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第21話
しおりを挟む空がざわついていた。
王都の広場だけじゃない。水晶灯の光が、国の端まで脈打っているのがわかる。
私は処刑台の上で、喉の首輪の「ちり…」という音を聞きながら、ひとつ深呼吸した。
興奮したら死ぬ。だから、感情は凍らせる。
カイルは光の檻の中で、膝をつかされている。
多数派が「立つな」を選べば、彼は立てない。王太子なのに。
空の巨大モニターには、支持率とコメントが雪崩れていた。
【逃がすな】
【弟を返せ】
【聖女は一人じゃないんだろ】
私は声が出ない。
だから、配信枠に文字を落とす。禁忌の精霊石が、私の意図だけを拾ってくれる。
『ここからが本番。王国の外にも、見せる』
その瞬間、コメント欄の色が変わった。
いつもより、言葉が硬い。語尾が違う。王都の罵声じゃない。
【これは……王国の公開裁判か?】
【翻訳術式、起動。文字が読める】
【隣国語だ!】
国境の向こう。
隣国の水晶灯が、この配信を受信している。いや、受信どころじゃない。向こうの「王命放送枠」まで、こっちが侵食している。
私の背筋に冷たい汗が走る。
民意は国境を知らない。精霊力は「見たい」という欲望に従う。
そして今、隣国も見たがっている。
「悪役令嬢が処刑台で王太子を追い詰める瞬間」を。
カイルが顔を上げ、唇だけで笑った。
(ほらな。君は国を燃やす)
言葉は聞こえないのに、態度だけでわかる。
私は笑い返さない。
喉の首輪が、私の心拍を測ってる。勝ち誇った瞬間に、引き金が落ちる。
コメントがさらに混ざり始めた。
【帝都の広場でも映ってるぞ】
【賢帝陛下がご覧になってる】
【嘘だろ、あの方が?】
賢帝。
隣国の皇帝は、冷徹で合理的で、戦争を「数字」で止めた男だと聞く。
そんな人間が、この配信に興味を持つ理由は一つ。利用価値。
空のモニターの端に、見慣れない表示が割り込んだ。
【外部回線要求:アウレリア帝国・皇帝府】
【接続申請:一次認証中】
私は息を止めた。
王家の放送網は、受信専用のはず。なのに今は、向こうから「入ってくる」。
精霊石が熱を持つ。
まるで、「繋げ」と言っているみたいに。
『……賢帝が、私に?』
テロップを出した途端、コメントが爆発した。
【繋ぐな!利用される!】
【繋げ!外交カードだ!】
【賢帝なら王子よりマシ】
【いや、帝国は敵だぞ】
多数派の意思が揺れると、空気が重くなったり軽くなったりする。
処刑台の周りの石畳が、ぎし、と鳴った。精霊力が迷っている。
国王が青い顔で叫んでいるのが見える。音は届かない。
たぶん「止めろ」だ。止めたいよね。国境を越えたら、隠蔽が国家事故になる。
カイルは檻の中で、わざとらしく天を仰いだ。
(隣国に泣きつくのか?)
その挑発が、私の心拍を一段上げる。首輪が「ちり」と鳴った。
だめ。
私は怒るために生き延びてるんじゃない。弟を取り戻すために、生き延びてる。
画面の隅で、認証が進む。
【一次認証:完了】
【二次認証:精霊紋照合中】
精霊紋。
王家の紋章が偽物だと露呈した今、隣国の紋章が本物なら――比較される。
真実は、多数派が作る。なら、比較の「絵」は最強の武器だ。
私はテロップを落とした。
『条件がある。弟リオンの安全を、今ここで担保できる?』
コメントが一瞬止まる。
その沈黙の中、モニターに新しい枠が開いた。王国の放送枠とは違う、冷たい白の縁。
そこに映ったのは、玉座じゃなかった。
机。積まれた書類。ペンを走らせる手。無駄がない。
そして顔を上げた男の目が、こちらを刺した。
笑わない。怒らない。感情が薄いのに、支配だけが濃い。
彼が口を動かした。
音は私には届かないはずなのに――なぜか、字幕だけが出る。隣国側の術式だ。
【賢帝】「スカーレット・ルージュ。君の配信は、国境を越えて“現実”を動かしている」
私は喉の首輪に触れないように、指先だけで精霊石を回す。
心拍を落とせ。落とせ。
【賢帝】「取引をしよう。君が望む“保護”を提示できる」
【賢帝】「代わりに、君が握っている禁忌の接続権限――それを、帝国にも開け」
空が凍った。
コメント欄が、信じられない速度で二つに割れる。
【売るな!】
【開け!助かる!】
【帝国に渡したら終わる】
【でも弟が……】
逃げ場のないジレンマが、喉元に手をかけた。
弟を救うには、国境を越えた権力に手を伸ばすしかない。
でも、その瞬間、私の配信は「私の枠」じゃなくなる。
賢帝の目が、まるで投票を待つみたいに静かだった。
カイルは檻の中で、勝ちを確信した顔をした。
私はテロップを出そうとして、止めた。
一文字で、世界が決まる。
多数派が「そう見たい」と思った現実が、寄ってくる。
――もしここで私が「助けて」と書いたら。
私は救われる代わりに、帝国の道具として“そう見える”ようになる。
首輪が「ちり」と鳴った。
心拍が、上がっている。
空のモニターに、新しい投票枠が勝手に出現する。
【選択肢】
【A:賢帝と接続する】
【B:接続を拒否する】
【投票開始:30秒】
誰が出した。私じゃない。
でも、もう始まっている。
私の意思より先に、多数派が私の運命を決めに来た。
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