は、祓魔騎士があたる任務の秘匿性ひとくせいの高さから、枢機卿にさえ知らされないことが多くありました。まさか、その裏で魔族と繋がっていたなんて……」

 ティアナさんが俯く。
 それが、フェリクスさんの言う『責任』なのだろう。
 結果的に彼らはアレクシスの正体を見抜けず、野放のばなしにしてしまったのだから。
 フェリクスさんたちの様子を見て、ゼクスが疑問を口にする。

「一つお尋ねしたいのですが、アレクシスは長年、ティアナ猊下たちをあざむいていたのでしょう? 彼に何か不審な点は感じなかったのですか?」
「それは……」

 ティアナさんが躊躇ためらうそぶりを見せた。
 なんだろう? 何か言いづらいことでもあるのか?

「それはオレが答えよう。あいつの行動にやましいところはまったくなかった。恐ろしいことにな」
「まったく……ですか?」

 フェリクスさんの思わぬ返答に、ゼクスが困惑する。俺も同じ気持ちだ。
 そこまで断言するというのは、なんだかみょうな感じがするが……

「アレクシスは、非常に優秀な人物でした。着任してすぐ、無駄むだが多かった当時の祓魔騎士団の組織改革に着手。騎士団のほか、僧兵そうへいの新兵教練の見直しをはかるなど、多くの功績を挙げています。枢機卿としての職務に、不審な点は一切見られませんでした。多少、サボりぐせはありましたが、職務自体はしっかりと果たしていましたので。それに……」

 再び、ティアナさんが言葉を詰まらせる。話の続きをフェリクスさんが引き取った。

「信じられないかもしれねえがな、あいつには人類に対する悪意が一切なかったんだ。祓魔騎士団の情報を敵に流して、オレたちをだましていたにもかかわらずな」
「そうまで断言されるとは……もしや、聖下の持つ異能いのうによるものでしょうか?」

 何かに気付いたかのように、ソフィアさんが尋ねた。
 異能か……ソフィアさんは未来視ができるが、これは覇王の残滓であるがゆえの能力だ。
 フェリクスさんに、そんな力があるのか?

「ああ。オレは他人の感情が読めるんだ。そいつがどんだけ取りつくろった笑みを浮かべてても、はらの底で敵意を向けてくれば、すぐに分かる。なんつーか、こう……ビビッと伝わってくんだよ。いかりのオーラみたいなのが。もちろん、負の感情だけじゃなくて、正の感情も分かるぜ。そいつが心から楽しそうにしてりゃ、俺も楽しくなってくるしな」

 ティアナさんが補足する。

「私たちも、他人が悲しんでいたら同じように悲しくなったり、怒っている人間を前にして圧を感じたりといったことがあるでしょう? 他人の挙動や表情、声色から無意識のうちに相手の感情を読み取っているのです。兄はその感覚が常人よりするどく、他者の感情を強烈きょうれつに、寸分のくるいもなく感じ取れます」
「なんと……! 為政者としては、理想的な能力ですね。そんな力があれば、びへつらいながら、虎視眈々こしたんたん私腹しふくやそうと企む臣下の私心ししん容易たやすく見抜けるでしょう……本当にゆめのような異能です」

 ゼクスがこぶしを強くにぎり込んだ。
 これは俺に感情を読み取る異能がなくても分かる。恐らく、ゼクスの身の回りにそういった人物がいて、対応に苦労しているんだろうな……
 ティアナさんが頷いて言う。

「残念なことに、聖教会にも私腹を肥やさんと企む者はおりました。しかし、彼らは例外なく兄に胸の内を看破かんぱされ、その地位を追われています。皆、後に動かぬ証拠が見つかりましたし、兄の能力は確かだと言えるでしょう」
「だが、それでもアレクシスには、そういった感情は一切見られなかった。あいつはいつも楽しそうにしていた。それから、今となっては不気味ぶきみなことだが……人類に対する愛を感じたんだ」
「あ、愛‥…!?」

 あまりにも突拍子とっぴょうしのない言葉に、俺は思わず問い返した。

「ああ。あいつは本心から枢機卿としての職務を楽しみ、人類のためを思って行動しながらも、魔族と内通してたことになるな。まったく、意味が分からねえぜ」

 フェリクスさんの言う通り、なんとも奇妙な話だ……
 しかし、相手の感情を読み取る彼の力が本物なら、一つ合点がいく。
 俺はアレクシスが本性を現し、覇王の転生体をさらおうとした時のことを思い出しながら、口を開いた。

「アレクシスは、セキレイでの覇王の残滓との戦闘を正確に把握はあくしていました。そして、全ての黒幕でありながら、俺たちが残滓を打ち倒した事実に感動していたようで……」

 あの時は、アレクシスの言動が理解できず、恐怖さえ覚えた。だが、あいつが人類に対する愛情を抱いていたのなら、少なくともあれは本心からの発言だったということになる。

「そういえば、僕も一つ気になることがあります」

 星蘭さんは綺麗きれいな所作で手を挙げると、疑問を投げかけた。

「エルディア聖教会の枢機卿は、アレクシスを含めて六人いたはずです。その中に、アレクシス同様、人類に対して悪意を抱く者がいないか、危惧きぐしていたのですが……」
「オレが見たところ、不審なやつはいねえ。もっとも、アレクシスみたいに、感情と行動が一致しないやつがいたら話は別だがな」

 フェリクスさんの異能は強力だが、完璧に人の心が読めるわけじゃないらしい。
 アレクシスのような二面性がある人物が相手となると、万能とはいかないようだ。

「確証はないというわけですね……もし、他の枢機卿が魔族だとしたら我々は終わりだな。うぐぅ……」

 ゼクスが青ざめてつぶやく。ストレスで胃痛でも起こしたのか、お腹をでている。
 そんな彼をいたわるように、エリーゼが背中をさすった。

「あいつらのことなら心配いらねえぜ!」
「ふむ。それはなぜでしょうか?」

 フェリクスさんの言葉を聞き、ゼクスがいぶかしむ。
 アレクシスの裏切りがあったんだ。そうやって言い切ることは難しいんじゃないのか?
 ティアナさんが前に進み出た。


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