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第30話
しおりを挟む支持率【52%】。空気が、もう「壁」じゃない。
世界そのものが、こちらの手に乗ってる感覚。
王城結界が落ちたせいで、配信の枠は広場だけじゃなく、王城の中までつながっている。
逃げ場がない。隠し部屋も、地下も、心臓の裏側みたいな場所まで。
私は息だけで、テロップを落とす。
【次:王太子カイル “弁明”枠】
ざわめきが増幅して、空から文字が降る。
【土下座来る?】
【泣いて謝れ】
【弟を返せ】
カイルは、光の檻の中で膝を折っていた。
多数派が「立つな」を選んだままだから、立ち上がれない。
なのに、その目だけはずっと上から見下ろしてくる。
王妃エレーナの灰色の紋が、まだ黒い糸を引いている。
吸う。信仰も、精霊も。
けど、52%の多数派は逆流を起こして、私の背中に重い熱を押し込んでくる。
首輪が、ちり…と鳴った。
心拍が上がるな、って警告。
私は笑わない。怒らない。泣かない。
呼吸だけで、殺す。
カイルが喉を鳴らす。
「ス、スカーレット……」
声が震えてる。うまい。舞台慣れしてる。
私は声が出ない。だから、字幕で返す。
【聞こえてます】
カイルは両手を石畳につき、額をこすりつけた。
土下座。全国向け。
帝国語の字幕まで勝手に整列して、空に貼り付く。
「どうか……命だけは……」
「私は……間違っていた」
「君を、救いたいんだ」
コメントが割れる。
【演技臭】
【でも土下座は草】
【救いたいなら弟返せ】
カイルは顔を上げ、涙を作って、私を見る。
その瞬間。
配信枠の隅に、見慣れない項目が立ち上がった。
【同時字幕:心音翻訳(多数派権限)】
【対象:王太子カイル】
……は?
私が出したんじゃない。
多数派が勝手に「見たい」と思った。だから、世界が寄ってきた。
カイルがもう一度、頭を下げる。
「お願いだ……スカーレット」
字幕が、その下に重なる。心音の、翻訳。
【殺す。今は殺せない。】
【弟から先に潰す。】
【この女を許したふりをして、王城の外で——】
広場の温度が一段下がった。
カイルの顔は泣いてるのに、字幕は刃物みたいに冷たい。
【うわ】
【字幕こわ】
【本音出てる】
【やっぱりクズ】
カイルは一瞬、固まった。
自分の声と、字幕の落差に気づいた顔。
でもすぐに、より深い土下座に切り替える。態度で上書きしようとする。
「違う! それは……!」
字幕が追い打ちする。
【嘘をつけ。今この瞬間も、首輪が発動すれば楽なのにと思ってる。】
【笑わせるな。声の出ない女に“救いたい”?】
【配信が切れたら終わりだ。切らせろ。】
首輪が、ちり……ちり……と細かく鳴った。
私の心拍が危ない。
怒りは毒。勝利も毒。
私は息を数えて、肺だけで自分を縛る。
エレーナが一歩、前に出る。
あの「跪け」の圧が、また来る。
全国の膝が落ちるやつ。
でも、今日は違う。
52%の多数派が、圧を「圧」として見抜いてる。
空気が、命令を拒否する。
カイルは顔を上げ、必死に笑顔を貼り付けた。
「スカーレット、君が望むなら……何でもする」
字幕。
【望むのは沈黙だ。こいつらが飽きるまで耐えろ。】
【そして、弟の処理を急げ。今日中に。】
「今日中に」
その単語が、字幕で全国に刺さる。
私は肺の奥を冷やして、テロップを落とした。
【“今日中に処理”】
【その命令、誰が出しました?】
カイルの目が細くなる。
泣き顔のまま、獲物を測る目。
字幕が、ゆっくりと決定打を吐いた。
【答えないなら、地下の扉を“開ける”投票を誘導する。】
【開いた瞬間、リオンは——証拠ごと消される。】
私の首輪が、ちり……と一度だけ強く鳴った。
心拍が跳ねたのが自分でも分かる。
最悪のジレンマが、目の前で笑ってる。
カイルは土下座のまま、囁くように言った。
「……配信を、止めてくれ」
字幕が、最後の本音を映す。
【止めたら殺せる。止めろ。今すぐ。】
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