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第29話
しおりを挟む空の支持率ゲージが、じわりと半分を越えた。
【支持率:50%】の文字が点滅して、次の瞬間――世界が、深呼吸したみたいに静かになる。
「……来た」
私は声が出ない。
でも首輪が「ちり…」と鳴って、喉の奥に刃の気配を押し当ててくる。
興奮したら死ぬ。
だから私は、勝った喜びすら飲み込む。
息だけで、配信枠を操作する。
視界の端で、光の粒が嵐みたいに集まった。
コメント。いいね。怒り。祈り。
それが精霊力になって、処刑台の周りの空気を“厚く”する。
そして、支持率50%は――もう防壁じゃない。
出力そのものが、別物だ。
カイルの周りの光の檻が、音もなく形を変えた。
棒の格子じゃない。
“王太子だけを囲う小さな玉座”みたいに、膝を床に縫い付ける。
「やめろ……! 私は王太子だぞ!」
カイルが叫ぶ。
その声が全国に響くほど、惨めさだけが増幅される。
王妃エレーナは、微笑んだまま一歩進む。
それだけで広場の膝が落ちる。
全国の水晶灯の前でも、同じように。
――圧。
“多数派っぽさ”を作る支配。
それでも今日は、違う。
空のコメント欄が、ざわめきから確信に変わった。
【王妃の紋、灰色…】
【浄化じゃない、吸ってる】
【精霊が逃げてる】
エレーナの指先から伸びる黒い糸が、見える人には見える。
私には、精霊たちが嫌がって身をよじるのが“音”で分かる。
彼女は吸ってる。民の信仰も、精霊の力も。
でも。
支持率50%は、その吸い込みに“逆流”を起こした。
精霊力が私の背中に、どん、と流れ込む。
熱じゃない。
冷たい確信。理不尽を折るための、静かな圧力。
首輪が「ちり…」と鳴る。
心拍が上がりかけて、私はすぐに息を細くする。
大丈夫。笑わない。怒らない。泣かない。
代わりに、テロップだけを落とす。
【投票は、扉を開ける】
【なら次は、“結界”を開ける】
王城の方向に、誰かが顔を向けた。
皆が知ってる。
王城には結界がある。王家の紋章が“秩序”を示すための、あの膜。
カイルが青ざめた。
エレーナの笑みが、ほんの少しだけ固まる。
国王の右腕の刻印が、遠目にも脈打った。
――見られたくない。
だから配信を止めたがった。
だから私を殺したがった。
私は息を吸って、吐く。
禁忌の精霊石が、それを“命令”として拾う。
【王城結界:解除】
【権限:多数派】
一瞬、世界が耳鳴りした。
次に、王城の外壁を覆っていた薄い光の膜が、紙みたいに剥がれ落ちる。
ぱらぱらと、光の破片が空に舞って、消えた。
広場がどよめいた。
全国が息を呑んだ。
隣国語のコメントまで、同じ言葉に収束していく。
【結界が落ちた】
【王家の結界、民意で剥がせるの?】
【本当に“秩序”なら剥がれないはずだろ】
エレーナが、初めて声色を変えた。
「そんなこと、許されるわけが――」
その瞬間、彼女の灰色の紋に絡む黒糸が、びくりと跳ねる。
精霊が嫌がっている。
“多数派”が、彼女の嘘を拒否している。
カイルは檻の中で、必死に体を起こそうとする。
でも多数派が作った玉座は、彼に立つ権利を与えない。
王太子の威厳だけが、膝の下で砕けていく。
私は視線だけで、王城へ合図する。
結界が落ちた今、王城の“中”が、配信に繋がる。
隠し部屋も。地下も。通路も。
――リオン。
今日中に処理される弟。
投票結果が出た瞬間に地下の扉が開くなら、今の解除もまた、連動する。
首輪が「ちり…」と鳴った。
心拍が跳ねる。
私は息を止める寸前で、ゆっくり吐いた。
焦るな。
今ここで私が死んだら、弟も終わる。
だから私は、冷たく、正確に、次の一手だけを落とす。
【王城内:全域リンク】
【映像ソース:地下旧拘禁区画/現在】
空の巨大モニターが、暗転した。
次の瞬間、湿った石の廊下が映る。
鉄の扉。縄。
そして――口を塞がれた少年の目が、こちらを見た。
コメント欄が、悲鳴みたいに爆発する。
その中で、私の喉の首輪が、ひときわ静かに鳴った。
「ちり…」
まるで、次に私が何を言うか分かっているみたいに。
私は、息だけでテロップを落とした。
逃げ場のない、問いかけを。
【ねえ王家。】
【“真実”は、誰が決めるの?】
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