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第31話
しおりを挟む空の巨大モニターが、勝手に「次のおすすめ」を出してきた。
【多数派権限:再生】
【王城内:記録魔道具/保管庫タグ一致 91.3%】
やめて、と言いたい。声が出ない。
喉の首輪が、ちり…と鳴る。心拍が跳ねるだけで死ぬ。
私は息で、テロップだけ落とした。
《“地下の扉”には触れないで。先に、これを見て》
コメントが降る。
【なにそれ】
【保管庫って王城の?】
【また証拠くる?】
カイルは光の檻の中で膝を折ったまま、歯を食いしばった。
そして――心音翻訳の字幕が、勝手に付く。
【心音字幕(多数派):……やめろ。そこは触るな】
ああ。触れたら困るんだ。
私は、頷くしかない。
禁忌の精霊石が、私の意図を拾って王城の奥へ回線を伸ばす。
結界が落ちた王城は、配信にとって「透明な箱」だ。隠せない。逃げられない。
次の瞬間。
映像が切り替わった。
埃っぽい保管庫の棚。銀の箱。蓋の内側に刻まれた文字。
【記録魔道具:事故記録/所有者:王家】
【改竄耐性:高】
【再生:可能】
ざわ、と全国の水晶灯が鳴った気がした。
カイルの心音字幕が走る。
【心音字幕:消せ。今すぐ消せ。王妃に……】
王妃。エレーナ。
私は、息を一つ。
再生が始まった。
――夜の街道。雨。馬車の車輪。
揺れる灯りの中で、若い男の声がする。王家の近衛の声だ。
「対象はルージュ家。夫婦のみ。子どもは別動で確保済み」
別動で確保。
胸が熱くなって、首輪がちり…と鳴る。私は呼吸を押し殺した。
映像の隅に、淡い文字が浮かぶ。
【発信元:王太子専用中継所】
【部隊紋章照合:近衛第三騎士団/一致 99.1%】
コメントが爆発した。
【第三!!】
【リオンの時と同じ】
【暗殺じゃん】
雨の中、馬車が崖道に差しかかる。
そこで、空気が変わった。
黒い糸みたいなものが、地面から這い上がる。精霊が嫌がる、あの感触。
「……刻印、起動」
近衛が腕を押さえる。皮膚の下で、赤黒い光が脈打つ。国王の右腕と同じ色。
次の瞬間、馬の脚が不自然に折れた。
転ぶ。馬車が傾く。御者が叫ぶ。
だけど叫びは、途中で吸われたみたいに薄くなる。音が死ぬ。空気が重くなる。
「事故に見える。落とせ」
馬車は、崖へ。
落ちていく灯り。割れる木。
そして――最後に、女の声。私の母の声。
「……スカーレット、逃げて……リオンを……」
そこで映像が一瞬だけ乱れた。
乱れの向こうに、誰かの横顔が映った。フード。白い紋。
白じゃない。灰色に濁って、黒い糸が絡んでる。
エレーナ。
画面が戻る。
近衛が淡々と報告する。
「処理完了。記録は王家保管庫へ」
そこで再生が止まった。
静寂。
広場の空気が、ひび割れるみたいに重い。
私は、涙を流す余裕すらない。泣いたら心拍が上がる。死ぬ。
だから、息だけでテロップを落とした。
《事故じゃない》
《王家が殺した》
《“証拠”は王家の箱に入ってた》
コメントが、怒りの粒になって降ってくる。石畳がきしむ。
カイルは膝を折ったまま、顔だけ上げた。優しい王太子の顔を、もう作れない。
心音字幕が、薄く震えながら出る。
【心音字幕:あれは父上の命令だ。私は……私は、国のために……】
国のため。
その言葉に、全国が反応した。
モニターが勝手に、選択肢を出す。
【多数派投票:次に“誰の命令系統”を開示する?】
【A:国王】
【B:王妃エレーナ】
【C:王太子カイル】
【D:近衛第三騎士団 全記録】
そして、投票バーの下に。
小さく、不穏な注意書きが点滅した。
【警告:投票確定と同時に「地下の扉」が連動します】
――やっぱり。
私は息を呑んだ。首輪が、ちり…と鳴る。
弟を救うには、真実をもっと開けなきゃいけない。
でも、開けた瞬間に、地下でリオンが消される。
逃げ場のないジレンマのまま、投票バーが伸びていく。
多数派は、もう指をかけている。
「開示」を選ぶ指を。
私はテロップを落とす。震えないように、息だけで。
《待って》
《次に開くのは“地下”じゃない》
《――“王妃の手”だ》
その瞬間、エレーナが初めて笑った。
灰色の紋に、黒い糸が絡まり、空気が「跪け」と鳴った。
そして空のモニターが、冷たい文字を出す。
【投票締切:残り 10 秒】
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