5 / 100
第5話
しおりを挟む喉の首輪が、まだ薄く光っている。
さっきまで私の死を待っていた群衆は、今、私の言葉を待っていた。
この差が、いちばん怖い。
「……配信、続いてる?」
私は精霊石に指を添える。触れた感触はないのに、熱だけが掌に滲む。
空に浮かぶ巨大な水晶モニター。そこに、文字が流れていく。
『え、今のマジ?』
『王子が贈った宝石が罠って……』
『でも悪役令嬢の言うことだし』
疑う声はある。あって当然だ。
真実は、最初から信じられない。信じられるのは、“みんなが信じたもの”だけ。
「いい反応ね」
私は笑う。優雅でも可憐でもない。処刑台の上で生き残るための笑い。
「みんな、困ってるでしょ。どっちが本当か分からない。だから今日は、分かりやすいものを出す」
私は首輪を軽く叩く。火花が散って、術式が一瞬だけ黙る。
『首輪止まった!?』
『いいね押せ! 押せ!』
文字が加速していく。
背中を押すような精霊力が、骨の奥に満ちる。怖さが薄れていく代わりに、別の冷たい確信が育つ。
——この国は、感情で動く。
処刑台の下。カイル王子は、まだ“善良な顔”を貼り付けていた。
眉を寄せ、哀れむように。
私の死を、国民の癒やしにする顔。
でも、その目だけは怒っている。
配信が続くほど、私を殺せない。
しかも全国が見ている。王子の失敗は、王子の責任になる。
「スカーレット」
カイルが、柔らかい声で呼ぶ。
「今なら、悔い改める機会を与えよう。君が罪を認めれば……」
「罪?」
私は首を傾げる。首輪が食い込んで痛い。でも痛みは利用できる。
「ねえ、みんな。聞きたいんだけど」
私はモニターを見上げた。
「王太子殿下って、誠実な人だと思う?」
一瞬、コメントが止まる。
それから、恐る恐る文字が流れた。
『いい人だと思ってた』
『王子さまは優しいって……』
『でも今の話が本当なら……』
私は頷く。
「そう。思ってた。だからこそ、ここが分岐点」
私は指を立てる。
「王太子殿下は、私に宝石を贈った。恋人の証みたいにね。でもその宝石は、私を破滅させるための罠だった」
カイルの口角が、わずかに引きつる。
「証拠は?」
「いまから出す」
私は即答した。
ここで“出せない”と言った瞬間、空気は戻る。
処刑台はまた、私の墓になる。
「ただし、条件がある」
私は息を吸う。
「視聴者参加型でいこう。今から私が言う言葉に、賛成なら『いいね』を押して」
『参加型!?』
『やば、面白くなってきた』
『公開裁判じゃなくて番組みたい』
「賛成が多ければ、私は“視聴者プレゼント”を開封する」
ざわめきが広がる。現場のざわめきと、全国のざわめきが重なる。
カイルが一歩踏み出す。
「ふざけるな。裁判を——」
「裁判?」
私は遮った。
「だったら公平にしようよ。王家の放送網を使って、私だけを悪者にする。これが裁判なら、あなたたちの正義って、ずいぶん便利ね」
『たしかに』
『王命放送っていつも一方的だもんな』
『でも王家に逆らうのは……』
恐怖は根強い。
だから私は、恐怖を“娯楽”に変える。怖いほど見たくなる形に。
「ねえ、みんな。王家の不祥事って、興味ある?」
言った瞬間、コメントが爆発した。
『ある』
『あるあるある』
『不祥事リストとか草』
『王子の不貞って何!?』
来た。
私は笑って、首輪の光を指でなぞった。
「そう、その“不貞”ね」
カイルが息を呑むのが見えた。
彼は知っている。私がどこまで掴んでいるか。
そして彼は知らない。私が“掴んでいないこと”を、今から作れるということを。
「まず予告。今日の視聴者プレゼントは二段構え」
私は指を二本立てる。
「第一弾。王太子殿下が、私に贈った宝石の真の用途。誰が術式を仕込んだか。どの部署が関わったか」
『部署!?』
『組織ぐるみ?』
『やばい匂いする』
「第二弾」
私はわざと間を置く。
「王家の“不祥事リスト”」
群衆が、笑った。
笑いは武器だ。権威を一瞬で軽くする。
カイルの顔が、笑えなくなる。
「スカーレット、貴様……!」
「王子さま」
私は甘く呼んだ。
「あなた、いい人のままでいられると思ってた?」
モニターには、もう疑いよりも期待が多い。
人は真実より、続きが気になる。
続きが気になった瞬間、もう“多数派”の入口に足を踏み入れている。
『続き見たい』
『いいね足りないぞ!』
『処刑止めろ! 配信終わる!』
精霊力が、風になって私の髪を持ち上げる。首輪の術式が、火花を散らして後退した。
処刑執行人が縄に手をかけても、縄が私の喉に近づかない。
まるで“民意”が、物理的な壁になっている。
カイルは焦って、衛兵に目配せした。
衛兵が精霊石に手を伸ばす。
その瞬間、石は私の意思に反応して光になり、指の間をすり抜けた。
奪えない。壊せない。止められない。
私は囁く。
「ねえ、全国のみんな。ここからが本番」
「リストは今すぐ全部は出さない。だって、出したら終わっちゃうでしょ?」
『引き延ばすなw』
『でもそれが正解』
『続けて!』
私は頷く。
「賢い。そう、続けるの」
私はカイルを見下ろした。
「私が死んだら、真実も死ぬ」
「でも私が生きたら、王家の嘘が死ぬ」
私は精霊石を掲げる。
「さあ、投票して。次に暴くのは——王子の“不貞”か、それとも宝石の“罠”か」
コメント欄が、二択で埋まっていく。
その中に、ひとつだけ異質な文字が混じった。
『聖女は二人いる。エレーナを探せ』
私は喉の奥が冷えるのを感じた。
——誰が書いた?
そして同時に、首輪の術式が、今までと違う色で脈打った。
カイルが笑う。やっと“本音の笑い”を。
「配信者ごっこは終わりだ、スカーレット。次は“事故”で死んでもらう」
私の足元の処刑台が、静かに割れ始めた。
68
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる