22 / 25
5章 現実
5-3
しおりを挟む
今日の東京はかなり暖かい。花粉が飛んでるって騒いでいる人が教室に数人いるくらいには暖かい。水に溺れることがほとんどなくなった私の人生も、暖かい春が来たといえるだろうか。
来月には桜が咲く。その頃の私はどんなコードを使ってどんなリズムのどんな曲を作っているのだろうか。桜を題材にした曲も作りたいな、なんて思う。
雪斗と久しぶりのセッションをして、私は改めて「音楽の力」を実感した。自分の曲で誰かを救えるかどうかに自信はないけれど、「自分の辛さ」を人に押し付けることになってしまうのかもしれないけれど、それでも、音楽で人を救えることは確かなんだ。
雪斗を傷つける言葉を言ってしまってから、せっかく決めた将来の夢も諦めてしまおうか、やめた方がいいんじゃないかって思ってもいた。でも、やっぱり諦めたくない。私の見えている景色が、たまたま届いた誰かの心にそっと寄り添えるものであることを願いたいんだ。
——だから私は、今日も音を探す。
最近は、これまでは全然真面目にやってこなかった勉強も少しずつ始めることにした。数学のノートには関数が駆け抜け、方程式と恒等式がワルツを踊る。英語のノートには単語が整列し、SVOCが自己主張する。歴史の教科書では今日も偉人たちが気難しい顔をこちらに向けている。最初は訳がわからなかったが、学んだことを曲に落とし込みながら頭に詰め込んでいくうちに、いつの間にか問題が解けるようになってきた。
将来は目に見えない。未来の自分が何をしているのか、知る由もない。でも、今向かうべき方向ははっきりとわかる。この先どれだけ複雑な道が待っていようと、この方向に進むことはやめない。
私は音楽を作るために、生まれてきたんだ。
「莉音!なんかスッキリした顔してるね。仲直りできたの?」
全く、舞香は何もかもお見通しだ。
「うん。舞香、本当にありがとう」
「お礼言われるようなことしてないってば!莉音が頑張って向き合ったんでしょ?」
「でも、励ましてくれたから。もし舞香が困ってたら、今度は私が助けるから、ちゃんと言うんだよ?」
舞香がびっくりした顔をしていた。そんな驚くようなこと言っただろうか。
「ちょっと莉音~!そんなこと言われたら泣いちゃうでしょ!」
次の瞬間、舞香にぎゅっと抱きつかれていた。ふわっと甘い香りが広がる。泣きそうに潤んだ目をこちらに向けている舞香は、とても嬉しそうだった。
「あ、じゃあさじゃあさ!私、莉音の曲聴いてみたいんだよね!あ、別に困ってるとかじゃないんだけど、ずっと言いたくて……ちょっと恥ずかしくて言えなかったの」
今度は私が驚く番だった。ぽかーんとアホ面を晒してしまう。
「あ、もちろん嫌じゃなかったらでいいんだけど……」
「嫌じゃないよ!聴いてほしい!」
イヤホンを片方渡して、アノテーションをオフにする。一番思い入れのある「夜の音」を聴いてもらうことにした。
曲が始まってしばらくは舞香は真剣な顔をして聴いている。途中で曲調がガラッと変わって、舞香の表情のそれにつられて動いた。段々と、苦しそうな顔になっていき、目には涙が溜まっていく。教室だから決壊することはなかったが、今にも溢れ出しそうなくらいだった。瞳が揺れている。
私の曲で嫌な思いをしたのだろうか、と不安になる。大丈夫かな。
曲が終わり、イヤホンを外した舞香はもう一度私に抱きついてきた。
「……別に、特別嫌なことがあるわけじゃないんだけどね、たまに不安になるの。私は勉強得意じゃないし、部活も別にそこまで全力ってわけじゃない。莉音みたいに曲が作れるわけじゃないし、何もできない。そんな私が将来誰かの役に立てるのかなって不安になるの。でも、この曲はそっと頭を撫でてくれるみたいに優しくて、泣きそうになっちゃった」
舞香にも悩んでいることがあるんだ。頼れる親友という感じなのに、いつも楽しそうに笑っているのに、そうやって不安を感じることがあるんだ。これまでは知らなかった新しい一面を見ることができたような気がして、音楽の力を実感する。
そして、「夜の音」がその舞香の心の奥底に寄り添える曲だったのだ。それが本当に嬉しくて、同時に舞香に安心して欲しくて舞香を強く抱きしめ返す。
「舞香は私をいつも励ましてくれてるじゃん。何もできないなんて言わないでよ」
「ありがとう、莉音」
私と舞香の絆は、これでまた一層強くなった。お互いの心臓に触れ合っている感覚。それくらい近い距離。大切な人との向き合い方を学んだ気がした。また一つ、私は確かに前に進んだ。
集中して受ける授業は、時計と睨めっこしながら受ける授業と全然違ってあっという間に終わる。7時間目まで終わり、舞香は部活へと向かった。
「莉音、また明日~!別の曲聴かせて!」
「うん、また明日!」
西日に照らされる机とそうでない机がある。いいことがある日とそうでない日があるのと似ている。今日は舞香とぎゅっと距離が縮まったいい日だ。その証というように、ちょうど私の机は西日に照らされていた。
みんなが部活に行ってしまった伽藍堂の教室を数秒眺めて感傷に浸ってから、帰路についた。
♪*。
来月には桜が咲く。その頃の私はどんなコードを使ってどんなリズムのどんな曲を作っているのだろうか。桜を題材にした曲も作りたいな、なんて思う。
雪斗と久しぶりのセッションをして、私は改めて「音楽の力」を実感した。自分の曲で誰かを救えるかどうかに自信はないけれど、「自分の辛さ」を人に押し付けることになってしまうのかもしれないけれど、それでも、音楽で人を救えることは確かなんだ。
雪斗を傷つける言葉を言ってしまってから、せっかく決めた将来の夢も諦めてしまおうか、やめた方がいいんじゃないかって思ってもいた。でも、やっぱり諦めたくない。私の見えている景色が、たまたま届いた誰かの心にそっと寄り添えるものであることを願いたいんだ。
——だから私は、今日も音を探す。
最近は、これまでは全然真面目にやってこなかった勉強も少しずつ始めることにした。数学のノートには関数が駆け抜け、方程式と恒等式がワルツを踊る。英語のノートには単語が整列し、SVOCが自己主張する。歴史の教科書では今日も偉人たちが気難しい顔をこちらに向けている。最初は訳がわからなかったが、学んだことを曲に落とし込みながら頭に詰め込んでいくうちに、いつの間にか問題が解けるようになってきた。
将来は目に見えない。未来の自分が何をしているのか、知る由もない。でも、今向かうべき方向ははっきりとわかる。この先どれだけ複雑な道が待っていようと、この方向に進むことはやめない。
私は音楽を作るために、生まれてきたんだ。
「莉音!なんかスッキリした顔してるね。仲直りできたの?」
全く、舞香は何もかもお見通しだ。
「うん。舞香、本当にありがとう」
「お礼言われるようなことしてないってば!莉音が頑張って向き合ったんでしょ?」
「でも、励ましてくれたから。もし舞香が困ってたら、今度は私が助けるから、ちゃんと言うんだよ?」
舞香がびっくりした顔をしていた。そんな驚くようなこと言っただろうか。
「ちょっと莉音~!そんなこと言われたら泣いちゃうでしょ!」
次の瞬間、舞香にぎゅっと抱きつかれていた。ふわっと甘い香りが広がる。泣きそうに潤んだ目をこちらに向けている舞香は、とても嬉しそうだった。
「あ、じゃあさじゃあさ!私、莉音の曲聴いてみたいんだよね!あ、別に困ってるとかじゃないんだけど、ずっと言いたくて……ちょっと恥ずかしくて言えなかったの」
今度は私が驚く番だった。ぽかーんとアホ面を晒してしまう。
「あ、もちろん嫌じゃなかったらでいいんだけど……」
「嫌じゃないよ!聴いてほしい!」
イヤホンを片方渡して、アノテーションをオフにする。一番思い入れのある「夜の音」を聴いてもらうことにした。
曲が始まってしばらくは舞香は真剣な顔をして聴いている。途中で曲調がガラッと変わって、舞香の表情のそれにつられて動いた。段々と、苦しそうな顔になっていき、目には涙が溜まっていく。教室だから決壊することはなかったが、今にも溢れ出しそうなくらいだった。瞳が揺れている。
私の曲で嫌な思いをしたのだろうか、と不安になる。大丈夫かな。
曲が終わり、イヤホンを外した舞香はもう一度私に抱きついてきた。
「……別に、特別嫌なことがあるわけじゃないんだけどね、たまに不安になるの。私は勉強得意じゃないし、部活も別にそこまで全力ってわけじゃない。莉音みたいに曲が作れるわけじゃないし、何もできない。そんな私が将来誰かの役に立てるのかなって不安になるの。でも、この曲はそっと頭を撫でてくれるみたいに優しくて、泣きそうになっちゃった」
舞香にも悩んでいることがあるんだ。頼れる親友という感じなのに、いつも楽しそうに笑っているのに、そうやって不安を感じることがあるんだ。これまでは知らなかった新しい一面を見ることができたような気がして、音楽の力を実感する。
そして、「夜の音」がその舞香の心の奥底に寄り添える曲だったのだ。それが本当に嬉しくて、同時に舞香に安心して欲しくて舞香を強く抱きしめ返す。
「舞香は私をいつも励ましてくれてるじゃん。何もできないなんて言わないでよ」
「ありがとう、莉音」
私と舞香の絆は、これでまた一層強くなった。お互いの心臓に触れ合っている感覚。それくらい近い距離。大切な人との向き合い方を学んだ気がした。また一つ、私は確かに前に進んだ。
集中して受ける授業は、時計と睨めっこしながら受ける授業と全然違ってあっという間に終わる。7時間目まで終わり、舞香は部活へと向かった。
「莉音、また明日~!別の曲聴かせて!」
「うん、また明日!」
西日に照らされる机とそうでない机がある。いいことがある日とそうでない日があるのと似ている。今日は舞香とぎゅっと距離が縮まったいい日だ。その証というように、ちょうど私の机は西日に照らされていた。
みんなが部活に行ってしまった伽藍堂の教室を数秒眺めて感傷に浸ってから、帰路についた。
♪*。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる