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第28話
しおりを挟む「――投票結果が出た瞬間、地下の扉が開く」
私は喉の首輪が鳴らす“ちり…”を、息で押し殺した。
空の巨大モニターには、王家会計台帳の赤点がまだ残っている。
宝石の保管庫。倉庫。隠し金庫。国家機密の場所。
そして目の前には、膝を落とさせる女。
王妃エレーナ。白い紋が灰に濁り、黒い糸が絡みついている。
「見なさい、民よ。これが“魔女”よ」
彼女は優しく言う。優しいから、怖い。
圧が、空気に命令する。
広場だけじゃない。全国の水晶灯の前でも、同じように膝が落ちている。
私は叫べない。
笑えない。怒鳴れない。興奮したら死ぬ。
だから、息でテロップを落とす。
【質問:あなたは跪いたの? それとも“跪かされた”の?】
コメントが降る。
【今、膝が勝手に…】
【これ、私の意思じゃない】
【王妃、何した】
エレーナの口角が、ほんの少しだけ上がった。
“多数派”を作るのが得意な顔。
その瞬間。
広場の外周、騎士の隊列がざわめいた。
王都騎士団。
王家の盾。民の剣。……のはずだった。
隊列の半分が、動かない。
いや、“動けない”じゃない。動かないと決めている。
指揮官格の男が、兜の奥から私を見た。
視線が、空のモニターと、私の首輪と、王妃の灰色の紋を行き来する。
彼は一歩、前に出た。
次の瞬間、彼の部下たちが止めようとして――止められなかった。
「第一中隊、前へ」
低い声。
命令が、王妃の圧に勝った。
膝を落としていた民の中で、何人かが顔を上げる。
“命令されて跪く空気”に、裂け目が入った。
エレーナが眉をひそめる。
圧が増す。石畳がきしむ。
でも、騎士たちは踏ん張った。
踏ん張れる理由がある。
彼らも配信を見ていた。
孤児院の入金記録。王太子承認印。筆跡一致。
地下の拘禁区画の映像。縛られた少年。
そして今、王妃が“浄化”と呼ぶ吸収の呪い。
精霊が逃げる光景。
真実は、多数派が作る。
でも多数派は、殴って作るものじゃない。
「……王都騎士団、第五隊」
別の方向から、別の隊列が動いた。
「第八隊も」
「第二隊も、前へ!」
半数。
本当に、半数が隊列を割った。
彼らは広場を横切り、処刑台へ向かって走る。
その足音が、民の心拍みたいに響いた。
私の首輪が“ちり…”と鳴る。
心拍が上がる。危ない。
私は息を浅くして、テロップだけを落とす。
【来ないで。私に近づくと、首輪が反応する】
先頭の指揮官が、走りながら首を振った。
“分かっている”という動き。
そして、処刑台の手前で全員が膝をついた。
私に、じゃない。
処刑台そのものに。
この場の“真実”に。
「スカーレット・ルージュ」
指揮官が名を呼ぶ。声は震えていない。
「我らは王家に忠誠を誓ってきた」
「だが、王家が“王国”ではないなら――話は別だ」
エレーナが冷たく笑う。
「反逆ね」
指揮官は視線を逸らさない。
「反逆ではない。訂正だ」
「我らは民を守るために剣を持つ」
「民を跪かせ、精霊を吸い、子どもを地下で“処理”する者を――守る理由はない」
コメント欄が爆発した。
【騎士団来た!】
【半分離反!?】
【これもう王家終わり】
エレーナの圧が、さらに強くなる。
今度は“跪け”じゃない。
“黙れ”だ。
空気が喉に詰まる。
私は笑えない。息が乱れたら死ぬ。
でも、騎士団の半数が“黙れ”を拒んでいる。
彼らが盾の列を作った。民の前に。
盾が、圧を受け止めた。
金属が悲鳴を上げる。腕が震える。
「スカーレット様」
別の騎士が、膝をついたまま言う。態度が、すべてだった。
「我らはあなたを“悪役令嬢”だと信じていた」
「だが、配信で見た」
「あなたは、最初から――王国の穴埋めをしていた」
「深夜、王太子の仕事を回し、孤児院に金を流し、そして今、声も出せずに戦っている」
私は首を振る。
“美談”にするな。興奮する。死ぬ。
だから、短くテロップ。
【忠誠は要らない。必要なのは、時間】
指揮官がうなずいた。
「承知」
「我らがここに立つ」
「あなたの配信が続く限り、あなたは殺せない」
「ならば我らは、“配信の外”を守る」
――配信の外。
つまり、地下。
私の背中が冷える。
投票結果が出た瞬間、地下の扉が開く。
騎士たちも、そこまで読んでいる。
読んだうえで来た。
エレーナが一歩進む。
灰色の紋が脈打ち、黒い糸が伸びる。
「忠誠を誓うなら、相手を選びなさい」
「王家か、魔女か」
指揮官が立ち上がった。
“多数派”の前で、堂々と。
「選ぶのは、我らじゃない」
「民だ」
空のモニターに、選択肢が勝手に立ち上がる。
精霊力が、判決の形を取り始める。
【投票:王都騎士団の行動を支持する?】
【YES / NO】
私の喉の首輪が、嫌な音で鳴った。
“ちり…”が、刃の予告に変わる。
だめ。心拍を上げるな。
でも、投票が始まった瞬間――地下の扉が開く。
私は息だけで、最後のテロップを落とした。
【リオンを、先に出して】
その直後。
遠い地下から、鉄の軋む音がした。
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