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第39話
しおりを挟むカイルは、光の檻の中で膝をついたまま、最後の笑顔を貼り付けた。
「――スカーレット。貴族として、王太子として。最後は“決闘”で決めよう」
口は優雅。目だけが獣。
逃げ道がなくなった人間の目だ。
空の巨大モニターに、投票がまだ刺さったまま表示されている。
【投票】A:自白(関与者の名前必須)/B:沈黙(有罪確定)
そして、その下。
【警告】投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理
私の喉の首輪が、「ちり…」と鳴った。
“焦るな”ってこと。心拍を上げたら、死ぬ。
だから私は、息だけで笑う。声はない。
禁忌の精霊石が、私の意図を拾って空にテロップを落とす。
【決闘? いいよ。条件がある】
カイルが、勝った顔を作る。
「ほう。条件とは?」
私は目線だけで、空を指した。
コメントが雨みたいに降っている。国内だけじゃない。帝国語も、隣国語も、自動翻訳で整列していく。
【見たい】【決闘だ!】【王太子の最後っ屁w】
数字が跳ねた。
【視聴者数:9,980,112】
あと少しで、八桁。
カイルはそれを見て、喉の奥で息を飲んだ。
「……民衆の玩具になった気分はどうだ」
私は答えない。答えたら死ぬから。
代わりに、テロップを落とす。
【あなたが作った“玩具”で、あなたが壊れるだけ】
彼の頬がひくつく。
プライドだけで立っている男は、笑われるのが一番効く。
カイルは胸の徽章に触れた。赤黒く粘つく光が、まだそこに残っている。
「私は王太子だ。血筋だ。秩序だ。お前みたいな――禁忌に触れた女に、負けるはずがない」
その言葉の直後、空に字幕が勝手に出た。
【心音翻訳(多数派権限)】
【(本音)負けたら終わりだ。地下の扉が開く前に、こいつを黙らせろ】
……全国が、見た。
カイルの目が泳ぐ。
「違う! それは……!」
言い訳をした瞬間、檻がきゅ、と狭まった。
多数派が「黙れ」を選んだみたいに。
カイルは咳き込み、なおも“最後の格”を拾おうとする。
「決闘だ、スカーレット。剣で! 魔術抜きで!」
彼は、私が動けないと思っている。
首輪がある。声も出ない。興奮したら死ぬ。
だから、勝てると。
……わかってない。
この世界は、剣で勝つ国じゃない。
“見られた方”が勝つ国だ。
視聴者数が、ついに跳ねた。
【視聴者数:10,000,000】
同時に、祝福みたいな金の粒が降った。
いいねと歓声が精霊力になって、空気が甘く重くなる。
首輪が「ちり…」と鳴る。
危ない。心拍が少しでも上がれば終わり。
私は息を細く整えた。
“興奮じゃない”。
“作業”としてやる。
テロップを一行、落とす。
【視聴者数1000万突破記念】
次の行。
【王太子さま、デコピンで飛びます】
広場が、ざわ、と爆発した。
【やれ】【まじで?】【伝説回】
カイルが叫ぶ。
「ふざけるな!!」
叫びたいのは私だ。
でも私は叫べない。叫んだら死ぬ。
だから、指だけを上げた。
人差し指。親指。
たったそれだけの動きで、首輪が「ちり」と反応する。
危うい。
けど、支持の防壁が私の背中を押した。
“多数派”が、私の呼吸を支える。
カイルの目が、初めて怯えた。
「……やめろ。近づくな。スカーレット、私は――」
心音字幕が出る。
【(本音)怖い。怖い。怖い。殺される。民衆に殺される】
彼のプライドが、音を立てて割れた。
私はデコピンの形を作る。
そして、檻の外から、檻の中へ。
“触れない”距離で。
精霊力が指先に集まって、透明な弓みたいにしなる。
デコピンは暴力じゃない。
“多数派の合意”だ。
私は、息で合図した。
ぱちん。
音は小さい。
なのに、カイルの身体が、あり得ない速度で吹き飛んだ。
光の檻ごと、後方へ。
石畳が砕け、砂煙が上がり、王太子の綺麗な髪型が崩れる。
彼は転がり、呻き、なおも立とうとした。
だが多数派が「立つな」を選んだまま、身体が言うことを聞かない。
カイルは地面に這いつくばったまま、私を見上げた。
「……こんな……こんなものは、王国じゃない……」
私は返す。息で。
【最初から王国じゃない。あなたの舞台だった】
そして、投票の表示を見た。
AかBか。
確定した瞬間、地下の扉が開く。
開いた瞬間、リオンが消される。
カイルを吹き飛ばしても、何も終わっていない。
むしろ、ここからが本番だ。
空に、次のテロップを落とす。
【投票を“確定”させない方法、知ってる人いる?】
コメントが、一斉に止まった。
次の瞬間。
空の巨大モニターが、勝手に点滅し始めた。
【新規選択肢提案:多数派権限】
……嫌な予感しかしない。
そして警告文が、赤く上書きされた。
【警告】投票確定まで 残り:00:59
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