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第34話
しおりを挟む空のモニターに、投票の二択が貼り付いたまま動かない。
【A:自白(※関与者の“名前”が必須)】
【B:沈黙(=有罪確定)】
息を吸うだけで、喉の首輪が「ちり…」と鳴る。
感情を上げたら死ぬ。だから私は、心拍を平らにして、ただ“見せる”。
王城保管庫の銀の箱。
【事故記録:ルージュ家/改竄耐性:高/再生:可能】
再生の文字が、全国の水晶灯に同じように光っている。
コメント欄が、いつもより静かだった。
怒りでも嘲笑でもない。息を呑む音だけが、国じゅうの広場から重なってくる。
そして、その沈黙の中に、別の音が混じった。
――遠い土地の、土の匂いがするざわめき。
【北方農村:王領地・穀倉区画】
【視聴人数:急増】
画面が勝手に分割された。
王城の石畳と、見知らぬ畑道。泥だらけの靴。握られた鍬。肩で息をする男たち。
「……王都が、あんなことになってるって本当か」
映像の中の農夫が、隣の農夫に聞く。
答えは言葉じゃなく、空に流れる字幕だった。
【本当だ。見ろ。王家の紋章が赤黒い】
【孤児院を“存在しない”ことにして金を回した】
【子どもが地下で縛られてる】
農夫たちの顔が、ゆっくり変わる。
彼らは賢くないふりが上手い。王都の貴族の前では、いつもそうして生きてきた。
でも今は、目の前に“国家記録”がぶら下がっている。
「税だ。毎年、増えた」
一人が言った。
「飢饉の年も、減らなかった」
別の一人が言った。
「……その金で、宝石を買ったって?」
鍬を握る指が、白くなる。
コメント欄が、静かに燃え始める。
【王領地の倉庫、押さえろ】
【穀物は王のものじゃない。作った者のものだ】
【税務印章の帳簿、焼くな。押収だ】
誰かが言い出したわけじゃない。
“多数派”が、同じ方向を向いただけ。
次の瞬間、空に新しい表示が出た。
【王領地:各地の状況/ライブ】
王都だけの配信じゃなくなった。
南の塩田で、男たちが柵を壊している。
東の森林で、木こりたちが王家の狩猟小屋を囲んでいる。
西の街道で、荷馬車が列を作り、徴税官を通さない壁になっている。
どの映像にも共通しているのは、武器じゃない。
鍬と鎌と、手斧と、帳簿。
「暴れるな。燃やすな。残せ」
誰かが叫ぶ。
「証拠だ。王都のあの娘が、命を賭けて見せてる」
“あの娘”。
私の名前じゃない呼び方が、今は一番ありがたい。
名前は燃える。感情も燃える。燃えたら首輪が私を裂く。
だから私は、息だけでテロップを落とす。
【暴動じゃない。監査です】
一瞬、コメント欄が固まって――次に、爆発した。
【監査www】
【でも正しい】
【王領地監査団、結成】
【農民監査、最強】
笑いたい。
でも笑ったら死ぬ。
私は目を細めるだけで、呼吸を整える。
その間にも、革命は“段取り”になっていく。
北方の農村。穀倉の扉に、太い縄が巻かれた。
「王家の封蝋は、ここで切る」
農夫が言い、別の農夫が頷く。
「でも、封蝋は残す。照合するためだ」
誰が教えた?
――コメント欄だ。
【封蝋は切り口を残せ】
【刻印を潰すな。証拠能力が落ちる】
【帳簿は水に濡らすな。虫が湧く】
民衆が、ひとつの巨大な頭脳になっている。
真実は常に多数派が作る。
そして今、多数派は“賢く”なってしまった。
王妃の圧で膝を折らされていた人々が、今度は自分の足で立っている。
配信が、立ち上がらせている。
王領地の旗が引きずり下ろされ、代わりに干し草で作った粗末な旗が上がる。
そこに、誰かが炭で書いた。
――「見る」。
【私たちは見ている】
その文字が映った瞬間、私の背中に精霊力がどん、と流れ込んだ。
支持率の数字が、じわりと上がる。
でも同時に、胸の奥が冷える。
投票が確定すれば、地下の扉が開く。
開いた瞬間、リオンが消される。
革命が燃え上がるほど、王家は“証拠”を消すために動く。
私が王家を追い詰めれば追い詰めるほど、弟の首が細くなる。
喉の首輪が「ちり…」と鳴った。
心拍が、ほんの少し跳ねた。
私は息を止める。
空のモニターに、投票の残り時間が勝手に表示された。
【投票確定まで:00:01:00】
そして、コメント欄に、たった一行だけ落ちてくる。
【地下の扉、開いたら終わりだぞ】
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