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第37話
しおりを挟む喉の首輪が「ちり…」と鳴る。
怖い、と判断しかけた瞬間に、内側の刃が舌の裏を撫でた。
私は息を細くする。
感情を殺す。呼吸だけで、生きる。
処刑台の前に、灰色の紋の男たち。魔教団。
そして、その先頭で仮面を外し損ねた男――レオンハルト・グレイ。
英雄騎士。カイルの幼馴染。
彼は私を見ない。
見れば、全国の水晶灯の前で、彼の「正義」が崩れるから。
空の巨大モニターに、投票が貼り付いている。
【A:自白(関与者の名前必須)/B:沈黙(有罪確定)】
そして、警告。
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
リオン。
その名前を思っただけで、首輪が「ちり」と強く鳴った。
刃の感触が、喉の奥に生える。
泣くな。怒るな。焦るな。
私はただ、息で言う。
(レオンハルト。あなたは“後始末”に来た。なら、後始末すべきは誰?)
レオンハルトが一歩、前に出る。
「禁忌に触れた者は、魔女として処理する」
声はよく通る。英雄の声だ。
でも、空には別の字幕が勝手に出る。
【心音翻訳:多数派権限】
【レオンハルト:……王妃の命令だ。逆らえない】
ざわ、と全国の空気が重くなった。
コメントの粒が、精霊力になって落ちる。
【王妃の命令?】
【魔教団って王家の犬じゃないの?】
【英雄騎士が震えてる】
王妃――エレーナが、微笑んだ。
膝を折らせる“圧”が、広場の石畳からせり上がる。
全国の水晶灯の前でも、同じように膝が落ちた。
「皆さま。落ち着いて」
彼女は浄化の聖女みたいな顔で、手を掲げる。
その瞬間、精霊たちが逃げる。
白い紋が、灰に濁る。黒い糸が絡む。
吸収の呪い。
私は声が出ない。
だから、テロップで刺す。
【質問:王妃エレーナは“人間”ですか?】
エレーナの笑みが一瞬だけ固まる。
国王が口を開きかけ、カイルが檻の中で目を泳がせた。
「何を馬鹿な。王妃は王妃だ」
国王が言い切る。
言い切れるように、練習してきた声。
私は息を吸って、吐く。
禁忌の精霊石が、私の意図を拾う。
【王城保管庫:医療棟 解剖魔法記録 接続】
画面が勝手に分割された。
一つは処刑台。
一つは、王城の白い部屋。石の台。
そして、台の上には――“誰か”の人体図。
【資料名:個体E-7 ホムンクルス】
【製造:魔教団 監修:王妃権限】
【用途:王妃代替/信仰吸収器】
広場が凍った。
凍ったのに、コメントだけが熱い。
【ホムンクルス!?】
【人間じゃないってこと?】
【魔教団が王妃を作った?】
エレーナが、静かに首を傾げる。
「……それは偽造です」
嘘が上手い。
でも、この世界の嘘は、多数派が許さない。
白い部屋の映像で、術式が起動する。
解剖魔法――身体の“構造”を、嘘なく映すやつ。
王家の医療棟にある、改竄しにくい記録。
映像の人体図が、層ごとに透けていく。
骨、筋、血管。
そして、心臓の位置に――“核”。
赤黒く粘ついた光の塊。国王の刻印と同じ色。カイルの徽章と同じ色。
【解剖魔法:結果】
【血液:人工/循環:魔力ポンプ】
【臓器:模造/生体反応:精霊力吸収に最適化】
【核:契約印(魔教団式)】
【判定:人間ではない】
エレーナの頬が、ほんの少しだけ引きつる。
それでも、彼女は“王妃の顔”を崩さない。
人間じゃないなら、崩す必要がないから。
レオンハルトが、息を呑む。
英雄の喉が鳴る音が、全国に拾われる。
【心音翻訳】が勝手に付く。
【レオンハルト:……知らなかった。王妃が“器”だったなんて】
カイルが檻の中で笑いかけ――笑えずに歯を噛む。
彼の心音が、字幕になる。
【カイル:黙れ。投票を確定させろ。地下を開け。証拠ごと消せ】
首輪が「ちり」と鳴った。
怒りが上がる。危ない。
私は息を止めずに、息で刺す。
【投票を確定させたら、地下が開きます】
【地下が開いた瞬間、リオンが消されます】
【“多数派”の皆さん。選んで】
空の投票欄が、じわりと光を変えた。
選択肢が、勝手に増殖する。多数派が“見たい”と思ったから。
【追加投票:地下扉を「今」開ける?】
【YES:開放/NO:凍結(多数派権限)】
エレーナの瞳が、初めて揺れた。
彼女は人間じゃない。
でも、壊される恐怖は、ちゃんと学習している。
そして私は、最悪のジレンマの中で息を吸う。
YESなら、リオンが消える。
NOなら、証拠は生きるが、王家は別の手で殺しに来る。
首輪が、喉の内側で刃を立てた。
私が感情を動かしたのを、見逃さない。
空に、票が跳ね上がる。
YESとNOが、競り合う。
その瞬間――王城地下の扉の前に、誰かの影が映った。
第三騎士団の紋。
【警告:投票確定まで 残り30秒】
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