38 / 100
第38話
しおりを挟む支持率の数字が、空に貼り付いたまま震えている。
【支持率:59.8%】
あと、ほんの少し。
私は息を吸う。吸いすぎない。首輪が「ちり…」と喉の内側を撫でる。
怖がるな。怒るな。喜ぶな。
感情は全部、刃だ。
空の巨大モニターは二択を消さない。
【投票】A:自白(関与者の名前必須)/B:沈黙(有罪確定)
その下に、もっと残酷な警告。
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
数字が確定した瞬間、弟が“消える”。
私が勝つほど、弟が死ぬ。
眼前では、英雄騎士レオンハルト・グレイが膝をついたまま、光の檻に縛られている。
彼は剣を握りしめ、私を見ない。
見たら、揺れるからだ。正義の顔が崩れるからだ。
でも心音翻訳の字幕だけは、彼の喉より先に喋る。
【心音字幕:……王妃の命令だ。逆らえない】
【心音字幕:……俺は知らなかった。王妃が“器”だったなんて】
器。
あの女は、人間じゃなかった。魔教団が造った信仰吸収器。個体E-7。
なのに、王家の“圧”で民を跪かせてきた。
つまり――跪かせていたのは、王妃じゃない。
吸い上げていた仕組みだ。
空からコメントが降る。怒り、疑い、祈り、罵倒。全部が精霊力の粒になって、石畳を軋ませる。
【器って何だよ】
【王妃が偽物なら王家も偽物だろ】
【リオン助けろ】
「助ける」
その言葉を口にしたい。叫びたい。
でも私は声が出ない。出した瞬間、首輪が私を裂く。
だから、息だけで言う。
禁忌の精霊石に、意図だけを渡す。
空にテロップが落ちた。
【“多数派”へ。投票を急がないで】
瞬間、ざわめきが一段、重くなる。
投票を止めたら、私は有罪のまま。
投票を進めたら、弟が死ぬ。
逃げ道がない。
それでも、私は次の一手を選ぶしかない。
私は視線を上げ、国中に繋がっている水晶灯の向こうを“見る”。
王城結界は落ちた。城は透明な箱。
なら、見せられる。
でも、見せた瞬間に投票が確定へ傾く。
傾いた瞬間、地下の扉が開く。
「じゃあ――」
私は心拍を平らにする。
勝利の形を、変える。
空のモニター端で、支持率がじわりと動いた。
【支持率:60.0%】
次の瞬間、世界が“音”を変えた。
それまで「防壁」だった空気が、深い水みたいに粘り、重さを持つ。
私の背中に流れ込む精霊力が、ただの加護じゃない。
命令権だ。
石畳の隙間から、光が染み出した。
街路樹の葉が、風もないのに一斉に裏返る。
井戸の水面が、誰かの呼吸みたいに波打つ。
遠くの森の鳥が、同時に鳴き止む。
――精霊が、こっちを向いている。
国中の、名もない精霊たちが。
私は笑わない。笑えない。
でも、息で“言う”。
【テロップ:精霊たち。私はあなたたちを、飾りにしない】
一拍置いて、続ける。
【テロップ:王家の嘘に、あなたたちの光を使わせない】
その瞬間だった。
広場の外れで、倒れていた旗が、ふわりと浮いた。
破れた布の端が縫われるように光り、裂け目が塞がる。
誰も触っていないのに、だ。
「……精霊が、返事をした」
誰かが呟いた。
違う。返事じゃない。
従ったんだ。
国中の水晶灯の向こうでも、同じ現象が起きたらしい。
コメント欄が、悲鳴みたいに跳ねる。
【畑の土が勝手に耕された!?】
【枯れ井戸が湧いた!】
【灯りが……勝手に灯ってる】
【王都だけじゃない、全国だ】
私は理解した。60%は、支持じゃない。
「多数派の許可証」だ。
精霊力が私に集まるんじゃない。
精霊たちが、“誰の言葉に従うか”を選び直している。
王妃の圧で跪かされていた精霊たちが、今は逃げない。
逃げないどころか、私の周りに集まってくる。
冷たい風になって、汗を乾かす。
床を滑る光になって、私の足元を整える。
刃の首輪に触れないよう、喉元の空気だけを薄く守る。
首輪が「ちり…」と鳴る。
――怖い?
違う。これは、首輪が“精霊力”を測ってる音だ。
私に従う精霊が増えるほど、首輪は私を殺せなくなる。
でも、弟の扉は別だ。あれは投票トリガー。
私は勝っても、弟を失う。
私はレオンハルトを見る。
彼の目が、ほんの少しだけ揺れた。
正義の騎士は、正義の命令で動いてきた。
でも今、国中の精霊が私に従い始めた。
この世界の“正しさ”が、王家から剥がれ落ちた。
私は息で、最後のテロップを落とす。
【テロップ:投票はまだ確定させない】
【テロップ:先に“地下の扉”の仕組みを、精霊に問う】
その言葉に反応して、空気が一段、沈む。
まるで国土そのものが、耳を澄ませたみたいに。
そして、モニターの隅に見慣れない表示が、勝手に立ち上がった。
【新規機能:精霊照会(多数派権限)】
【照会対象:地下扉連動術式/起動条件:投票確定】
【回答要求:解除の可否】
――私の言葉一つで、国中の精霊が従う。
なら、次は。
精霊に“王家の仕掛け”を裁かせる。
画面が、答えを出す前に。
地下の映像が、勝手に割り込んだ。
暗い石の廊下。鉄の扉。縄で縛られた少年。
リオンが、こちらを見上げた。
その背後で、扉の鍵穴が――ひとりでに、回り始めた。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる