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第22話
しおりを挟む光の檻の中で、カイルが笑うのをやめた。
あの“いい人の仮面”が剥がれた顔は、怖いくらい空っぽだ。
空の巨大モニターには、国境を越えたコメントが滝みたいに流れている。
帝国語、隣国語、翻訳術式の字幕まで勝手に付く。
私は声が出ない。
喉の首輪が「ちり…」と鳴って、心拍の波を測ってくる。
興奮したら死ぬ。だから私は、息だけで戦う。
――そのとき、広場の奥が割れた。
人の波が、左右に“避けた”。自分の意思じゃない。
王家の気配は、民衆の膝を折らせる。
「王妃陛下のお成りです」
衛兵の声が震える。
来た。
カイルの母。王妃。
この国で“優雅”が暴力になる女。
王妃は処刑台を見上げ、私ではなく空のモニターを見た。
視線がまず“配信”を殺しに来てる。
ああ、分かりやすい。
彼女はにこりと笑って、両手を合わせた。祈るみたいに。
でも祈りじゃない。仕込みだ。
指先から、小さな硝子瓶が滑り出る。
透明な液体。光を含んだ紫。
薬だ。魔法薬。
投げれば霧になって、吸った者だけを静かに殺すやつ。
私はテロップを落とす。
【王妃さま、それ“どこ製”です?】
王妃の眉がぴくりと動いた。
“声が出ない囚人”が、全国に文字で噛みついてくるのが気に食わない。
その感情が、私の首輪を「ちり…」と鳴らす。
落ち着け、私。息を細く。
王妃は瓶を高く掲げた。
「魔女の悪あがき。見苦しいこと」
そして、私に向けて投げた。
瓶は空中で割れ、紫の霧が花みたいに開く。
狙いは私の顔。吸わせる気だ。
でも次の瞬間、霧が“止まった”。
見えない壁。
支持の防壁が、霧さえ弾く。
霧は押し返され、ゆっくりと王妃のほうへ戻っていく。
コメント欄が一斉に跳ねた。
【毒!?】
【今の、薬だろ】
【王妃が投げたぞ】
【分析班いけ】
分析班――そう。
この世界の民衆はもう、ただの群衆じゃない。
配信の向こうに、医師も薬師も、元魔導研究員もいる。
“多数派の知恵”が、武器になる。
空に、勝手に解析テロップが重なる。
【成分推定:紫紋草抽出+睡魔茸精留】
【吸入型/肺で術式発火】
【対処:息止め、風向き固定】
【危険:使用者も吸う】
王妃が固まった。
「な……に、それは」
自分の手札が、全国の前で“解剖”されていく。
私は追撃のテロップ。
【王妃の瓶、王家薬局の刻印つき】
【王家が禁忌の薬を保管?】
王妃の笑顔が、ひきつった。
彼女は慌てて扇を広げ、霧を払おうとする。
その動きが、最悪だった。
霧が扇の風で渦を巻き、王妃の顔へ――。
「っ……!」
声にならない悲鳴。
気品の仮面が、崩れる。
王妃は口元を押さえ、よろけた。
頬が青紫に染まり、瞳孔が揺れる。
“優雅”が、みっともなく崩れていく。
護衛が駆け寄ろうとするが、民意の壁が邪魔をする。
今、広場の多数派はこう思った。
「触るな」「逃がすな」「見せろ」
その意思が、空気を固める。
王妃は膝をついた。
でも倒れない。倒れたくない。
倒れた瞬間に、自分が“毒を投げた人”として固定されるから。
カイルが檻の中で、初めて焦った顔をした。
母が自爆したのが、計算外なんだ。
いい気味、って言いたい。
でも私は興奮できない。首輪が私を殺す。
王妃は震える手で、別の小瓶を探った。解毒だ。
けれど指がもつれて落とす。
硝子が割れる。今度は白い霧。
白と紫が混ざって、さらに濃くなる。
コメントが容赦なく刺さる。
【解毒薬じゃなくて増幅剤混ぜた?】
【王妃、薬の扱い下手すぎ】
【自爆コントやめろ】
【これが王家の品格】
王妃は、笑おうとした。
「こ、これは……魔女の……術で……」
言い訳の途中で、舌がもつれて言葉が崩れる。
その瞬間、配信枠の下に新しい表示が出た。
《投票開始:王妃の行為は“毒殺未遂”か?》
選択肢は二つ。
《YES》と《言いがかり》
王妃の顔が、真っ白になった。
違う。彼女が恐れてるのは裁判じゃない。
“多数派が真実を作る”ことだ。
私は息を整え、最後のテロップを落とす。
【王妃さま。いま、あなたの罪は“投票”で決まります】
首輪が「ちり…」と鳴る。
心拍が上がる。危ない。
なのに、空の数字が上がっていくのが見えた。
《YES:93%》
《言いがかり:7%》
王妃は、処刑台の下で笑ったまま固まった。
その笑顔のまま、紫の霧を吸って――。
次に落ちたのは、彼女の扇じゃない。
王家の“威厳”そのものだった。
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